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横浜地方裁判所 昭和51年(ワ)1411号 判決 1982年10月20日

目次

当事者の表示

主文

別表(一)

(二)

事実

(当事者の求める裁判)

第一 請求の趣旨

第二 請求の趣旨に対する答弁

(当事者の主張)

第一 請求原因

一本件飛行場の概要等と原告らの居住地域

1 本件飛行場の現況

2 本件飛行場の沿革

3 原告らの居住地域

二侵害行為

1 本件飛行場における侵害行為の特殊性

(一) 軍事基地

(二) 騒音の間欠性

(三) 住宅密集地内の飛行場

2 航空機騒音等

(一) 航空機騒音

(1) 昭和三五年から昭和三九年まで

(2) 昭和四〇年以降

(二) エンジンテストその他の地上騒音

3 振動・排気ガス

4 航空機の墜落の危険等

(一) 堕落事故

(二) 落下物事故その他

三被害

1 健康破壊

(一) 難聴・耳鳴り

(二) 頭痛・肩こり・目まい・疲労等

(三) 高血圧・心臓の動悸等

(四) 胃腸障害

(五) 生殖機能の障害

(六) 乳児・幼児・児童・生徒への影響

(七) 療養の妨害

2 生活妨害

(一) 会話妨害

(二) テレビ・ラジオの視聴妨害

(三) 趣味生活の妨害

(四) 家庭生活の破壊

(五) 交通事故の危険

(六) 学習・思考妨害

(七) 教育破壊

(八) 職業生活の妨害

(九) 振動・排気ガス等による被害

3 睡眠妨害

4 情緒的被害

四被告の責任

1 総論

2 差止請求

3 損害賠償請求

(一) (主位的請求)国家賠償法二条一項

(二) (予備的請求)民法七〇九条

(三) 損害

(1) 非財産的損害

(2) 弁護士費用

(四) 将来の損害賠償請求

五結論

第二 請求原因に対する認否及び反論

第三 被告の主張

一本訴請求の不当性

1 本訴請求と統治行為ないし政治問題

2 差止請求の不適法性

(一) 差止請求の趣旨の不特定性

(二) 民事訴訟による本訴差止請求の不適法性

3 環境権及び人格権に対する反論

(一) 「環境権」に対する反論

(二) 「人格権」に対する反論

(三) 「環境権」、「人格権」による本件訴訟の特色

4 損害賠償請求に対する反論

(一) 国賠法二条一項の適用について

(二) 民法七〇九条の適用について

(三) 将来の損害賠償金請求について

(四) 一部請求について

(五) 一律請求について

二違法性の不存在

1 違法性の判断基準

(一) 違法性判断の基準としての受忍限度

(二) 受忍限度の判断基準

(三) 騒音規制法と受忍限度判断の基準

(四) 環境基準と受忍限度判断の基準

(五) 受忍限度の考慮要素

2 侵害行為の不存在

(一) 騒音

(1) 航空機騒音の特色

(2) 本件飛行場周辺の騒音量

(3) 本件飛行場における規制措置

(ア) 規制内容

(イ) 規制の実施状況

(4) 地上音について

(5) 一般都市生活における騒音レベルとの比較

(二) 排気ガス・振動

(三) 墜落・落下物の危険

3 被侵害利益の不存在

(一) 被侵害利益の主張・立証の問題点

(二) 「健康破壊」についての反論

(1) 「難聴・耳鳴り」について

(2) 「乳児・幼児・児童・生徒への影響」について

(3) 「療養の妨害」について

(4) その他の身体への影響について

(三) 「生活妨害」についての反論

(1) 「会話妨害」「テレビ・ラジオの視聴妨害」「趣味生活の妨害」「家庭生活の破壊」について

(2) 「学習・思考妨害」について

(3) 「教育破壊」について

(4) 「振動・排気ガス等による被害」について

(四) 「睡眠妨害」についての反論

(五) 「情緒的被害」についての反論

4 本件飛行場の公共性

(一) 我が国の自衛権及び自衛のための措置

(二) 本件飛行場の重要性

(1) 自衛隊の飛行場としての重要性

(2) 米軍の飛行場としての重要性

(三) 本件飛行場の適地性

5 騒音の防止及び軽減のための施策

(一) 周辺対策の立法の経緯

(二) 周辺対策の内容

(1) 生活環境整備法による区域指定

(2) 移転措置等

(ア) 移転措置

(イ) 緑地整備対策

(3) 住宅防音工事

(ア) 住宅防音工事の対象区域

(イ) 住宅防音工事の規模及び内容

(ウ) 住宅防音工事の実施状況

(エ) 住宅防音工事の効果

(4) 住宅防音以外の防音対策

(ア) 学校等の防音工事

(a) 範囲及び基準

(b) 実績

(c) 防音事業関連維持費の補助

(イ) 病院等の防音工事

(a) 範囲及び基準

(b) 実績

(ウ) 民生安定施設の防音工事

(エ) 学校等公共施設の防音工事の内容と効果

(a) 防音工事の内容

(b) 防音工事の効果

(5) その他の周辺対策

(ア) 騒音用電話機の設置

(イ) テレビ受信料の減免措置について

(ウ) 障害防止工事の助成について

(エ) 民生安定施設の一般助成について

(オ) 特定防衛施設周辺整備調整交付金の助成

(カ) 農耕阻害補償

(キ) 飛行場周辺地域の民有地の借上げ措置と緩衝地帯の設定

(ク) 国有提供施設等所在市町村助成交付金及び施設等所在市町村調整交付金の助成

(三) 音源対策等

(1) 音源対策について

(2) 音源対策に準ずるもの

6 地域性、先(後)住性、危険への接近

三消滅時効の抗弁

第四 被告の主張に対する原告らの反論

一本訴請求の正当性

1 統治行為ないし政治問題について

2 差止請求の適法性

(一) 差止請求の趣旨の不特定性について

(二) 民事訴訟による本訴差止請求の不適法性について

(1) 自衛隊との関係

(2) 米軍との関係

3 環境権及び人格権

(一) 環境権について

(二) 人格権について

4 損害賠償請求の正当性

(一) 国賠法二条一項の適用について

(二) 民法七〇九条の適用について

(三) 将来の損害賠償金請求について

(四) 一部請求及び一律請求について

二違法性の不存在に対する反論

1 違法性の判断基準について

2 侵害行為の不存在について

3 被侵害利益の不存在について

4 本件飛行場の公共性について

(一) 我が国の自衛権及び自衛のための措置について

(二) 本件飛行場の重要性について

(三) 本件飛行場の適地性について

(四) 補修期間の存在

(五) 本件飛行場の反公共性

5 騒音の防止及び軽減のための施策について

(一) 移転補償

(二) 防音工事

(三) その他の周辺対策について

(四) 音源対策等について

6 地域性、先(後)住性、危険への接近について

三消滅時効の抗弁に対する反論

1 民法七二四条の趣旨

2 「加害者ヲ知リタル」時

(一) 原告らの「加害者」についての不知と被告の妨害

(二) 新しい形態の不法行為と時効

3 継続した加害行為

4 権利濫用・信義則違反・公序良俗違反

第五 消滅時効の抗弁についての被告の再主張

一「民法七二四条の趣旨」について

二「加害者ヲ知リタル」時について

三「継続した加害行為」の主張について

四「権利濫用」「信義則違反」「公序良俗違反」について

(証拠)

損害賠償請求額一覧表(一)

〃     (二)

書証目録・証人等目録《略》

理由

第一 本件飛行場の概要及び原告らの居住地域

一本件飛行場の現況

二本件飛行場の沿革

三原告らの居住地域

第二 航空機離着陸差止等請求にかかる訴えの適法性

1 本件飛行場の設置・管理

(一) 本件飛行場の沿革

(二) 本件飛行場の基地機能の変遷

(1) 米軍について

(2) 海上自衛隊について

2 本件飛行場の設置・管理に関する法律関係

(一) 平和条約の発効まで

(二) 平和条約の発効以後

(三) 共同使用開始以降

(1) 米軍の本件飛行場に対する管理使用権

(2) 米軍機の運航権限

(3) 航空交通管制権

(4) 被告の別冊第1図の赤斜線部分に関する管理権

(5) 自衛隊機の運航権限

(6) 被告の航空交通管制権

第三 損害賠償請求にかかる訴えの適法性

第四 侵害行為

一航空機騒音

1 概説

2 航空機騒音の測定状況

(一) 飛行騒音

(1) 昭和三五年から昭和三八年まで

(2) 昭和三九年から昭和四四年まで

(3) 昭和四五年以降

(ア) 滑走路北側

(イ) 滑走路南側

(ウ) 滑走路東側

(二) 地上騒音

(三) 騒音コンター

3 空母ミッドウェー入港時の騒音状況

二振動・排気ガス

1 振動

2 排気ガス

三墜落・落下物の危険

1 墜落事故

2 落下物事故その他

第五 被害

一はじめに

二騒音による被害の一般的特色

三健康被害

1 聴覚への被害(難聴及び耳鳴り)

2 聴覚以外の身体的被害

(一)

(1) 頭痛・肩こり・目まい・疲労等

(2) 高血圧・心臓の動悸等

(3) 胃腸障害

(4) 生殖機能の障害

(5) 乳児・幼児・児童・生徒への悪影響

(6) 療養の妨害

(二)

(1) 循環器、呼吸器系機能及び血液に対する影響

(2) 消化器系機能に対する影響

(3) 内分泌系機能に対する影響

(4) 胎児及び妊産婦並びに生殖器系機能に対する影響

(5) 乳児・幼児・児童・生徒に対する影響

(ア) 身体発育

(イ) 精神反応

(ウ) 性格

(三)

四睡眠妨害

五生活妨害

1 会話妨害・電話聴取妨害

2 テレビ・ラジオの視聴妨害

3 趣味生活の妨害

4 家庭生活に対する悪影響

5 交通事故の危険

6 学習・思考妨害

7 教育に対する悪影響

8 職業生活の妨害

9 振動・排気ガス等による被害

(一) 振動

(二) 排気ガス等

六情緒的被害

第六 違法性

一受忍限度

二本件飛行場の重要性及び適地性

三被告の対策

1 周辺対策

(一) 周辺対策の経緯及び区域指定

(1) 周辺対策の経緯

(2) 生活環境整備による区域指定

(二) 住宅防音工事

(1) 対象区域

(2) 規模及び内容

(3) 実施状況

(4) 効果

(三) 住宅防音以外の防音対策

(1) 学校等の防音工事

(ア) 範囲及び基準

(イ) 実績

(ウ) 防音事業関連維持費の補助

(2) 病院等の防音工事

(ア) 範囲及び基準

(イ) 実績

(3) 民生安定施設の防音工事

(4) 学校等公共施設の防音工事の内容と効果

(ア) 内容

(イ) 効果

(四) 移転措置等

(1) 移転措置

(2) 緑地整備対策

(五) その他の周辺対策

(1) 騒音用電話機の設置

(2) テレビ受信料の減免措置

(3) 財政的助成

(ア) 障害防止工事の助成

(イ) 民生安定施設の一般助成

(ウ) 特定防衛施設周辺整備調整交付金の助成

(エ) 農耕阻害補償

(オ) 飛行場周辺地域の民有地の借上げ措置と緩衝地帯の設定

(カ) 国有提供施設等所在市町村助成交付金及び施設等所在市町村調整交付金の助成

2 音源対策等

(一) 音源対策

(二) 運航対策

四騒音に係る環境基準等

1 公害対策基本法に基づく環境基準

2 神奈川県公害防止条例等による規制基準

五地域性、先(後)住性ないし危険への接近

六受忍限度及び違法性の判断

第七 被告の責任

一過去の損害賠償請求

二将来の損害賠償請求

第八 消滅時効

第九 損害賠償額の算定

一慰謝料

二弁護士費用

第一〇 結論

原告ら損害賠償額算定一覧表

(用語解説)

別冊省略(表・図)

原告

鈴木保

(原告番号1)

外九二名

右原告ら訴訟代理人

宇野峰雪

外一一五名

被告

右代表者法務大臣

坂田道太

右指定代理人

篠原一幸

外二四名

主文

一  原告らの夜間及び早朝の航空機の離着陸等の差止並びにその余の時間帯における音量規制請求にかかる訴えを却下する。

二  原告らの昭和五六年六月一八日以降生ずべき損害の賠償請求にかかる訴えを却下する。

三  被告は、別表(一)記載の原告らに対して、同表C欄記載の各金員及び同表A欄記載の各金員に対する昭和五一年九月一四日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

四  前項の原告らの昭和五六年六月一七日までに生じた損害についてのその余の賠償請求及び別表(二)記載の原告らの昭和五六年六月一七日までに生じた損害の賠償請求及び原告らの第一項の請求に関する弁護士費用の損害の賠償請求を、いずれも棄却する。

五  訴訟費用は、別表(一)記載の原告らと被告との間において生じた費用を五分してその四を右原告らの、その余を被告の各負担とし、同表(二)記載の原告らと被告との間において生じた費用は、すべて右原告らの負担とする。

事実《省略》

理由

第一  本件飛行場の概要及び原告らの居住地域

当事者間に争いのない事実及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

別表

(一)

原告

番号

原告氏名

A〔昭和51年8月まで

の慰謝料額,円〕

B〔昭和51年9月以降の慰謝料

額及び本訴弁護士費用,円〕

C(A,Bの合計額,円)

1

鈴木保

216,000

408,500

624,500

2

大谷勇

3,000

188,500

191,500

3

高橋弘子

180,000

340,400

520,400

4

貞村静雄

216,000

153,200

369,200

5

鈴木光子

180,000

340,400

520,400

6

渡部シゲ

216,000

408,500

624,500

7

小澤ユキ

216,000

408,500

624,500

8

堀米良見

216,000

408,500

624,500

9

高野敬造

216,000

408,500

624,500

10

近藤文江

216,000

408,500

624,500

11

田中文雄

180,000

231,100

411,100

12

家串松三郎

144,000

157,300

301,300

13

水上京子

180,000

340,400

520,400

14

小川正

15,000

129,900

144,900

15

中川幸子

180,000

340,400

520,400

16

小川昇

180,000

340,400

520,400

17

望月守男

216,000

122,100

338,100

18

知久和美

180,000

307,000

487,000

19

石川喜代志

88,000

236,300

324,300

20

石川恒夫

180,000

340,400

520,400

21

真屋求

216,000

408,500

624,500

22

藤田武雄

216,000

408,500

624,500

23

鴨志田強

18,000

107,900

125,900

24

渡辺鳥子

216,600

387,800

603,800

25

真田英一

180,000

307,000

487,000

26

篠田信太郎

216,000

408,500

624,500

27

山口スエ子

216,000

408,500

624,500

28

角田敏太郎

216,000

408,500

624,500

29

茨一雄

180,000

133,400

313,400

30

増賀光一

180,000

325,400

505,400

32

小柳久夫

180,000

340,400

520,400

33

黒田矩敬

144,000

99,800

243,800

35

千葉寛

180,000

340,400

520,400

37

小野保永

180,000

340,400

520,400

38

中野博好

20,000

128,400

148,400

39

小松幸一

180,000

340,400

520,400

40

市原純二

2,000

117,600

119,600

41

角田豊治

180,000

340,400

520,400

42

上原康

180,000

340,400

520,400

43

近藤久江

180,000

340,400

520,400

44

山田よし子

180,000

340,400

520,400

45

丸山利一

180,000

340,400

520,400

46

小澤一彦

105,000

203,800

308,800

47

大野誠一

180,000

340,400

520,400

48

井上美春

180,000

340,400

520,400

50

濱崎重信

180,000

340,400

520,400

51

木下定一

180,000

332,900

512,900

52

岡本美佐子

108,000

116,300

224,300

53

本多保雄

180,000

340,400

520,400

54

黒田和夫

180,000

340,400

520,400

55

菊池陸男

144,000

266,300

410,300

58

神岡茂

180,000

340,400

520,400

59

月生田俊夫

180,000

263,900

443,900

60

板垣和江

144,000

164,200

308,200

61

細川君子

180,000

340,400

520,400

62

加藤郁子

144,000

272,300

416,300

63

木村剛

28,000

129,600

157,600

64

安部ナツ

144,000

272,300

416,300

65

小林雍子

63,000

197,500

260,500

66

宮澤キミヨ

180,000

340,400

520,400

67

井上智恵子

144,000

272,300

416,300

68

澤田良友

216,000

368,400

584,400

69

猪熊勝代

138,000

208,700

346,700

72

藤井ゆみ子

23,000

128,800

151,800

73

真鍋藤治

180,000

340,400

520,400

74

村山カツ代

180,000

250,700

430,700

75

遠藤忍

180,000

340,400

520,400

76

田邊富美代

144,000

184,900

328,900

77

田邊文子

144,000

272,300

416,300

81

小林久米三

144,000

256,200

400,200

84

菅野栄子

144,000

260,300

404,300

85

宮嶋雅子

180,000

239,800

419,800

86

永友輝美

180,000

293,200

473,200

87

櫻田みつ

180,000

340,400

520,400

88

高田繁子

216,000

359,400

575,400

89

齋藤弥作

216,000

408,500

624,500

90

刈屋悦子

50,000

132,900

182,900

91

星多千男

180,000

234,000

414,000

92

樽川春夫

180,000

340,400

520,400

93

小針ぬい子

216,000

368,400

584,400

別表

(二)

原告

番号

原告氏名

31

志治高明

36

神谷宏

49

本多六郎

56

大竹真雄

57

中村弘道

70

篠塚定代

71

中村藤吉

78

室井謙語

79

綿引すみ

80

青木正雄

82

関谷道彦

83

長嶋ミツエ

一  本件飛行場の現況

本件飛行場は、その敷地の大部分を被告が所有する航空基地であり、神奈川県中心部東側に位置し、行政区画上は大和市、海老名市、綾瀬市の三市にまたがつて所在する。本件飛行場の面積は五一〇万四二一六平方メートルに及び、南北に幅四五メートル長さ二四三八メートルの航空機滑走路とその南北両端に三〇〇メートルのオーバーラン部分が存するほか、滑走路西側部分には管制塔をはじめとする基地司令部等の主要施設が、同東側部分には若干の航空機格納庫や日本飛行機株式会社の工場等の施設が存する。離発着する航空機は、右滑走路を風向きにより、北側からあるいは南側から低空で飛来し、離着陸する。また、航空機のエンジンテストを行う施設とされるHUSH・HOUSEは、滑走路西側部分中央よりやや南側その他一箇所に設けられている。

被告(機関、防衛庁長官)は、本件飛行場を我が国の海上自衛隊に使用させるとともに、安保条約六条及び地位協定に基づき、同飛行場を米軍に提供するものであるが、その使用する地域は三種に区分され、管理権を被告が有し米軍と共同使用する区域(地位協定二条四項b号地区、別冊第1図赤斜線部分)、管理権を米軍が有し被告と共同使用する区域(地位協定二条四項a号地区、同図緑斜線部分)、管理権が米軍に専属し専ら米軍が使用する区域(地位協定二条一項a号地区、同図赤及び緑斜線部分を除く青枠内部分)とされる。被告の管理権に属する区域(名称「厚木飛行場」)はそのほとんどが滑走路で占められ、その他、管制塔と若干の航空機格納庫部分が含まれる。

本件飛行場に飛来し離着陸する航空機の飛行コースは、大略別冊第2図の飛行コース図のような形態をとる。まず、米海軍第七艦隊所属の航空母艦ミッドウェー(以下「空母ミッドウェー」という。)の艦載機は、同空母が横須賀に寄港する前に洋上で発進し、航空路であるブルー14沿いに本件飛行場周辺に飛来し、風向きにより滑走路北側から進入する場合は横浜市緑区上空で左旋回し、同市瀬谷区上空を経て、大和市下鶴間地区上空に低空で進入して飛行場に着陸し、あるいは比較的高空で基地周辺に進入した場合はそのまま数回基地上空を通過し、基地東側の大和市部分上空を旋回した後同市下鶴間地区を経て着陸をする。滑走路南側から進入する場合は藤沢市上空を経て大和市福田地区上空を低空で通過しそのまま着陸するか、あるいは基地上空を数回通過して基地西側に旋回した後やはり福田地区上空から進入着陸をする。これと反対に基地を離陸する場合は、南方向に離陸するときはそのまま直進し、藤沢市ないし茅ヶ崎市上空を経て相模湾に出、北方向に離陸する場合は鶴間駅上空で右旋回、横浜方面に抜ける場合と、直進して町田市上空から横田基地方向に向う場合がある。

その他の艦載機の飛行方法としては、本件飛行場滑走路を空母甲板と見立てて行うタッチアンドゴー等がある。これらの場合には、飛行機は北又は南から低空で基地周辺に進入、滑走路をかすめて反対方向に飛び去るコースをとる。

自衛隊の航空機も、任務についた哨戒機等の場合は米軍機と同様なコースをとるが、飛行訓練を行う場合には主として基地西側綾瀬、座間市方向を旋回飛行することが多い。

なお、本件飛行場の航空管制区域である同飛行場を中心とする半径九キロメートル圏内には、前記三市のほか、横浜市の緑区、瀬谷区、旭区及び戸塚区並びに藤沢市、厚木市、座間市、相模原市、東京都町田市が含まれ、本件飛行場は地形的に平坦な住宅地帯の中に位置している。

二  本件飛行場の沿革

本件飛行場の歴史は、昭和一三年六月に旧日本海軍が航空基地を定めたときに始まり、三年後の昭和一六年六月六日帝都防衛海軍基地として実際に使用が開始された。

昭和二〇年の敗戦後、本件飛行場は連合国軍を構成する米軍に接収され、昭和二五年の朝鮮動乱の際には兵器、軍需品の輸送基地として使用されたが、同年一二月一日米陸軍から米海軍に移管され、以来、米海軍厚木飛行場として、米海軍第七艦隊の整備・補給、兵員の休養等という後方支援任務並びに同艦隊所属の艦載機による発着訓練及び同艦隊作戦行動に関する情報収集活動のための基地となつた。その後、被告は米軍に対し、昭和三三年一一月に本件飛行場滑走路のオーバーラン設定用地として国有地二八万六八五七平方メートルを、昭和三五年一〇月に滑走路北側の安全地帯拡張用地として国有地七万九六六一平方メートルを各々提供し、飛行場機能の整備拡張が図られた結果、昭和三五年には大型米軍ジェット機の離着陸が可能となり、F―8(クルセーダー)、F―4(ファントム)、A―3(スカイウォーリアー)等の戦闘機、攻撃機が配備されるようになつた。

昭和四五年一一月二一日、日米安全保障協議委員会は、アメリカ合衆国政府の海外基地縮少集約化計画を受けて在日米軍基地についての整備統合計画を発表し、同協議委員会は、昭和四六年五月一日、本件飛行場について、同年六月末までに米海軍第七艦隊航空部隊西太平洋修理部一部を残し米海軍部隊を移駐させること、これに伴い同飛行場を日米共同使用とし、日本政府が飛行場の運営及び維持管理上の責任を負い、一部米海軍が独自の管理を行ういわゆる日米共同管理体制をとることを決定した。これを受けて、同年六月二五日日米合同委員会は、本件飛行場の一部を自衛隊に移管することを合意し、同年七月一日には海上自衛隊に対して基地内の施設である飛行場部分、格納庫、管制塔及び航空管制権等が米軍から引き渡しないし移管され、海上自衛隊基地分遣隊(隊員約三〇〇名)が発足した。そして、被告は同年一二月一四日千葉県下総基地から海上自衛隊第四航空群先遣隊を移駐させ、本件飛行場内に海上自衛隊第六一航空隊(隊員約二〇〇名)を新たに編成し、昭和四七年三月には海上自衛隊第四航空群第一四航空隊第四支援整備隊、第四二検査隊(隊員約八〇名)が下総から移駐し、昭和四八年一二月二五日には海上自衛隊航空集団司令部と第四航空群の残余部隊など一五〇〇名、P2v、YS―11等対潜哨戒機その他の航空機(三三機程度)が本件飛行場へ移駐を完了した。これらの自衛隊機は、ターボプロップエンジンを装備したものも含めて、現在のところそのすべてがプロペラ機(ヘリコプターを含む。)である。

本件飛行場における米海軍の航空基地としての機能は、自衛隊の移駐と前後して低下し常駐機も漸減していつたが、米極東戦略の変更に伴い、昭和四八年二月には基地機能が再び強化されてP―3C(オライオン)が配備され、同年一〇月には空母ミッドウェーが横須賀港に入港し、以来同港を母港化したため、同空母の艦載機であるF―4(ファントム)、A―6(イントルーダー)、A―7(コルセアー)などが本件飛行場に飛来して発着訓練、エンジンテストを行うこととなつた。

この結果、現在本件飛行場を利用する航空機は、米海軍の常駐機としては、P―3C、S―2F(トラッカー)、T39(セイバーライナー)、V107(バートル)、S61(シーキング)等、海上自衛隊のものとしては、P―2J、S―2F、YS―11等とされており更に、空母ミッドウェーの艦載機として飛来するものにはA―6、A―7、F―4、F―8、E―2(ホークアイ)等のジェット機があり、また同じく米海軍第七艦隊所属の航空母艦コーラルシー、同コンステレーション、同キティホーク等の横須賀入港時には、それらの艦載機も離着陸する。更に、米空軍所属のC―130E(ハーキュリーズ)等の大型輸送機も飛来することがある。

なお、空母ミッドウェー(一部他の空母も含む。)の入港の頻度は、別冊第22、23表のとおり、昭和四八年一〇月五日を第一回として、昭和四九年には一四回、昭和五〇年には一一回、昭和五一年には九回、昭和五二年には一一回、昭和五三年には九回、昭和五四年には六回等となつており、各々短いときで一週間程度、長いときで二か月半近くにわたつて碇泊している。

三  原告らの居住地域

原告らはいずれも、現在本件飛行場に近接して居住する者、または過去に居住していた者であるが、原告らの各居住地及び居住期間は、別冊第27表の当該欄記載のとおりである(本件訴訟提起(昭和五一年九月八日)当時の各原告らの居住位置は、別冊第3図各青点表示のとおりである。)。

このうち、B分冊損害賠償請求額一覧表(二)記載の各原告らは、いずれも本件訴訟提起後本件口頭弁論終結日までの間に死亡している。

第二  航空機離着陸差止等請求にかかる訴えの適法性

原告らは本件訴えにおいて、環境権又は人格権に基づく妨害排除若しくは妨害予防請求として、被告に対し、自衛隊又は米軍をして本件飛行場において毎日午後八時から翌日午前八時までの間、一切の航空機を離着陸させてはならず、かつ、一切の航空機のエンジンを作動させてはならない及び本件飛行場の使用により毎日午前八時から午後八時までの間、原告らの居住地に六五ホンを超える一切の航空機騒音を到達させてはならない旨の各禁止を請求している(以下本件差止等請求という。)。

ところで、原告らは本件飛行場の周辺住民として本件飛行場の供用に伴う騒音等により身体的、精神的被害及び日常生活に対する著しい妨害を受けているとして、右環境権又は人格権に基づき本件差止等請求をなすものであるところ、その趣旨は、本件飛行場の設置・管理主体たる被告に対し、いわゆる通常の民事上の請求として右のような不作為及び作為の給付請求権があると主張してこれを訴求しているものと解される。

しかしながら、仮に原告らに身体的、精神的被害及び日常生活に対する妨害という人格権又は環境権についての権利侵害が認められるとしても、これから直ちに民事上の妨害排除請求権若しくは妨害予防請求権が生ずるものではなく、権利侵害に対してどのような救済を与えるべきかを判断するに際しては、被侵害利益(権利)の性質のみならず侵害行為の性質及び内容、並びに請求の趣旨に示されたところの原告らの求める救済方法が(行政訴訟と区別された)民事訴訟手続になじむものであるか否かが明らかにされなければならない。

そこで、まず本件差止等請求権の内容の当否を判断する前提として、我が国自衛隊機又は米軍機の離着陸のために本件飛行場において被告によりなされる供用行為の法的性質、並びに周辺住民である原告らから一定の時間帯について本件飛行場の離着陸のためになされる供用行為の差止を求めること及びその余の時間帯について一定の結果をもたらすような態様による本件飛行場の離着陸のためになされる供用行為の制限を求めることが民事上の請求として許されるかどうかについて検討する。

右検討に先立ち、その前提として本件飛行場の設置・管理及び右設置・管理に関する法律関係について具体的に考察を加えることとする。

一前示当事者間に争いのない各事実並びに<証拠>を総合すれば次の事実を認めることができる。

1  本件飛行場の設置・管理

本件飛行場は、別冊第1図青枠内部分の区域からなる飛行場である。

本件飛行場は、被告が米軍に提供している施設及び区域であり、その一部である同図の赤斜線部分は被告が自ら設置し、管理しており、この部分を厚木飛行場(以下この部分のみを呼称するとき「本件厚木飛行場」という。)と称している。同図緑斜線部分は、米軍と我が国の海上自衛隊が共同使用しており、同図黄色部分は米軍が航空機を保管し、整備等を行うため専用している。

(一) 本件飛行場の沿革

本件飛行場は、我が国の旧海軍省が、昭和一三年から昭和一六年にかけて、航空基地として建設したもので、昭和一六年六月から昭和二〇年八月一五日の敗戦まで、旧相模野海軍航空隊(昭和一八年以降は旧厚木海軍航空隊及び第一、第二相模野海軍航空隊に改編された。)が駐在する帝都防衛基地として使用された。

昭和二〇年八月一五日我が国の敗戦によつて、旧海軍が解体され、その管理下にあつた本件飛行場は、昭和二〇年九月二日連合国軍を構成する米陸軍に接収された。昭和二五年六月の朝鮮動乱のぼつ発に伴つて同年一二月本件飛行場に米海軍厚木基地が設置され、その後、本件飛行場は、米海軍航空部隊が管理し、同軍隊の航空基地として使用された。

昭和二七年四月二八日、日本国とアメリカ合衆国との間に締結された平和条約(昭和二七年条約第四号、以下「平和条約」という。)が発効し、同日以降、本件飛行場は、「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約」(昭和二七年条約第六号、以下「旧安保条約」という。)三条に基づく行政協定二条一項に基づいて、同国軍隊の使用する施設及び区域として、同国に提供され、これを「海軍飛行場キャンプ厚木」と称した(昭和二七年七月二六日外務省告示第三三号、同第三四号)。

昭和三五年六月二三日以降は、安保条約六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の締結に従つて、被告は本件飛行場を同協定二条一項(a)(同協定二条一項(b)により、従前行政協定により提供されていた施設及び区域を地位協定二条一項(a)による提供施設及び区域として扱うことに合意したものとみなされた。)に基づき、名称を現在の厚木海軍飛行場と改称の上、引き続き米軍の使用する施設及び区域としてアメリカ合衆国に提供し(昭和三六年四月一九日調達庁告示第四号)、同軍が飛行場として管理、使用してきた。

昭和四五年一二月二一日に開催された第一二回日米安全保障協議委員会において、本件飛行場を含め安保条約及び地位協定のわく内における施設及び区域の整理統合計画が日米両国間で了承された。その結果、本件飛行場については、日米合同委員会において、昭和四六年六月二九日我が国とアメリカ合衆国間の政府間協定が締結され、本件飛行場の一部について我が国の海上自衛隊との共同使用及び使用転換が決定され、右決定は同年七月六日防衛施設庁告示第七号をもつて告示された。

すなわち、別冊第1図の緑斜線部分(一一七万八七七九平方メートル及び右区域内の建物二万四〇〇六平方メートル等)は、地位協定二条四項(a)に基づき米軍と我が国海上自衛隊(海上自衛隊第四航空群等の事務棟、居住施設等が所在する。)との共同使用部分とされ、赤斜線部分(滑走路を含む本件飛行場の主体部分で、二六三万九一五七平方メートルの土地及び右区域内の建物一万二五二五平方メートル等)は被告に使用転換されて海上自衛隊の管轄管理する施設となり、米軍に対しては同項(b)の規定の適用のある施設及び区域として一時使用を認める形式で引き続き使用を許すこととし、現実には米軍と海上自衛隊とが共同して使用するところとなつた。

なお、本件飛行場のその余の部分は依然として米軍が専用する区域とされている。

前記昭和四六年六月三〇日の使用転換に伴い、防衛庁長官は、自衛隊法一〇七条五項に基づく「飛行場及び航空保安施設の設置及び管理の基準に関する訓令」(昭和三三年防衛庁訓令第一〇五号二条)に基づき、使用転換区域に該当する別冊第1図の赤斜線部分に自衛隊の飛行場施設(名称「厚木飛行場」)を設置し、昭和四六年七月一日右訓令九条一項、三項及び一九条に基づく防衛庁告示第一三一号、同第一三二号及び同第一三三号をもつて順次飛行場、飛行場燈火、物件の制限にかかわる事項等につき告示をした。

そうして、右厚木飛行場の設置に伴つて、昭和四六年一二月から昭和四八年一二月にかけて、海上自衛隊第四航空群及び海上自衛隊航空集団司令部が本件飛行場に移駐し、本件厚木飛行場の管理に当たつている(右訓令一三条)。

(二) 本件飛行場の基地機能の変遷

(1) 米軍について

米軍との関係についてみると、本件飛行場は、昭和二五年六月にぼつ発した朝鮮動乱の当初ころまでは、米陸軍の接収、管理の下に輸送基地として使用されていた。しかし同年一二月に米海軍が移駐するに伴い、本件飛行場は同軍の第七艦隊その他の部隊から飛来する航空機の整備、修理、補給、資材の提供あるいは兵員の休養等の後方支援業務を行う基地として使用されるに至り、この状況が現在に至るまで続いている。

すなわち、同軍は右後方支援業務を行うために、本件飛行場に西太平洋艦隊航空部隊司令部及び米海軍厚木海軍航空施設隊を置き、昭和三〇年から昭和四〇年ころまでの間は、第一一海兵飛行大隊の下にFJ(艦上戦闘機シーフェリー)、F―3D(同スカイナイト)、F―8U(同クルセーダー)、F―4B(同ファントム)を、昭和四一年から昭和四六年ころまでの間は、第二一輸送飛行中隊の下にC―130(輸送機ハーキュリーズ)を、第五〇混成飛行中隊の下にC―1A(艦載輸送機トレイダー)を、第二三輸送飛行中隊の下にR―4D(輸送機スカイトレイン)、R―5D(同スカイマスター)、TF―1(艦載輸送機)を、第七ヘリコプター飛行中隊の下にH―3(艦載ヘリコプター、シーキング)を派遣、配備している。

また、昭和四一年ころから現在まで第一戦術飛行中隊の下にEC―121(早期電子警戒機ウォーニングスター)、A―3(艦上攻撃機スカイウォーリアー)、EP―3(電子偵察機オライオン)を、第三六海兵飛行大隊の下にCH―146(輸送ヘリコプター、シーナイト)を派遣、配備している。そして、昭和四八年に空母ミッドウェーが横須賀港を寄港地とするようになつてからは、現在まで第五空母航空団の下にF―4(艦上戦闘機ファントムⅡ)、A―6(艦上攻撃機イントルーダー)、A―7(同コルセアーⅡ)、E―2(艦載早期警戒機ホークアイ)等が派遣、配備されている。

(2) 海上自衛隊について

海上自衛隊は、昭和四六年七月一日から別冊第1図赤斜線部分に設置された本件厚木飛行場の維持、管理に当たつている。右飛行場には海上自衛隊航空集団司令部が置かれ、同司令部は自衛艦隊の主力である航空集団の中枢として、全国各地に所在するれい下航空部隊を一元的に指揮するほか、我が国周辺海域の防衛、警備に関する業務、演習等の指導、監督及び教育訓練計画の策定、実施、監督、評価等を行うとともに、航空部隊の訓練の指導及び航空機装備体系の研究等の中枢としての任務を遂行している。

そのほか、右飛行場には、航空集団司令部の指揮の下に第四航空群(第三航空隊、第一四航空隊、第四支援整備隊、厚木航空基地隊、硫黄島航空基地分遣隊(硫黄島に所在)から成る。)、第六一航空隊、航空管制隊が置かれている。そして、第四航空群は我が国の周辺海域における監視哨戒任務を中心とし、災害派遣等の民生協力活動等を行い、また、そのための教育訓練活動を行つているほか、第六一航空隊は人員、貨物の輸送業務を、航空管制隊は海上自衛隊の航空機運航に必要な航空情報の通報、飛行計画の申請及び承認に関する連絡事務、あるいは運航管制に関する教育、指導等(航空交通管制は、第四航空群の厚木航空基地隊の任務。)を行つている。

海上自衛隊の右諸活動のために、昭和四八年から本件飛行場に配備されている航空機は、第四航空群については、第三航空隊にP2V―7及びP―2J(いずれも対潜哨戒機)が、第一四航空隊にS2F―l(対潜哨戒機)が、厚木航空基地隊にS―62(救難ヘリコプター)が各配備され、また輸送部隊である第六一航空隊にはYS―11、S2F―Uが配備され現在に至つている。

2  本件飛行場の設置・管理に関する法律関係

本件飛行場は昭和二〇年八月一五日の敗戦までは、我が国の旧海軍省所管の旧軍財産であり、飛行場の設置、その維持・管理、航空機の運航、これに伴う航空交通管制のすべてにわたつて、旧海軍が専権的にこれを行つていた。

敗戦の昭和二〇年八月一五日から昭和四六年六月三〇日までの間は、敗戦直後のわずかな期間(昭和二〇年八月一五日から同年九月一日までの間)を除いて、前記接収及びその後の条約に基づく提供により米軍が本件飛行場を専用していた。すなわち

(一) 平和条約の発効まで

昭和二〇年九月二日から平和条約の発効の日の前日(昭和二七年四月二七日)までは、本件飛行場は米軍の接収下にあり、右施設及び区域の維持及び管理並びに我が国における航空機の保有、運航及びこれに伴う航空交通管制等の運航活動は、我が国内法上何らの制約を受けることなく、全く同軍の専権下にあつた。

すなわち、敗戦によつて我が国の航空活動は米軍によりほぼ全面的に禁止されることとなつた。そして、右の接収期間中は、米軍が接収という事実行為に基づき我が国領空の航空活動を完全に掌握し、独自の判断と責任で航空機の運航を行つたのである。本件飛行場についても、右接収に基づき米軍が管理、運営していた。

(二) 平和条約の発効以後

平和条約の発効により昭和二七年四月二八日以降、本件飛行場は、先に成立していた行政協定二条一項に基づき米軍の使用する施設及び区域として同軍に提供され、我が国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全を維持するという目的のために、米軍が管理し、使用することとなつた。なお、これに伴う提供施設及び区域の決定並びに返還の具体的手続は日米合同委員会を通じて外交交渉によつて行われることになつた。

したがつて、昭和二七年四月二八日以降は、米軍は行政協定二条一項に基づいて被告から本件飛行場の提供を受け、自らの判断と責任において本件飛行場に航空機を配備し、その運航のために本件飛行場を管理、使用することになつた。すなわち、行政協定二条一項に基づいて提供を受けた米軍は、同協定三条一項により我が国の平和並びに極東における安全の維持という提供目的を達成するために、本件飛行場の提供施設及び区域(土地及び土地上の建物等)を排他的に使用し管理する権限を付与され、その結果、条約上も被告は本件提供施設及び区域について管理、使用権限を失うこととなつたのである。また、本件提供施設が飛行場であることから、同協定六条一項により米軍の右管理、使用権限は当然に本件飛行場に離着陸する米軍の保有する航空機の運航管理行為も含むのである。その後、昭和二七年七月一五日に我が国内における航空機の航行の安全、航行に起因する障害の防止等の目的の下に航空法(昭和二七年法律第二三一号)が制定されたが、これに伴つて、それまで独自の判断で我が国領空を自由に航行していた米軍機と我が国の航空機との航空活動に伴う種々の面での法的調整を図る必要から、同日「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定及び日本国における国際連合の軍隊の地位に関する協定の実施に伴う航空法の特例に関する法律」(昭和二七年法律第二三二号)が制定されて、米軍機の運航に関しては、航空法所定の事項についていくつかの適用除外事項が定められ、米軍は我が国の航空法規範との調整を保ちつつ、自らの判断と責任において本件飛行場に離着陸する米軍及びその関係の航空機の運航管理を専権的に行うこととなつた。

昭和三五年六月二三日の安保条約の発効以降は、本件飛行場の提供根拠が、行政協定二条一項から地位協定二条一項(a)に基づくこととなつたが、同条項及び同協定三条一項、六条一項に基づき、右法律関係は地位協定適用後も変わるところはない。

(三) 共同使用開始以降

本件飛行場は、昭和四六年六月三〇日の日米合同委員会における政府間協定の成立により、同年七月一日以降、別冊第1図の赤斜線部分の管理権が被告に返還され、その余の部分が地位協定二条一項(a)に基づきアメリカ合衆国に提供される一方で、右赤斜線部分及び同図の緑斜線部分がそれぞれ地位協定二条四項(b)及び同項(a)に基づき被告との共同使用区域とされることになつた。

すなわち、右赤斜線部分は、被告が管轄管理し、被告とアメリカ合衆国とが共同使用(その根拠は地位協定二条四項(b))し、その余の部分は、同国が設定・運営・警護及び管理のため必要な措置を採る権限を有する(地位協定三条一項)が、ただそのうちの緑斜線部分は、地位協定二条四項(a)の適用により被告も使用することができる共同使用区域となつたため、アメリカ合衆国の専用区域は本件飛行場のうち赤斜線部分及び緑斜線部分を除くその余の部分ということになつた。

右赤斜線部分の管理権が被告に返還されたとはいえ、本件飛行場は、赤斜線部分を含め、その全体が安保条約、地位協定に基づき、我が国の安全並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するために、米軍が我が国政府によつて使用を許可されているものであるから(赤斜線部分も基本的には地位協定二条一項(a)に基づく提供施設及び区域である。)、米軍の右目的遂行のための使用が尊重され、被告による右部分の管理は米軍の右目的遂行に資するように行わなければならないのである。

(1) 米軍の本件飛行場に対する管理使用権

米軍は昭和四六年七月一日以降、本件飛行場のうち別冊第1図赤斜線部分を除くその余の部分を同軍の責任において管轄管理することとなつた。そのうち、同軍が専用する部分は、更に同図緑斜線部分を除く部分であり、緑斜線部分は米軍の管理の下に同軍と海上自衛隊とが共同使用する部分となつた。また、同図赤斜線部分は、滑走路、管制塔等の飛行場としての中枢機能が存在する部分であるところ、この部分についても、米軍は安保条約、地位協定の目的である我が国の安全並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するために、同協定二条四項(b)に基づき、海上自衛隊の管轄管理の下で使用することとなつた。そして我が国の海上自衛隊は、右赤斜線部分について右条約上の目的に資するよう管轄管理しなければならないのである。

したがつて、米軍は本件飛行場において、航空機の運航活動をはじめとし、航空機の整備、修理、補給、資材の提供、兵員の休養等の前記駐留目的を達成するための諸活動を行うに際し、被告が赤斜線部分の管理権を有するに至つたこと及び緑斜線部分が海上自衛隊との共同使用となつたことによつて、右目的達成の阻害となるような制約を受けることはないのである。

(2) 米軍機の運航権限

本件飛行場における米軍機の保有、運航権限は昭和四六年七月一日以降もすべて米軍の専権に属する。安保条約、地位協定の目的達成のために米軍が本件飛行場に駐留して、右目的達成のために同軍が独自にその判断と責任に基づき、本件飛行場において航空機を保有し、運航活動を行うのである。

ところで、別冊第1図赤斜線部分の管理権が被告に返還されたことや、これに伴つて航空交通管制権の一部が被告にゆだねられたことにより、その限りで米軍機の運航活動も被告の管理、管制に服する場面が生じてくることになつた。しかしながら、そもそも本件飛行場全体が米軍の駐留目的達成のために提供された施設及び区域であつて、被告も右目的達成に資するよう前記赤斜線部分を管轄管理し、また航空交通管制を行わなければならないものである。そのうえ、被告の右赤斜線部分の管理権の内容自体も航空機の運航が安全かつ円滑に行われるように飛行場施設を物理的な面から管理するにとどまり、また航空交通管制も航空機運航の安全のために行ういわば交通整理のようなものにすぎない。

したがつて、米軍は被告の右管理、管制権限の行使によつて、航空機の運航活動そのものに規制を加えられることなく、従前どおりその駐留目的を達成するために、米軍の判断と責任に基づいて、本件飛行場において航空機を保有し、運航活動を行う(なお、米軍が航空機を保管し、整備等を行うのは、主として同軍の専用区域内である別冊第1図の黄色部分においてである。)のである。

なお、米軍は右運航活動に際し、航行上の安全を十分考慮し、同軍内部の管理規則に従つてこれを行つている。

(3) 航空交通管制権

本件飛行場に離着陸する航空機に対しては、航空交通管制が実施され、昭和四六年六月三〇日までは、右のうち航空路管制業務(運輸省所管)を除くその余の管制業務をすべて米軍が実施していた(進入管制業務及びターミナル・レーダー管制業務を米軍横田管制所が、飛行場管制業務及び着陸誘導管制業務を本件飛行場の米軍管制部隊が行つていた。)。

同年七月一日以降は、別冊第1図赤斜線部分の管理権が被告に返還され、同部分が海上自衛隊の管轄管理する厚木飛行場として設置されたことに伴い、飛行場管制業務と着陸誘導管制業務が海上自衛隊の管制部隊に移管され、米軍機は飛行場管制と着陸誘導管制については海上自衛隊の管制に服することとなつた。

ところで、飛行場管制業務(管制塔が滑走路への出入、離着陸その他その飛行場の管制圏における航空機の航行の安全を図るために、事実上の離着陸の許可や待機指示等を与えること)も着陸誘導管制業務(計器飛行方式を採る航空機をレーダーでとらえ、無線誘導して安全に着陸させること)も、その業務内容から明らかなように、航空機の航行の安全を目的とするものであつて、航空機が航行する際のいわば交通整理を行うのにすぎない。したがつて、被告の右管制権限の行使によつて、米軍機が実際の運航において他機の運航や飛行場の支障等の安全上の理由のために待機や飛行中止を命じられる等の制約を受ける場合の生じることがあつても、それは航行の安全のために受ける事実上の規制であり、米軍機の運航権限自体にかかわるものでないことは明らかであつて、米軍機の運航活動が被告の右管制権によつて規制を受けることはない。

(4) 被告の別冊第1図の赤斜線部分に関する管理権

被告は昭和四六年七月一日アメリカ合衆国から赤斜線部分の管理権の返還を受け、同部分に「厚木飛行場」(本件厚木飛行場)を設置し、海上自衛隊がその維持、管理に当たるとともに、航空交通管制業務の一部(飛行場管制業務と着陸誘導管制業務)を米軍に代わつて行うこととなつた。

(ア) 我が国における飛行場の設置・管理、航空活動の維持、運営は航空法の適用の下になされるものであり、同法はその適用対象を限定していない。しかしながら、自衛隊の航空機については、「直接侵略及び間接侵略に対しわが国を防衛する」及び「必要に応じ、公共の秩序の維持に当る」(自衛隊法三条)という自衛隊の任務の特殊性にかんがみ、同法一〇七条により大幅にその適用が除外されている。その主なものは次のとおりである。

一般的な適用除外事項(自衛隊法一〇七条一項)は、飛行場、航空保安施設の設置に係る運輸大臣の許可(航空法三八条一項)、航空機の耐空証明を受ける義務(同法一一条)、航空機の騒音基準適合証明(同法二〇条の二)、航空機の運航従事者(操縦士、航空士、航空機関士、航空通信士、航空整備士)の資格の技術証明(同法二八条一項、二項)、操縦教育の制限(同法三四条二項)、航空機の国籍の表示、航空日誌、航空機備付書類(同法五七条ないし五九条)、航空機に乗り組む従事者(同法六五条、六六条)、爆発物等の輸送禁止(同法八六条)、物件の投下(同法八九条)、落下さん降下(同法九〇条)、運輸大臣の報告徴収及び立入検査(同法一三四条一項、二項)等であり、

防衛出動(自衛隊法七六条一項)の場合の適用除外事項(同法一〇七条四項)は、計器飛行方式のための装置の装備(航空法六〇条)、航空交通管制区、航空交通管制圏における航行のための整備の装着(同法六一条)、航空機の燈火(同法六四条)、飛行の禁止区域(同法八〇条)、最低安全高度(同法八一条)、巡航高度(同法八二条二項)、編隊飛行(同法八四条二項)等である。

右のほか、命令による治安出動(自衛隊法七八条一項)、要請による治安出動(同法八一条一項)、災害派遣(同法八三条二項)の場合にも、飛行の禁止区域(航空法八〇条)、最低安全高度(同法八一条)等が適用除外事項とされている。

以上のとおりであるが、運輸大臣の航空交通の指示(航空法九六条)、飛行計画及びその承認(同法九七条)、到着の通知(同法九八条)等の規定の適用は除外されていない。

(イ) 防衛庁長官は昭和四六年七月一日自衛隊法一〇七条五項に基づく訓令により、別冊第1図赤斜線部分に厚木飛行場を設置した。同長官は同条五項によりその設置する飛行場及び航空保安施設及び管理等に関する基準を定めなければならず、「飛行場及び航空保安施設の設置及び管理の基準に関する訓令」(昭和三三年一二月三日防衛庁訓令第一〇五号(昭和四五年三月一〇日改正に係るもの))を定めている。そして、右訓令には飛行場又は航空保安施設の設置者を防衛庁長官とする(同訓令二条)ほか、設置に係るものとして飛行場の設置基準、進入表面、水平表面及び転移表面、航空保安無線施設の設置基準、飛行場燈火の設置基準、航空燈台及び航空障害燈の設置(同訓令三条ないし八条)に関する諸規定が置かれ、航空機の安全運航が図られている。

本件厚木飛行場についても、同長官は右の基準に基づきこれを設置した上、飛行場の名称、位置及び所在地等(同訓令九条一項)、航空燈火(航空燈台を含む。)の名称、位置及び所在地等(同訓令九条三項)、進入表面等(同訓令四条)について、それぞれ告示している。

(ウ) また、前記訓令において、防衛庁長官の設置する飛行場の管理に関して、飛行場管理者、飛行場の管理基準、航空保安無線施設の管理基準、飛行場燈火及び航空燈台の管理基準、航空障害燈の管理方法、飛行場の定期検査等(同訓令一三条ないし一八条)を定めている。

右により、本件厚木飛行場の管理者は、海上自衛隊第四航空群司令とされている。そして、同司令が有する同飛行場の管理権の内容は、同訓令一四条から明らかなとおり同飛行場を同訓令三条の設置基準に適合するように維持すること(例えば、航空機の離着陸の支障となる建造物等が飛行場周辺に存在しないよう維持すること)、点検、清掃、改修等により飛行場の設備の機能を確保すること、掲示等による飛行場における禁止行為の防止措置、飛行場における航空機の火災等に対処するための消火、救難設備の整備、事故発生時必要な措置を執ること等である。要するに、飛行場の管理権は飛行場の施設を物理的に整備、維持することを内容とするにとどまるものである。

(エ) 被告が別冊第1図赤斜線部分の管理権を有するといつても、その内容は飛行場施設の物理的側面からのものにとどまるうえ、そもそもそれは、米軍が我が国の安全並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するという条約上の駐留目的の達成に資するように管理しなければならないという制約を受けているのである。

したがつて、被告が厚木飛行場の管理行為を行うに際し、例えば、滑走路に離着陸する時の障害となる欠損箇所が生じ、その改修のために一時米軍機の運航活動の停止を求めるなどのように、右管理行為の結果として間接的に米軍機の運航活動が制約を受けることはあつても、右管理権の行使をもつて、直接米軍機の運航活動そのものを抑制することはできないのである。

(5) 自衛隊機の運航権限

自衛隊の航空機は、被告がこれを保有し、運航するものである。その具体的な運航権限は、「航空機の使用及びとう乗に関する訓令」(昭和三六年一月一二日防衛庁訓令第二号)二条七号に規定する航空機使用者(本件厚木飛行場所在部隊のそれは、航空集団司令官、第四航空群司令及び各隊司令とされている。)に与えられており、当該航空機使用者は、れい下部隊の保有している航空機を右訓令三条に定められた次の場合に使用することができるとされている。

(ア)自衛隊法第六章(自衛隊の行動)の規定により行動を命ぜられた場合又は行動する場合において航空機を使用する必要があるとき (イ)自衛隊法九九条から一〇〇条の四までに規定する業務を行う場合において、航空機を使用する必要があるとき (ウ)教育訓練に関し航空機を使用する必要があるとき (エ)航空機及びその装備品又は航空燃料に関する整備等に関し航空機を使用する必要があるとき (オ)偵察、連絡、観測、測量、写真撮影若しくは調査又は隊員の輸送若しくは整備等のために航空機を使用する必要があるとき (カ)自衛隊に係る事故又は災害のための捜査救助又は調査のために航空機を使用する必要があるとき (キ)隊員の航空適性検査又は航空従事者の技能を維持するための訓練として行う飛行のために航空機を使用する必要があるとき (ク)同訓令七条一項各号に掲げる者を同乗させるために航空機を使用する必要があるとき (ケ)前各号に掲げる場合のほか、部隊等の任務を遂行するために航空機を使用する必要があるとき (コ)その他長官が特に命じ又は承認したとき

以上の場合に使用することができる。

ところで、自衛隊機の航空活動については、我が国の防衛及び公共の秩序の維持という任務の特殊性から航空法の適用が大幅に除外され、この中には運航に関する諸規定が含まれていることは前述のとおりである。しかしながら、右適用除外は、自衛隊の右任務の特殊性から民間航空機と同一の航空法規範に服せしめるのが適切でないということに基づくのであつて、自衛隊においてもその任務への適合性と運航の安全性とを十分に考慮した内部規定を定めている。

また、航空法第六章の規定のうち自衛隊及びその運航従事者について適用除外とされていない諸規定についても、自衛隊の任務達成が円滑になされるよう政令で特例を定めることができるとされている(自衛隊法一〇七条三項)。これに従つて自衛隊法施行令一二八条ないし一三〇条において航空法上運輸大臣の定める権限を防衛庁長官の権限に読み替える等の規定が置かれている。

本件厚木飛行場においても、これらの諸規定に従い航空集団司令官、第四航空群司令及び各隊司令の指揮の下に、任務の円滑な遂行と航行の安全との調和を図つた自衛隊機の運航が行われている。

(6) 被告の航空交通管制権

別冊第1図の赤斜線部分の管理権がアメリカ合衆国から被告に移管されたことに伴い、それまで米軍が実施していた本件飛行場に係る航空交通管制業務のうち、飛行場管制業務と着陸誘導管制業務の実施が被告にゆだねられた。

これにより国内法上も次のような法制上の整備が行われている。

すなわち、運輸大臣は航空法一三七条三項及び同法施行令七条の二に基づき、防衛庁長官が設置した厚木飛行場に係る航空交通管制業務を飛行場管制業務と着陸誘導管制業務に限つて同長官に委任し、昭和四六年六月三〇日航空法施行規則一九九条二項に基づいて運輸省告示第二三五号「航空交通管制業務に関する告示」をもつて、厚木飛行場の右管制業務を行う機関を海上自衛隊厚木航空基地分遣隊(なお、昭和五五年一〇月一八日以降は、海上自衛隊厚木航空基地隊に改編されている。)とし、厚木管制塔(厚木タワー)が飛行場管制を、厚木着陸誘導管制所(厚木GCA)が着陸誘導管制業務を行う旨の指定をなし告示した。

なお、厚木飛行場に係る航空交通管制区(進入管制区、航空法二条一一項)及び航空交通管制圏(名称「厚木管制圏」、同条一二項)は、右各条項に基づき昭和四六年六月三〇日運輸省告示第二三四号「航空交通管制区、航空交通管制圏の指示に関する告示」(乙第一五号証の一)をもつて告示されている。

以上のとおり本件飛行場に離着陸する航空機に対しては、米軍機、自衛隊機ともに、航空路管制業務は東京管制区管制所が、飛行場管制業務に係る部分は海上自衛隊厚木飛行場管制所が行い、計器飛行方式の場合には着陸誘導管制業務のみ海上自衛隊厚木着陸誘導管制所が行う。右以外の計器飛行方式に係る進入管制、ターミナル・レーダー管制は米軍横田管制所が行い、被告の管理は及ばないものである。なお、本件厚木飛行場に離着陸する米軍の保有する航空機のほとんどがジェット機であり、計器飛行方式を採つて飛行している。したがつて、進入管制区の飛行においては、米軍機のほとんどが米軍横田管制所の行う進入管制あるいはターミナル・レーダー管制を受けている。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

二右認定の事実によれば、

1防衛庁長官は昭和四六年七月一日以降、本件飛行場のうち、滑走路、管制塔等の飛行場としての中枢機能が存在する部分である本件厚木飛行場について、自衛隊法一〇七条五項に基づいて制定された「飛行場及び航空保安施設の設置及び管理に関する訓令」二条に基づき「厚木飛行場及び航空保安施設」として、これを設置したことが明らかである。

また、その管理は防衛庁長官の定めるところにより、海上自衛隊第四航空群司令が行うものとされ、したがつて、「厚木飛行場及び航空保安施設」の管理権も窮極的には防衛庁長官に付与されているものと考えられる。

しかして、本件厚木飛行場のごとく自衛隊(防衛庁長官)が設置、管理する飛行場については、我が国の防衛及び公共の秩序の維持という自衛隊の任務(自衛隊法三条)並びに、我が国の防衛、公共の秩序の維持、海上における人命若しくは財産の保護又は治安の維持、天災地変その他の災害に際しての人命又は財産の保護、海上における機雷その他の爆発性の危険物の除去及び処理並びに領空侵犯に対する措置を講ずる等の防衛庁の権限(防衛庁設置法五条一三号ないし一八号等)に基づき、防衛庁長官に付与された防衛行政上の権限により、行政主体としての被告(防衛庁長官)は優越的な意思主体(公権力の主体)として、これを設置、管理(自衛隊法一〇三条ないし一〇五条参照)し、右行政目的実現のために、その運営に当るべきものと解せられる。なぜなら、自衛隊の設置、管理する飛行場にあつては、前記自衛隊の任務を果たし防衛庁の権限を行使するため、その設置管理のあり方が、その行政目的実現のための運営の方法とともに、我が国をめぐる国際情勢はもとより国内の政治、外交、経済及び社会事情と深いかかわり合いを持ち、したがつてどの地域にどのような規模の飛行場を設置し、これをどのように管理するか、更に、これをどのように運営するかについては、防衛行政の全般にわたる高度の政策的判断を不可欠とするからである。

そうして、自衛隊法(七条、八条)によれば、自衛隊を指揮監督する権限は内閣総理大臣及びその指揮監督の下にある防衛庁長官に付与されており、防衛庁長官等は前記自衛隊の任務及び防衛庁の権限による防衛活動、あるいは防衛活動に備えての訓練活動をどのような方法、態様で行うべきかという広い意味での防衛行政政策の実現のために、防衛行政上の諸権限を行使して、現実に自衛隊機の運航を行う自衛隊員に対し、いわば国の命令として航空機の離着陸を命ずるのである。この自衛隊機の運航に関する防衛行政権(これを広義に行政権と呼ぶことは許されると解する。)の行使は、飛行場の円滑な供用行為によつて、はじめて実現されるのであるから、前記飛行場の設置・管理権と右防衛行政権とは密接不可分に行使実現されるべきものと解するのが相当である。

したがつて、本件飛行場を航空機の離着陸に供用する行為は、飛行場の設置・管理及び自衛隊機の運航のいずれの面に着目しても、前記防衛行政権の行使としてなされているもの、あるいは少くとも、飛行場の設置・管理は、それ自体、防衛行政権の行使としてなされ、これに高度に政策的な前記広義の防衛行政権の行使としての自衛隊機の運航がなされることによつて、本件厚木飛行場が航空機の離着陸に供用されているということができるのである。

ところで、前示のとおり、原告らは、被告を本件飛行場の設置管理主体として、通常の民事上の請求により、請求の趣旨のとおりの不作為及び作為の給付請求権があると主張して被告に対しこれを訴求するものと解されるところ、右の請求は、本件飛行場を一定の時間帯につき航空機の離着陸に使用させないこと及びその余の時間帯につき航空機の離着陸に一定の結果をもたらすような制約制限を加えることが、公権力性を有しない本件飛行場の管理作用のみにかかわる単なる不作為及び作為にすぎず、およそ防衛行政権の行使には関係しないものであるか、あるいは、管理作用の面のみを防衛行政権の行使とは法律上分離して給付請求の対象とすることができるとの見解を前提としているものということができる。

しかしながら、右管理作用は、それが、たとえ非権力的な管理権能を含むとしても、防衛行政権の行使の一部であつて、前示のように本件厚木飛行場の設置及び管理並びに本件厚木飛行場における自衛隊機の運航は、渾然一体かつ密接不可分に防衛行政権の行使としてなされるのであつて、本件厚木飛行場における自衛隊機の離着陸のためになされる飛行場の供用行為はまさに防衛行政権の行使そのものであるから、右の管理作用のみを抽出して、これを法律上独立別個の給付請求の対象とすることはできないものといわなければならない。したがつて、原告らの本件飛行場(本件飛行場のうち本件厚木飛行場を除くその余の部分は、原告らの主張する航空機の騒音等の被害の直接の原因となつているものでないことが弁論の全趣旨に徴して明らかであるから、本件厚木飛行場を本件飛行場と同義に解して支障えない。)を一定の時間帯につき航空機の離着陸に使用させないこと及びその余の時間帯につき一定の結果をもたらすような態様による航空機の離着陸に制限させることを求める各請求は、直接当然に防衛行政権の行使の取消変更ないしその発動を求めるものであつて、原告らが行政訴訟の方法により何らかの請求をすることができるかどうかは、ともかくとして被告に対し右各請求を通常の民事訴訟によつて求めることはできないといわねばならない。

したがつて原告らの本件訴えのうち、民事訴訟の手続により本件飛行場を一定の時間帯につき自衛隊の航空機の離着陸に使用させることの差止及びその余の時間帯につき一定の結果をもたらすような態様による自衛隊の航空機の離着陸に制限させることの給付を求める請求にかかる部分は不適法として却下すべきである(なお、本件飛行場に離着陸する航空機の運航等の差止等に関して民事訴訟によりその救済を求めることが許されないとすれば、右差止等を司法裁判所を介して実現しようとするには行政訴訟手続によるほかないところ、行政訴訟の提起は容易でないから、結局、当裁判所の前記判断は、憲法三二条所定の原告らの「裁判を受ける権利」を侵害するものでないかとの反論が予想されないではない。そこで、この点について付言するに、原告らが本件飛行場に離着陸する航空機に起因する騒音等に関して、我が国の司法裁判所に対して救済を受けるため、その適否の判断を求めることが一切許されないとすれば、これはまさに憲法上保障された「裁判を受ける権利」を侵害することになりかねない。しかしながら、当裁判所は、原告らが被告に対し本件飛行場に離着陸する航空機の運航の差止及び音量規制を求めることが不適法な請求であると判断したにとどまり、仮に原告らが右航空機の発する騒音等に関して被告に対し損害賠償責任や補償責任を訴求するとするならば、それについてまで不適法な請求であるとするものでないことはいうまでもない。すなわち、当裁判所の判断は、原告らの求める救済の態様(差止及び音量規制)との関連において原告らに司法的救済を求めることが許されないとしたものであり、その他の救済方法(例えば損害賠償請求)に関してまでも司法的判断を受ける機会を一切、奪おうとするものではないから、結局、原告らの「裁判を受ける権利」を何ら侵害するものではないと解する。)。

2次に原告らは、被告に対し、本件飛行場を一定の時間帯につき米軍の航空機の離着陸に使用させないこと及びその余の時間帯につき米軍の航空機をして一定の結果をもたらすような態様による航空機の離着陸に制限させることを請求しているので、米軍機に対する関係で本件差止等請求の適否を検討することとする。

被告はアメリカ合衆国から昭和四六年六月三〇日別冊第1図の赤斜線部分である本件厚木飛行場の返還を受け、防衛庁長官は同年七月一日以降、これを「厚木飛行場」として設置し、海上自衛隊において管轄管理することとなつた。とはいえ被告は、右昭和四六年六月三〇日の日米合同委員会における政府間協定により本件厚木飛行場を安保条約に基づく地位協定二条四項(b)の規定の適用のある施設及び区域としてアメリカ合衆国に一時使用を認め、引続き使用を許可し米軍はこれを海上自衛隊と共同使用することとなつたのである。このことは我が国政府が、アメリカ合衆国政府に対し、本件厚木飛行場を含む本件飛行場全体を安保条約及び地位協定に基づき、我が国の安全並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するために、基本的には地位協定二条一項(a)の規定に基づく施設及び区域として提供したことを意味し、本件飛行場における米軍機の保有、運航権は昭和四六年七月一日以降も従前どおりすべて米軍の専権に属している。したがつて、被告は条約上の義務の履行として本件厚木飛行場を米軍が右目的遂行のため使用することを尊重しなければならず、被告の本件厚木飛行場の管理権は米軍の右目的遂行に資するように行使されなければならないのである(憲法九八条二項)。

また、飛行場管制業務と着陸誘導管制業務が海上自衛隊の管制部隊に移管され、米軍機も飛行場管制と着陸誘導管制について海上自衛隊の管制に服することとなつたが、このことは自衛隊機と米軍機という指揮系統を異にする航空機が同一の滑走路を共同使用するという事態になつたので、危険を防止する必要上飛行場管制及び着陸誘導管制を一元化したに過ぎないものと認められるのであり、航空交通管制は従前どおり米軍機については米軍の専権に属しているのであるから、飛行場管制及び着陸誘導管制が被告の権限に属するからといつて、被告に米軍機の活動に対して何らかの規制、制限を加えうる権限があると解することはできないというべきである。

以上のとおり米軍機は安保条約、地位協定という条約に基づき本件厚木飛行場を含む本件飛行場を使用しているのであり、被告は米軍をして前記目的遂行のため本件飛行場を支障なく使用せしめる条約上の義務を負担しているのであるから、右条約に基づきアメリカ合衆国の権限において離着陸する米軍機の運航に関して我が国の民事裁判権が及ぶいわれはなく、しかも被告が米軍機の運航についてこれを規制、制限する権限を有しないにもかかわらず、被告に対し条約上の義務履行行為と抵触する米軍機の離着陸についての規制、制限措置を執ることを求めることは、法的に不能を強いるものであり、いずれの観点からみても米軍機に対する関係で被告に対し本件差止等を求める請求は不適法な訴えといわなければならない。

仮に、原告らの前記請求が、被告に対し米軍機が本件飛行場を離着陸に使用することにつき原告ら主張のとおりの制約制限を実現するための行為に出ることを求めている給付の訴えであるとすれば、被告は既に前記のような条約上の義務を負担しているのであるから、右条約を改定するほかなく、右条約及び地位協定の全体の趣旨に照らせば、米軍に提供された施設及び区域の管理運営ないし米軍の活動に対し制約制限を加えるには、地位協定二五条に定められた日米合同委員会における協議を必要とし、右合同委員会において解決できないときは被告の政府とアメリカ合衆国政府との間の外交交渉を通じて双方の合意を取りつける方法以外にないと解せられる。そうすると原告らの請求は被告に対し日米合同委員会における協議ないしアメリカ合衆国政府との外交交渉を義務づける、いわゆる行政上の義務づけ訴訟に該ることになるところ、右外交交渉において被告のいずれかの行政庁がなすべき処分の内容が一義的に明白ではないから行政訴訟としても、その適法性に多大な疑問があるが、そのことはともかくとして被告に対し通常の民事訴訟によつて、かような請求をなすことが許されないことはいうまでもない。

したがつて、原告らの本件訴えのうち民事訴訟の手続により本件飛行場を一定の時間帯につき米軍の航空機の離着陸に使用させることの差止及びその余の時間帯につき一定の結果をもたらすような態様による米軍の航空機の離着陸に制限させることの給付を求める請求にかかる部分も不適法として却下すべきである。

三そうして、本件差止等請求にかかる訴えが却下さるべきものである以上、右請求に関する弁護士費用として、原告ら各自が被告に対し一律に一〇万円の損害の賠償を請求する部分は、国賠法二条一項又は民法七〇九条のいずれを根拠とするにしても理由がないことが明らかであるから、その余について判断するまでもなくこれを棄却することとする。

第三  損害賠償請求にかかる訴えの適法性

原告らは、本件差止等請求に併合して、航空機騒音等により原告らの人格権又は環境権等の権利ないし法益が侵害されていることを理由として、主位的には国賠法二条一項、予備的には民法七〇九条の各規定に基づき、過去(昭和三五年一月一日から本件口頭弁論終結日である昭和五六年六月一七日まで)に生じた損害及び将来(本件口頭弁論終結日の翌日以降侵害行為のやむ日まで)生ずべき損害並びに弁護士費用の賠償をそれぞれ請求している(以下「本件損害賠償請求」という。)。

これに対し被告は、本件損害賠償請求を判断するため、原告らが請求原因において問題としている本件飛行場における航空機の離着陸及びエンジンの作動の行為の適否を判断することは、とりもなおさず我が国全体の防衛力の配備ないし極東における米軍の配置全体の相当性、必要性を判断することにほかならず、また、右の諸活動を違法としてほぼ全面的にこれを禁止しあるいは大幅な制約を加えることは、我が国の防衛力の配備及び本件飛行場におけるアメリカ合衆国の使用行為に重大な影響を及ぼすだけでなく、同国が本件飛行場を使用する法的根拠である安保条約自体を実質的に違法と判断するものであり、右は統治行為ないし政治問題として司法裁判所の判断事項に属さないものであると主張する。

しかしながら、まず、本件損害賠償請求の当否を判断するためには、本件飛行場に離着陸する航空機の発する騒音等の侵害が、その侵害行為の態様と侵害の程度、被侵害利益の性質と内容、侵害行為の行政上の重要性(その高度の政治性の判断をも含む。)の内容と程度、被害防止のためにとられた措置の有無及びその内容等の諸般の事情を総合的に比較衡量した結果、社会生活を営む上で受忍すべき限度を超えているかどうかを判断することが必要であるところ、被告の主張する我が国の防衛力の配備ないし極東における米軍の配置の適否ひいては安保条約の合憲性ないし適法性に対する判断は、そのことが、いかに高度の政治性を帯有するものであるとしても、右は被害が受忍限度内にあるかどうかを判断するための看過してはならない侵害行為についての考慮事項の一つであるに過ぎず、高度の政治性を有する事項が司法判断に適しないとしても、そのことの故に侵害行為が無条件に適法化され、直ちに本件飛行場周辺住民という限られた一部の者に特別の犠牲を強いることが許容されるわけのものではない。

また、仮に本件損害賠償請求が認容されたとしても、それは、差止等請求の場合とは異なり、被告ないし米軍による本件飛行場の使用を全面的に禁止し、あるいは大幅に制約するという法的効果を及ぼすものでないこと多言を要しないところであり、被告ないし米軍の本件飛行場使用行為自体を違法と断定するものでもない。

以上のとおりであるから、本件損害賠償請求の当否に対する判断がとりもなおさず我が国の防衛力の配備ないし極東における米軍の配置の適否ひいては安保条約の合憲性ないし適法性に対する判断にほかならないとする被告の主張は、これを首肯しえない。したがつて、被告の前記主張は、その余の判断を加えるまでもなく採用の限りでない。

むしろ、仮に侵害行為が高度の政治性を有する条約等に由来する行為であり、いわゆる統治行為に属するものであるとしても、国民の中の限られた一部の住民にのみ受忍すべき限度を超えた被害を及ぼしていると認められる場合には、法の根本原則である衡平の観念に照らして、かような侵害行為は違法であるとの評価を受けざるをえず、被害を受けている一部住民が救済されなければならないことは当然であるから、以下右の事情について、侵害行為の具体的内容及び程度並びに原告ら本件飛行場の周辺住民の被つている具体的被害を検討することとする。

第四  侵害行為

一  航空機騒音

1  概説

<証拠>を総合すると、以下の事実が認められる。

(一) 本件飛行場に離着陸する航空機は、ジェット機、プロペラ機及びヘリコプターに大別され、各々について数種類から十数種類もの機種が観測されており、発生する騒音の度合も機種により差異が存するものではあるが、多くの機種について発進準備時ないし離着陸に際して甚大な騒音を発することは否定できないところである。これら航空機が発する騒音は、地上騒音及び飛行騒音のいずれも、極めて大きなパワーレベルを有し、とりわけジェット機のエンジン全開時におけるパワーレベルは一六〇dB(A)前後であり、他に類例を見ないほど巨大なエネルギー量を放出する。ちなみに、昭和五五年一〇月八日に当裁判所が実施した検証の結果によれば、機械的に録音再生された航空機騒音についてではあるが、ピークレベルが八〇dB(A)前後以上になると著しく耳ざわりで九〇dB(A)以上となるとそれが圧迫感となり、更に一〇〇dB(A)を超えると心臓に響くような強迫感を覚え、一二〇dB(A)前後(右検証の際、機械的に拡大再生された騒音であるものの)となると強く響く音のために一瞬驚がくし、恐怖感すら覚えるものであることが感得された。

また、航空機騒音は一般に広帯域の周波数成分を有するが、ジェット機の周波数構成は五〇〇ないし四〇〇〇ヘルツが中心を占めて金属的音質を有し、プロペラ機の中心成分は一〇〇〇ヘルツ以下であるとされる。人間の聴覚は通常高い周波数に対して感度が良く、とりわけ三〇〇〇ないし四〇〇〇ヘルツ付近が最も感応しやすいため、右付近に周波数の主成分が存するジェット機騒音は、他の騒音に比べて一段とうるさく不快に感じられる。

更に、航空機の飛行中にあつては、音源が空中を移動するため飛行騒音は極めて広範囲の地域に及び、しかも屋外にいる住民には通常遮へい物が考えられないためその頭上へ直接騒音が到達することとなる。屋内であつても、我が国においてなお圧倒的多数を占める木造家屋の場合には、構造上遮音性に乏しく、住民への影響も深刻とならざるをえない。

ところで、航空機の飛行騒音は、持続時間の点で定常騒音と区別されて間欠騒音と呼ばれているところ、その騒音は、飛行の性質上、間欠性、一過性のものであり、人間の心身への影響について未だ十分に学問上解明されていない事項も存するが、一般的に、騒音の持続時間や繰り返しの回数が多くなればなるほど、また突発的、衝撃的な騒音であればあるほどその影響が増大することが明らかにされており、頻繁に繰り返されるジェット機の飛行騒音は、この点からも人の心身へ影響を与えやすい性質を有するものと考えられる。

そして、航空機騒音の飛行場周辺住民に及ぼす影響は、航空機の種類、エンジンの出力及び当該飛行場からの距離によつて大きく左右されるとともに、航空機の離着陸の別、離着陸の方向及び飛行経路並びに風向、風速、雲量、天候等の気象条件や地形等によつても複雑な差異が生ずるものとされる。これら航空機騒音の評価の方法としては、周波数特性を考慮した音の大きさ(ラウドネス)の観点から、聴感補正回路による騒音レベル(dB又はホンで表示される。)が最も簡便かつ一般的であり、現在、この手法により騒音レベルを計測する場合は、騒音計のA特性(前記聴感補正をなしたもの)で表示することが通常となつている。また、近年、ジェット機特有の音質に起因する不快感に着目し、航空機騒音の特殊性を考慮した各種の評価方法が各国で開発されたが、現在ではWECPNL(加重等価継続感覚騒音レベル)及びNNI(Nolse and Number In-dex)による評価方法が航空機騒音の評価方法として国際的に一般化し、騒音及び聴覚等に関する現在の学問水準においては最も合理的なものの一つと考えられている。

(二) ところで、本件飛行場を離着陸する航空機は、米軍機と自衛隊機に大別されるが、その機種別の騒音の度合(測定された最高音の範囲)を昭和五〇年一月から同年一二月までの各月における実地調査(測定地点は本件飛行場滑走路の南北両端より各々約一キロメートルの二地点である。)に基づいて図示すると、別冊第6図のとおりであり、空母ミッドウェーの艦載ジェット機の最高音は八五から一二〇ホン前後にまで達するが、プロペラ機の最高音は七〇から一〇〇ホン前後である。

また、本件飛行場に離着陸する航空機の飛行経路の概要は別冊第2図のとおりであり、本件飛行場北側から着陸するときには、大和市下鶴間地区上空に低空で進入し、そのまま着陸する場合と、高い高度で本件飛行場上空へ進入し、西側に旋回しあるいは大和市中心部上空を東側に旋回しながら高度を下げて下鶴間上空を経て着陸する二つの方法があり、後者の方法は空母の艦載機に多く見られる。南側から着陸する場合もやはり、大和市福田地区上空へ低空で進入しそのまま着陸するか、あるいは飛行場上空を通過して西側に旋回した後、福田地区上空から進入着陸する。北方向へ離陸する場合は、大和市役所上空付近で東側に旋回し横浜市方面へ抜ける経路と、直進して町田市上空方面へ向う経路があり、南方向へ離陸する場合は、直進し藤沢市付近上空を経て洋上へ向う経路がある。

本件飛行場において航空機が、タッチアンドゴー(連続離着陸のことで、航空機が着陸接地後、速度の低下しないうちにエンジンの出力を再び上昇させて再離陸する方法)、ロウパス(滑走路上に車輪を接地せず滑走路上を低空飛行する方法)をはじめとする飛行訓練を行う場合は、西側に旋回する航空機が大部分であり、一周に要する時間は約五分前後である。海上自衛隊に所属する航空機のうち、P―2J、YS―11などの大型機は大回りの経路を、S―2Fなどの小型機は小回りの経路を採つている。

ただし、本件飛行場では、通常の公共用飛行場と異なり、米軍機、自衛隊機ともに、訓練上の必要から有視界飛行をなすことが多く、飛行経路を完全に一定化することは困難な状況にある。

(三) 前示のとおり、本件飛行場は、昭和二〇年の敗戦以降米軍専用の軍事飛行場となり、昭和四六年七月以降は米軍と我が国の自衛隊が共同して使用する飛行場となつているところ、通常の公共用飛行場とは異なり、飛来する米軍機、自衛隊機ともに騒音証明制度の適用がなく機種ごとの騒音量についての具体的資料が乏しいことはもとより、訓練飛行等が多いため、年間・月間・週間のいずれをとつても離着陸する航空機の運航に定期性がなく、飛行時間も一定していないうえ(後に認定するように飛行方法等に関する自主規制が存することは、ひとまず除外する。)、その時々の国際情勢、国際紛争の有無、あるいは我が国の防衛力の整備状況等に応じて、飛来する航空機の機種、発着回数、飛行時間等も大きく変動するという特色を有している。しかも、本件飛行場に飛来する米軍ジェット機の大部分は、空母ミッドウェーの艦載機であるところ、同空母が母港とする横須賀港に寄港する直前及び出港直後(いずれも二、三日以内)に特に艦載機の離着陸が激しく、ジェット機による飛行訓練等も同空母の横須賀碇泊中に集中するという特殊な事情が存する。更に、本件飛行場においては、米軍機、自衛隊機の双方について飛行場管制が被告(海上自衛隊)により実施されてはいるものの、その管制記録は軍事上及び防衛上の必要から一般に公開されることなく、同様の理由により我が国の政府及びアメリカ合衆国政府は航空機の運航及び本件飛行場の利用状況について継続的な資料を発表することがない。

したがつて、本件飛行場における航空機の機種及び離着陸状況並びにそれらの発する騒音の程度について、その実態を詳細に認定することは、極めて困難な状況にあることにあらかじめ留意しておかなければならない。

(四) しかしながら、本件においては不十分ながら本件飛行場周辺における多数の騒音測定資料等が証拠として提出されており、これらの証拠資料に基づけば、航空機騒音の状況を本件損害賠償請求に対する判断の基礎としうる程度に客観的に把握することはなお可能であるということができる。

そこで、これらの本件飛行場の航空機騒音に関する資料を通覧してみると、右資料はほとんど本件飛行場の周辺自治体が昭和三五年より開始した観測により得られたものであることがうかがえる。すなわち昭和三五年八月三〇日から同年九月七日にかけて、神奈川県企画渉外課が県工業試験所の協力を得て、第一回の本格的な騒音調査を行つた。その後、昭和三六年以降、県、大和市、綾瀬町(当時)の三者合同で毎年一定期間、飛行場周辺の一〇〇箇所以上の地点を設定して巡回ないし定点調査を行つている。更に、昭和三九年には滑走路北端より北へ約一キロメートルの地点(大和市上草柳九七一善徳寺、現在はこの寺は存在しない。)及び同南端より南南西へ約1.2キロメートルの地点(綾瀬町本蓼川一三六峰尾宅)の二箇所に自動記録騒音計を設置し、二四時間にわたり調査を行つている。その後測定地点は何回かにわたり移動したが、騒音調査は継続して実施され、昭和四四年以降は、自動記録騒音計を滑走路東側転移表面より約三〇〇メートルの地点(大和市福田五一〇七尾崎宅、大和市の騒音調査ではポイントBと表示されている。)、南側進入表面下約五〇〇メートルの地点(大和市福田四〇五〇―六原告月生田宅、同じくポイントCと表示されている。)に固定し、更に昭和四五年には、これに加え同騒音計を北側進入表面下約一キロメートルの地点(大和市上草柳三―一〇―一二野沢宅、同じくポイントAと表示されている。)に設置し、昭和五四年には大和市立林間小学校(大和市林間一―五―一八)及び吉見宅(大和市西鶴間三―一一―四)にも新たに設置された(以上のポイントA、B、Cの各点及び林間小学校、吉見宅の位置については、別冊第2図各赤点のとおりである。)。

2  航空機騒音の測定状況

右に見たとおり、県等の自治体による本件飛行場周辺地域における航空機騒音の測定、調査は、測定方針、測定地点が一定ではないが、<証拠>を総合すると、本件飛行場周辺地域における航空機騒音についての騒音測定の状況としては以下のとおりの事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(一) 飛行騒音

(1) 昭和三五年から昭和三八年まで

右期間の騒音測定の状況は、別冊第1表のとおりである。しかしながら、右期間中の調査は、毎年八月末から九月初めにかけての一週間ないし一〇日程度の実地測定しかなされておらず、記録も一定していないうえ、右測定が騒音計のA、B、C特性のいずれにより計測されたものであるかも不明である。したがつて、本件飛行場を離着陸する米軍機の運航状況が前示のように、しばしば変動するという事情をも合わせて考慮すると、右測定結果が年間の航空機騒音の実態を正確に反映しているとはいい難い場合もあるであろうが、年間を通じて正確に飛行機数を掌握しうる立場にある被告が作成した「厚木米海軍航空基地の航空機騒音による人権事件について」(法務省人擁第四五八号)によれば、昭和三五年から昭和三九年にかけての飛行する機数は、毎年ほぼ同数で、むしろ若干増加しているとみられると指摘されているところである。また、前記期間の調査は、いずれも同時に数箇所で測定されており、かつ、同一飛行機が旋回することもありうるので、必ずしも厳密な意味での飛行回数が計測されているとはいいえないが、それでも一時間当たり平均一〇ないし二〇機程度の飛行が実測されており、非常に頻繁に離着陸が繰り返されていたことがうかがわれる。

前記調査期間中の日曜日の一日当りの飛行回数は、昭和三五年は三一一機、昭和三六年は七一機、昭和三七年は一五機、昭和三八年は一一八機であり、年により相当相違があるものの多数の航空機が離着陸している。また、深夜・早朝(午後一〇時から翌朝午前六時まで)の飛行状況及び飛行騒音の状況は、前記善徳寺における二四時間測定によれば、昭和三六年は三五機、昭和三七形は八機、昭和三八年は六機であり、昭和三八年の最高音が一一八ホンに達し他の年でも相当高い騒音が記録されていること、右時間帯が一日の内で最も静穏が必要とされる深夜・早朝であることも考え合わせれば、かなり激甚な騒音であつたと思われる。

以上のとおり、昭和三五年から昭和三八年については、本件飛行場滑走路の拡張改修工事が昭和三三年から昭和三五年にかけて実施されて大型ジェット機の離着陸が可能となつたことから、ジェット戦闘機をはじめとする各種の米軍航空機が、昼夜を分たず頻繁に離着陸を繰り返し、本件飛行場周辺地域の航空機騒音は、非常に激甚であつたものと認められる。

(2) 昭和三九年から昭和四四年まで

右期間については、数箇所の測定地点に自動記録騒音計が設置され、七〇ホン以上の航空機騒音について各月毎の測定資料が存する。ただし、本件証拠として提出された資料は、主として本件飛行場滑走路北側のものであり、一地点の年間を通しての測定資料がないので右期間の騒音の測定状況の変動を正確に把握することは困難であるが、その概要は別冊第2表のとおりである。同表によれば、一日当たりの平均騒音測定回数は最高で一〇七回(昭和四二年四月から同年七月までの期間)、最低でも二八回(昭和四一年一月一七日から同年三月三一日までの期間)に達しており、同じく一日当り平均騒音持続時間は最長で一時間一七分二〇秒(昭和四二年四月から同年七月までの期間)、最短でも一四分一一秒(昭和四〇年一〇月一六日から昭和四一年一月一六日までの期間)に及んでおり、更に、騒音測定中の最高音は最低でも一〇五ホン(昭和四〇年一〇月一六日から昭和四一年一月一六日までの期間)、最高は実に一四三ホン(昭和三九年五月一日から昭和四〇年三月三一日までの期間)に達しているのであつて、昭和三八年以前に比べれば幾分改善されてはいるが、依然として相当激甚な航空機騒音が実測されている。

次に、日曜日及び時間帯別の飛行状況については、例えば昭和三九年九月から昭和四〇年三月までの前記善徳寺における測定結果によれば、日曜日の一日平均の飛行回数は43.5回であり平日の四割を超える飛行がなされているし、午後一〇時から翌朝午前六時にかけての深夜早朝においても、平均の飛行回数は、九月1.6回、一〇月2.6回、一一月2.9回、一二月1.2回、一月1.2回、二月1.4回、三月1.1回であるから毎夜一回以上は飛行がなされており、騒音測定中の最高音は一三〇ホン(九月)にも達している。

(3) 昭和四五年以降

昭和四五年以降は、本件飛行場滑走路の北側、南側及び東側のいずれの地域についても自動記録騒音計が設置され(ただし南側は昭和四五年一二月以降)、原則として一年間を通じて七〇ホン以上の騒音についての資料が存するので、その測定結果は飛行場周辺の騒音の実態を比較的正確に反映しているものと考えられる。

(ア) 滑走路北側

昭和四五年一月から昭和五三年一二月までの前記野沢宅(滑走路北側進入表面下約一キロメートル、ポイントA)における騒音測定の状況は別冊第3表のとおりであり、一日当たりの平均騒音測定回数は毎年ほぼ三〇ないし四〇回、そのうち八〇ホン以上の騒音の占める比率は七、八割、最高音は一二〇ホン前後であり、毎年、騒音状況はほぼ同様と思われる。また、昭和五四年(ただし、一月から七月まで)及び昭和五五年の両年の前記市立中央林間小学校(滑走路北端より北へ三キロメートル)及び吉見宅(滑走路北端より北へ2.2キロメートル)における各月の騒音測定の状況は、別冊第5、第6表のとおりであり、吉見宅における昭和五五年四月、五月の一日当り平均測定回数は五〇回前後、同じく平均持続時間は一二分以上であるから、最近の航空機騒音の状況もかなり激しいものであるといえる。

日曜日の飛行状況について、右野沢宅における曜日別測定回数は、別冊第4表のとおりであり、同地点での昭和四九年から昭和五一年までの期間中の各月の日曜日の測定回数は、一か月当り最低一四回最高八七回、一か月平均約四四回となつており、また、昭和五二年及び昭和五三年の両年の各月の日曜日の測定回数は、一か月当り最低一九回、最高一〇一回に及び、一か月平均でも約五三回となつており、平日と大差ない。更に、深夜早朝の時間帯について、野沢宅における午後一〇時から翌朝午前六時までの間、昭和五二年は合計一〇七回、昭和五三年は合計一一九回飛行が行われており、最高音は一〇七ホン(昭和五三年三月)が測定されている。

(イ) 滑走路南側

滑走路南側については前記原告月生田宅(滑走路南側進入表面下約五〇〇メートル、ポイントC)における昭和四五年一二月以降の測定資料しかない。したがつて、昭和四六年一月から昭和五五年一二月までの騒音測定資料を集計することとするが、その間の毎日の測定結果があるので、本件騒音測定資料中最も詳細かつ正確に騒音状況を反映していると思われるところ、毎月、毎年、日曜日別の集計の概要は別冊第7ないし第18表のとおりである(第7表ないし第17表は、それぞれ昭和四六年から昭和五五年までの騒音測定を年間単位で集計したものであり、第18表は右年間集計を更に総括したものである。)。右各表によつて昭和五〇年以降の騒音の状況のみを通観してみても、平日の一日当り平均測定回数が三〇ないし五〇回程度、同じく平均持続時間が八ないし一四分、最高音が一〇八ないし一二九ホンと測定され、依然として騒音の程度は激甚であると認められる。また、右期間中の日曜日の飛行状況は、一日当りの平均測定回数が昭和五〇年は一三回、昭和五一年は一五回、昭和五二年は一〇回、昭和五三年は一二回、昭和五四年は九回、昭和五五年は一三回であり、平日より少ないとはいえ確実に一〇機前後の飛行がなされている。更に、午後一〇時から翌朝午前六時までの深夜早朝の飛行状況は、一日当り平均持続時間が七ないし二三秒、最高音が九六ないし一二五ホンに達するから、短時間ではあつてもしばしば静穏が破られることがあるといえる。なお、昭和四九年ないし昭和五一年の曜日別測定回数は別冊第19表、昭和五〇年、五一年の時間帯別測定回数は別冊第20表のとおりである。

(ウ) 滑走路東側

昭和四五年一月から昭和五三年一二月までの前記尾崎宅(滑走路東側転移表面より約三〇〇メートル、ポイントB)における騒音測定の状況は、別冊第21表のとおりであり、滑走路北側及び南側地域に比べると、一日当り平均測定回数及び平均持続時間並びに最高音のいずれも数値が低く、右両地域の激甚な航空機騒音に比較して、滑走路東側地域は騒音の程度が低いものと認められる。

(二) 地上騒音

航空機の離着陸及び飛行の際の騒音と区別された地上騒音として問題となるのは、航空機エンジンの試運転、調整作業により生ずる騒音(エンジンテスト音)と、航空機の離陸前、着陸後の移動により生ずる騒音(誘導音)である。

これら地上騒音に関する具体的記録としては、昭和三七年八月二七日に本件飛行場滑走路中央より東南東1.5キロメートルの地点において午後七時から同一〇時までの間、七〇ホン以上の騒音持続時間一時間四五分四八秒(最高音一〇五ホン)というエンジンテスト音が測定され、昭和三八年八月二九日にも右地点において夜間九〇ホン前後のエンジンテスト音が五六分間継続した。

また、前記善徳寺における調査測定によれば、昭和三九年五月には夜間測定の行われた三一夜のうち九夜にエンジンテスト音が測定され、最高音は八七ホン、騒音持続時間は一夜平均一分一九秒、うち最長は同月一九日の午後七時から同九時にかけて断続的に二五分三三秒継続し、同年八月六日には午後一〇時から翌日午前三時までの間に一六分四秒のエンジンテスト音が測定されるなど、当時相当甚大な地上騒音が生じていたことが推認できる。

その後の騒音測定資料においては、飛行騒音とエンジンテスト等の地上騒音が区別されていないので、地上騒音のみを明確にすることができないが、原告らの陳述書によれば、地上騒音は飛行場に近接した滑走路東側地域において特に激しく、一過性の飛行音と異なり比較的長時間にわたつて継続するのが通常であり、早朝ないし夜間に行われることもある(例えば、<証拠>によれば、昭和五四年七月七日午前一時頃から一時間半にわたりエンジンテストが行われた。)ので、周辺住民に与える苦痛も大きいものと推測される。

なお、昭和三八年の日米合同委員会の合意による飛行方法等に関する自主規制によれば、「ジェットエンジンの試運転は午後六時から翌朝午前六時までの間は運用上の必要に応じ及び合衆国の態勢を保持する上に緊急と認められる場合を除き禁止される」とされ、ジェットエンジンの試運転場所の指定もなされている。更に、昭和四四年六月には本件飛行場中央部付近に消音器二基(航空機の機体から取り外したエンジンに用いられるテストセル用一基、機体に装着したまま用いられるトリムパッド用一基)が設置されるとともに、同年一一月日米合同委員会において先の自主規制が一部改定され、エンジンテスト時間の制限が「航空機運航のため又は警戒体制の保持のため必要とする場合を除き午後六時から翌朝午前八時まで」延長され、テストセルに適合しないジェットエンジンの試運転について「騒音の持続時間とレベルを最小限に保つよう最大の注意が払われる」とされた。また、自衛隊による飛行方法等に関する自主規制としても、ジェットエンジンについては、「午後六時から翌朝午前八時まで原則として地上試運転は行わない」とされ、試運転区域も制限されている(ただし、本件飛行場において海上自衛隊の常駐する航空機に、ジェット機が存しないことは、前記認定のとおりである。)。

右諸規制及び消音設備により、地上騒音は当然軽減されているものと推測されるが、そうであるからといつて消音器を使用しない又は制限区域外のエンジンテスト及び深夜早朝のエンジンテストが全くなくなつたわけではなく、現実にこれらのエンジンテストが実施されていることは前記認定のとおりであるし、そもそも航空機の着陸後、離陸前の移動により生ずる誘導騒音はエンジン試運転の規制の対象外であるから、現在でも原告らに及ぼされている航空機騒音のうち、ある程度の部分は地上騒音が占めているものと考えられる。

(三) 騒音コンター

本件飛行場に起因する航空機騒音の実態を検討するためのその他の資料としては、騒音コンター(等音圧線)が存する。すなわち、社団法人日本音響材料協会が二回の予備調査と昭和五〇年八月、昭和五一年一月、昭和五二年九月(二回)、昭和五二年一二月の五回の本調査によつて得られた騒音資料に基づいて、生活環境整備法施行令八条、同法施行規則一条所定の方法でWECPNL値を算出して作成した騒音コンターは、別冊第3図各破線表示のとおりである。同コンターのうち、WECPNL八五のコンター(同図赤破線)に基づいて昭和五四年九月五日に告示(防衛施設庁告示第一八号)された同法四条ないし六条に基づく第一種区域は、同図赤実線の内側部分(本件飛行場及び第二種区域部分を除く。)である。更に、昭和五四年九月一四日に右第一種区域の基準がWECPNL八五以上から八〇以上に拡大され(総理府令第四一号)、これに伴い再度本件飛行場周辺の騒音調査がなされ、右調査によつて得られた資料に基づいて前記同様の方法で作成されたWECPNL八〇のコンターは同図青破線(ちなみに、WECPNL九〇のコンターは同図黄破線である。)であり、これに基づき昭和五六年一〇月三一日に第一種区域が告示(防衛施設庁告示第一九号)されたところ、これによれば第一種区域は、同図青実線内側部分全域(第二種区域及び本件飛行場部分を除く。)である。以上のコンター図によれば、本件飛行場の騒音は、滑走路延長線を中心に南北に細長く延び南方及び北方に行くに従つて徐々にその幅が狭くなる地域内で激しく、滑走路東西の両地域では比較的その影響が少ないことがわかる。また、最も騒音が激烈なWECPNL九五以上の地域は本件飛行場内となり、住民の居住しない地域であるし、WECPNL九〇以上の地域は飛行場滑走路南北両端より約一キロメートル以内の地域であり、この地域にも原告らは一名も居住していないことが認められる。なお、昭和五四年九月の告示の際のWECPNL九〇のコンター図と、昭和五六年一〇月の告示の際のWECPNL九〇のコンター図とを比較すると、後図の方が前図より地域的に南北にいずれも拡大していることが認められるから、その間の本件飛行場周辺の騒音の程度はわずかながら激化しているものと考えられる。

3  空母ミッドウエー入港時の騒音状況

昭和四八年一〇月五日、空母ミッドウエーの横須賀初入港以来、本件飛行場における米軍機の飛行状況がそれ以前と様相を変え、同空母の寄港中にその艦載機が飛来して騒音が一段と激しくなつたことは前述したとおりである。本件飛行場のかような特殊な事情にかんがみれば、航空機騒音の実態を年間ないし月間の平均値のみによつて考察することは不正確である。そこでより具体的に同空母寄港中の騒音測定資料を検討することとするが、<証拠>を総合すると以下の事実が認められる。

空母ミッドウエーの出入港状況は、別冊第22、第23表のとおりであるところ、その間の騒音測定状況の一例は、別冊第5図のとおりである。同図によれば、同空母の艦載機が同空母の入港三日前頃から多数飛来し、訓練等のため頻繁に離着陸を繰り返し、出港後三日後頃までに帰艦するものと思われ、同空母の長期滞在期間である昭和五二年五月五日から七月一五日までの間、前記月生田宅では、一日当りの平均測定回数(昭和五二年五月五日から六月三〇日まで、同年七月は機械が故障。)五〇回以上の日が三〇日、八〇回を超える日が一〇日、更に一〇〇回以上の日が四日にも及んでおり、右期間中の平均飛行測定回数は51.1回となり、また騒音の程度についても、九〇ホン以上の測定回数が三四三回、一〇〇ホン以上の測定回数も一八六回に及び、七〇ホン以上の一日平均持続時間が二〇分を超えた日は一〇日以上にもなつている。同じく昭和五四年六月一八日から同年八月二〇日までの間、前記月生田宅では、騒音測定総回数二七三四回、一日平均測定回数四二回、測定回数五〇回を超えた日が二三日、九〇ホン以上の測定総回数五六八回、一〇〇ホン以上の測定回数が一三四回に及び、七〇ホン以上の一日平均持続時間は一〇分三九秒である。

次に、昭和五四年の前記林間小学校及び吉見宅における騒音測定資料に基づいて、空母ミッドウエーの横須賀入港期間とそれ以外の期間の騒音の程度を比較してみると、別冊第24表のとおりであり、一日平均測定回数、騒音総持続時間、騒音量のいずれも入港期間中の数値が高く、同空母入港中に集中して激甚な航空機騒音が生ずることが明らかである。

二  振動・排気ガス

1  振動

本件飛行場周辺において、航空機の飛行機の飛行騒音及び地上騒音により発生する家屋等の振動の度合を測定した客観的資料は極めて乏しく、その被害の程度・内容から侵害行為の存在を推測するほかないところ、原告らの陳述書等によれば、家屋全体の震動、屋根がわらのずれ、建て付けのくるい、内壁やタイルのひび割れなどの被害の供述が散見される。

たしかに、航空機の進入離陸経路直下に位置する家屋では、それが建築後歳月を経て老朽化しているような場合、航空機とりわけジェット機の離着陸によつて窓ガラスや建具、家屋の一部等が震動する事態が生じないとはいえないであろう。しかしながら、家屋の損傷は、一般に材質、工事施工方法、風雨及び大気の状況(寒暖、乾湿等)による長期的な影響、歳月の経過によつても生ずるものであり、しかも、前記当事者間に争いのない事実及び弁論の全趣旨によれば、本件飛行場に離着陸する航空機は、主としてエンジンが単発又は双発のジェット戦闘機若しくは攻撃機、あるいは対潜哨戒機を中心とするプロペラ機であり、エンジンの排気量が極めて大きいボーイング747等の大型ジェット機やC―5Aギャラクシーをはじめとする米軍の大型ジェット輸送機が通常離着陸しないことを考え合わせると、航空機の飛行の際の振動により家屋全体が震動して屋内の物が頻繁に倒れたりするとは考えられず、また本件飛行場周辺の全域に、タイルや内壁のひび割れ、建て付けのくるい等を生ぜしめるほどの航空機による振動が到達しているとは認めることができない。

したがつて、本件飛行場周辺における振動に関しての客観的資料が極めて乏しい現状のもとでは、本件飛行場に離着陸する航空機に起因する振動は、前記航空機騒音とは異なり、航空機の進入離陸経路直下あるいは一部の旋回経路(本件飛行場では西回りの旋回が多いことは前記のとおりである。)直下に限定された侵害にすぎず、しかも、激甚な航空騒音という侵害行為に附随して生ずる派生的な侵害行為と認めるのが相当である。他に右認定を覆すに足る証拠はない。

2  排気ガス

<証拠>によれば、以下の事実が認められる。

一般に、航空機の排気ガス中に含まれる汚染物質としては、一酸化炭素(CO)、窒素酸化物(NOx)、一酸化窒素(NO)、二酸化窒素(NO2)、炭化水素(THC)が主要なものである。一酸化炭素は不完全燃焼産物でありアイドリング時などエンジン出力の弱いときに増化し、エンジン出力が上がり、高熱下完全燃焼に近づくほど排出が少なくなる。炭化水素は、ほとんどアイドリング時の汚染物質であり、広義には不完全燃焼産物であるが、実際上は燃焼もれ成分といわれ、エンジン出力が上がり、温度も上がり、空気量も増えると当然減少してくる。窒素酸化物は、離陸、上昇、着陸時の汚染物質であつて、高温燃焼時に温度に比例して急速に発生量が増加する。これらは、いずれも大気中に大量に放出されれば大気汚染の原因となる物質である。

しかしながら、本件飛行場周辺における航空機による排気ガスの性質程度を測定した客観的資料が極めて乏しいことは、前記振動の場合と同様であり、したがつて、その被害の内容程度から侵害行為の存在を推測せざるをえないことも前同様であるところ、本訴において排気ガスの被害として主張されるのは、原告らの陳述書等によれば、洗たく物の汚れが中心であつて、いわゆる大気汚染はほとんど問題とされておらず、わずかにガソリン様の臭気を訴える者(原告番号86)、不燃焼燃料の落下を訴える者(原告番号28)がいる程度である。通常、航空機の排気ガスは大容量噴気でいわゆるPPM濃度が低く、高速で噴気するため拡散率が高いうえ、飛行場の面積は広大であり離着陸は立体的になされることから、局所的な汚染現象は発生しにくい。しかも、航空機は一本の滑走路につき一機が時間間隔を置いて離着陸するものであり、自動車等のように数百台が平行走行したり渋滞を起こすこともない。更に、前記1認定のとおり、本件飛行場に離着陸する航空機種はいずれもエンジン排気量の小さいものであり、大型ジェット旅客機又は輸送機はほとんど飛来しないことを考え合わせば、侵害行為としての本件飛行場に離着陸する航空機に起因する排気ガスは、せいぜい進入離陸経路等直下の原告らに対し洗たく物の汚れを引き起こす程度のものとしか認めることができず、本件飛行場周辺に大規模な大気汚染をもたらすような性質程度のものとは到底認められない。したがつて、航空機による振動の場合と同じく排気ガスも航空機騒音という侵害行為に附随して生ずる派生的な侵害行為というべく、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

三  墜落・落下物の危険

1  墜落事故

(一) 昭和二七年から昭和五六年六月までの神奈川県を中心とする航空機の墜落不時着事故について、原告らの主張するところは別冊第25表記載のとおりであるが、そのうち事故番号5、7、19、26、36、37、38、39、44、54、58、61、63、67、71、72、73、74、75、77、80、86、88、90、91及び92の各事故並びに数名の人命が失われた昭和三九年四月五日(東京都町田市での墜落、事故番号67)、同年九月八日(大和市上草柳での墜落、事故番号71)及び昭和五二年九月二七日(横浜市緑区での墜落、事故番号95)の各事故の内容について概ね当事者間に争いがない(なお、<証拠>によれば、同表事故番号5についての事故原因は墜落、同36についての被害状況は農耕地立木の被害、乗員一名死亡、同73についての被害状況は山林損傷と認められ同表を一部訂正する。)。

(二) <証拠>を総合すると以下の事実が認められる。

(1) 別冊第25表記載の各事故のうち、前記1の各事故を除くその余の各事故についても同表記載のとおりの事故及び被害が発生した。

これらの事故のうち、神奈川県内で発生した総事故数は九三件(1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、13、14、15、16、17、18、19、20、21、22、23、24、25、26、27、28、29、30、31、32、33、34、35、36、37、38、39、40、41、42、43、44、45、46、47、49、50、51、52、53、54、55、56、57、58、59、60、61、62、63、64、65、66、68、69、70、71、72、73、74、75、76、77、78、79、81、82、83、84、85、86、87、88、89、93、94、95、96、97、98、99)であり、うち大和市内で発生した事故(ただし本件飛行場内で発生したもの二件を含んでいる。)が、一八件(5、7、19、26、30、36、38、44、53、54、58、61、63、69、71、77、88、94)に及んでいる。すなわち、神奈川県内では一部には本件飛行場に関係しない航空機等によるものを含んではいるが、主として本件飛行場に起因する墜落、不時着事故が年平均3.5回発生し、大和市内のみでみても(これはすべて本件飛行場に起因する。)、年平均0.6回強の事故が発生している。これを本件飛行場周辺地域(綾瀬市、藤沢市、海老名市、相模原市、厚木市、座間市、横浜市)でみると、綾瀬市五件(2、3、11、13、18)、藤沢市四件(45、55、70、97)、海老名市一件(32)、相模原市九件(28、29、31、42、43、46、50、75、87)、厚木市四件(40、41、52、72)、座間市一件(65)、横浜市二五件(1、4、8、14、16、17、20、21、23、25、34、35、37、39、57、73、78、79、81、82、85、86、95、98、99)合計四八件、大和市を含めた総数七二件と、神奈川県内で発生した総墜落事故の約七五%を占め、年平均2.6回強の墜落事故が発生している。

(2) ところで、昭和五五年一月三一日現在の総飛行時間により算出した資料によれば、我が国におけるボーイング727の事故率(事故率は、飛行時間一〇万時間当たりの数値である。以下同じ。)は0.3、ダグラスDC―8の事故率は0.2であるところ、昭和五四年一二月三一日現在の総飛行時間により算出した資料によれば、自衛隊のF―4Jファントムの事故率は、6.9となつている。

(3) 更に、民間空港についての統計資料によれば、一九四六年から一九七八年の世界の主要民間輸送機及び航空機の事故の合計六九五八件のうち、発生場所の分類では、空港内が五二%、空港周辺が二八%、空港外が一七%となつており、飛行場内とその周辺は、その他の地域に比べて航空機事故発生の可能性が著しく高いと認められる。

2  落下物事故その他

本件飛行場周辺における昭和三〇年から昭和五三年に至るまでの間の航空機による積載物落下事故について、原告らの主張するところは別冊第26表記載のとおりであるが、そのうち事故番号2、7、11、17、19、22、25及び42の各事故については当事者間に概ね争いがない(なお、後掲証拠によれば、同表事故番号11について発生年月日は昭和三三年一月一七日、発生場所は大和市下草柳、被害は電線切断と認められ同表を一部訂正する。)。

<証拠>によれば、同表記載のとおり前記の各事故を除くその余の落下物事故が発生したことが認められ、更にその他、本件飛行場に離着陸する航空機による事故等として、飛行場突破(昭和三三年一月二九日、同年四月七日)、燃料放出(昭和三九年五月一一日、昭和四九年一月二五日、昭和五三年六月一五日)、低空飛行(昭和四五年一〇月一〇日、同年一〇月一四日)等の事故が発生していることが認められる。

以上のとおり、本件飛行場周辺においては、かなり頻繁に墜落、不時着、落下物等の航空機事故が発生し、ときには人命損失という重大な結果に至つた場合もあり、本件飛行場を離着陸する航空機が軍用機であつて民間航空機に比較すれば、その安全性が低く附属部品等の落下も発生しやすいという事情を考え合わせると、本件飛行場における航空機の離着陸は、墜落・落下物等の危険性の点からみて、原告ら周辺住民に不安感、恐怖感を与え、精神的・心理的に悪影響を及ぼす侵害行為であると認めるのが相当である。

第五  被害

一  はじめに

本件被害についてその具体的認定を行う前に、ここで原告らの本件損害賠償請求の法的性格並びに被害認定の方法についてあらかじめ検討を加えておくこととする。

まず、原告らの本件損害賠償請求は、原告ら各自が被つている被害について、それぞれの固有の権利として損害賠償の請求をしているのではあるが、原告らは、本件損害賠償請求において、原告ら各自が受けた様々な健康被害、生活妨害、睡眠妨害、情緒的被害等の非財産的損害の全部について賠償を求めるのではなく、これらの被害の中には原告ら全員が等しく被つていると認められる最小限度の被害があり、この原告らに共通する被害の更にその一部を各自の損害として、慰謝料という形で、その賠償を請求するものと理解することができる。もとより、右のような被害といえども、原告ら各自の具体的生活環境、居住条件、身体的条件等の相違に応じてその内容及び程度を異にしうるものではあるが、他方そこには全員に共通して存在が認められるものや、その具体的内容において若干の差異はあつてもそれに伴う精神的苦痛の性質及び程度においては差異がないと認められるものも存在しうるのであり、このような観点から同一と認められる非財産的損害を原告ら全員に共通する損害としてとらえて、各自につき一律に慰謝料としてその賠償を求めることも許されないものではないというべきである。そうである以上、原告ら各自が等しく被つていると考えられる被害の最小限度を明らかにするため、原告らの被害について一律的な判断をすることも許されるべきであるし、原告ら各人別にそれぞれ異なつた被害をすべて認定する必要はないものと解する。

次に、航空機騒音等により人体に及ぼされる影響については、専門家による調査研究、科学的解明が未だ十分に進んでいない状況にあるうえ、その影響は生理的、心理的、精神的な影響に限られず、日常生活における諸般の生活妨害等にも及びうるものであり、その内容、性質が複雑、多岐、微妙で、客観的には容易に捕捉し難いものがあり、被暴露者の主観的条件によつても差異が生じうる反面、その主観的な受けとめ方を抜きにしてはこれを正確に認識把握することが困難なものであることは、経験則上容易に首肯しうるところである。したがつて、原告らの陳述書及び騒音に暴露されている地域住民の反応についての調査(アンケート調査)の結果が、その性質上主観的な要素を含むからといつて、これがため一般的にその証拠としての証明力を否定ないし軽視することは相当でなく、これらの証拠資料を被害事実を認定するうえでの一資料として援用することも当然許されるものといわなければならない。

そこで、右の観点に立つて、原告らの主張する被害を以下、順次検討することとする。

二  騒音による被害の一般的特色

<証拠>によれば、以下の事実が認められ、この事実を覆すに足る証拠はない。

騒音が人体に被害を及ぼす過程について、まず、騒音は外耳から入つて内耳の感覚器官を刺激し、信号(インパルス)となり、聴神経を経て大脳皮質の聴覚域に達し、音の感覚を成立させる。この過程において、聴取したいと思う音と同時に騒音が到達すれば聴取妨害を起こすし、単独でも「やかましさ」の感覚を発生させる。また、激烈な衝撃騒音は、耳の感覚器官をおかして聴力損失をも生ぜしめる。これらの聴取妨害、聴力損失(難聴)のような聴覚経路における被害は、騒音に独特のものであり、特異的直接作用といえる。

一方、感覚器官の受けた刺激信号は、脳幹網様体を経て大脳皮質の広範な部位に影響を及ぼし、大脳の精神作用を乱し、作業学習能率の低下、情緒不安定、睡眠妨害等の精神的心理的被害を生ぜしめる。また、網様体からは、視床下部を経て大脳の旧古皮質へも信号が送られて、不快感、怒りなどの情緒的影響を引き起こす。旧古皮質は下等な動物では脳の大部分を占め、性欲・食欲・集団欲等の本能的欲望や行動、それに伴う快・不快の情緒を発生させる部位であるから、騒音によつて不快感などが生ずるとともに、性欲や食欲の不振をももたらしうる。更に、視床下部は、身体機能、特に循環器、消化器などの内臓の働きを調整する自律神経の中枢の存在する部位であり、また、下垂体を介して内分泌系(ホルモン系)の働きを支配する中枢でもあるため、ここから様々な身体的影響、交感神経の緊張の高まり、脈拍・血圧・呼吸・胃腸の働き等物質代謝の変調、冷や汗、皮膚血管の収縮、ホルモンのアンバランス等を引き起こす。これらの精神的心理的被害、旧古皮質や身体にあらわれる影響は、いずれも騒音以外の寒暑、痛み、臭気等の刺激によつても発現しうる影響であり、騒音の非特異的間接的被害といえる。

そして、騒音により生ずるこれらの様々な影響の発現については、騒音自体の因子である音圧レベル、周波数構成、持続時間、反復の程度、衝撃性、発生源の数、これらの因子の変動性だけでなく、騒音を聴取する人間の側及びその人間と騒音の関係から生じる各種の要因が深く関連しているのであり、性別、年令、健康状態、体質及び気質、性格、知能、職業、心身状態(労働、休養、睡眠)、騒音に対する馴れ及び経験・感受性、騒音源についての感情及び利害関係、家屋構造、自然・家庭・社会環境等の広範囲にわたる諸因子が相互に関連して、身体的被害だけでなく精神的心理的影響や日常生活の妨害という騒音被害を生ぜしめている。しかしながら、騒音及びそれに係わる諸因子と人間における様々な被害との間の発現経路は定性的にある程度明らかにされているものの、その定量的な反応関係については科学的に十分解明されているとはいえない状況にあることを留意しておかなければならない。

三  健康被害

1  聴覚への被害(難聴及び耳鳴り)

騒音暴露による身体的被害のうち、最も特徴的なものとして、多数の原告ら及びその家族らは難聴や耳鳴りの被害を訴えており、<証拠>によれば、同号証中の陳述書及びアンケート等(以下総称して「本件陳述書等」といい、これに関する前掲証拠は個々的にこれを摘示しない。)において、原告ら本人又はその家族に関して、難聴の被害を訴える者は三二名(原告ら全員の三五%にあたる。以下「%」のみで表示する。原告番号8、10、11、13、21、22、25、26、33、37、40、41、42、44、46、48、49、50、57、62、65、67、68、71、72、73、75、80、81、82、85、89)、耳鳴りを訴える者二九名(三二%、原告番号1、15、16、18、20、21、24、30、37、41、42、43、46、48、59、62、68、69、71、72、73、75、77、80、81、83、85、86、88)である。また、<証拠>を総合すれば以下の事実が認められる。

すなわち、原告らの所属する厚木基地爆音防止期成同盟(以下「同盟」という。)が、同盟員四三二名(以下世帯を対象としたと思われる質問事項についても、世帯数でなく一括して人員数「名」で表示する。)を対象に昭和三七年二月、三月に行つた記述式のアンケート調査によれば、被害状況として聴力障害を訴える者一四三名(三三%)、同じく昭和四一年九月に同盟員一一八一名を対象に行つたアンケート調査では回収された九八四名(回収率八三%)のうち二三五名(二四%)が耳鳴り、一時的聴力低下、鼓膜損傷、聴感マヒ等の聴覚機能障害を訴えているし、同じく昭和五一年五月に同盟員約二九〇〇名を対象に行つたアンケート調査では回収された二〇六六名(回収率七一%)のうち、耳鳴り、難聴を訴える者が四一二名(二〇%)で各種被害中第六位となつている(なお、同じく昭和五五年七月にも同盟会員を対象に選択回答式のアンケート調査が実施され、一七五七名から回収されたが、右調査には聴覚被害に関する質問調査事項は含まれていない。)。また、大和市基地対策協議会が、昭和三八年一一月に、当時の大和市の全世帯である一一三三三世帯を対象に行つた被害等の調査結果では、回収された七五〇八名(回収率六六%)のうち、耳鳴り、一時的聴力低下、鼓模破損傷、聴感マヒ等を訴える者が二四九九名(三三%)に及んでいる(以上の本件飛行場周辺における各種のアンケート調査を総称して、以下「本件アンケート調査」といい、これに関する前掲証拠は個々的にはこれを摘示しない。)。

ところで、東京都公害研究所の委託に基づき財団法人日本公衆衛生協会が昭和四五年七月東京都横田飛行場周辺の騒音地域(NNI四〇台、五〇台、六〇台)及び対照地域(NNI三〇台以下)の住民を対象として実施したアンケート調査(以下本アンケート調査についてもこれに関する前掲証拠は個々的にはこれを摘示しない。)によれば、耳鳴りを訴える者の割合はNNI三〇台で約三%、四〇台で約一%、五〇台で約五%、六〇台で約八%であり、NNI四〇台以下の地域と五〇台及び六〇台の地域との比較において、統計上の有意差が認められた(なお、国立公衆衛生院長田泰公は、各種アンケート調査の結果を総合し、NNIによつて表示された騒音レベルは、身体的被害の点ではdB(A)とほぼ同程度の影響があり、生活妨害や睡眠妨害、情緒的被害の点では、NNIプラス二〇dB(A)に相当する影響があると報告している。)。

そこで、本件飛行場周辺において、原告らを中心とする地域住民が訴える聴覚の異常が、航空機騒音によるものと認められるか否かについて検討する。

(一) <証拠>によれば以下の事実が認められる。

広く難聴(聴力の域値移動)といわれる現象のうちには、回復可能な一時的域値移動(NITTS又は単にTTSといわれる。)と回復不能な永久的域値移動(NIPTS又は単にPTSといわれる。)があるが、身体とくに耳に欠陥のない者でも、強烈な騒音に暴露されることによりTTSに陥り、これが繰り返されると聴覚器官の回復不能な損害を生じPTSに陥る。このPTSが騒音性難聴と呼ばれるものであり、その主たる原因は内耳の外毛細胞の変成であるといわれており、その特色は三〇〇〇ヘルツないし六〇〇〇ヘルツの音域、特に四〇〇〇ヘルツ付近の聴力損失(音階の上でほぼC5に相当する周波数であるためC5ディップと呼ぼれる。)が大きいことである。これに対し年令を加えるにつれて聴力が減退する老人性難聴又は薬物の影響若しくは遺伝的体質による難聴の特色は、より高い周波数から始まり、より低い周波数へ波及することである。しかしながら、一般に加齢による聴力減退はその他の原因による聴力減退と複合して発生することもあり、とりわけ器質的変化を伴わない騒音性難聴と老人性難聴とを聴力測定の際の周波数の波形等から個別的に識別することは事実上不可能であり、そのため騒音性難聴は、騒音に暴露された者の聴力損失の値と当該年齢における平均的な聴力減退の値との差として、集団的に把握せざるをえない。

また、耳鳴りについては、耳覚障害の重要な症状の一例であるにもかかわらず、その原因態様が十分に解明されておらずその本質も不明な状況にあるが、一般に障害の初期に難聴に先行して発現することが多く、特に騒音性難聴においてその発現が顕著であり、騒音暴露による聴覚疲労と同時に発現するものと考えられている。

ところで、騒音の判定条件や許容基準を定めるために用いられるPTSについては、その発生を確認するには永年の追跡調査を必要とするのみならず、その資料を得るため人体を用いた実験をすることは不可能である。そこで、限られた資料を基礎とし、理論的にPTSの発生を予測する仮説を立て、あるいは実験によつて測定することが可能であるTTSを指標として、各種の騒音暴露による聴力への影響を調べる諸種の研究実験が行われているのである。このTTSとPTSの関係については、TTSが生ずることなくしてPTSが生ずることがないことは明らかであるが、それ以上の定量的な因果関係に関しては現在のところ確定的な結論は得られておらず、特定の個人について騒音暴露によるTTSが大きいからといつて、当該騒音に常習的に暴露されることによるPTSも大きいと断定することは困難であるとされる。しかしながら、TTSの値から一般的集団的にPTSを予測することは可能であるとされ、一定時間騒音に暴露された後に生ずるTTSを基準としてPTSを予測するTTS仮説が定立されている。これに対し、一日を単位として耳に入る音のエネルギー総量を基準にPTSを予測する等価エネルギー仮説も立てられているが、後説によつても、強大な騒音暴露がTTSを生じ、その繰り返しがPTSを発生させる危険を有することを否定するものではなく、TTSがPTSの徴表というべき有力な指標であることは疑いがない。

(二) そこで、TTS若しくはPTSに関する資料に基づいた、具体的な騒音暴露の際の聴覚保護のための許容基準、航空機騒音等を用いた聴力損失の調査研究等を以下に明らかにする。

<証拠>を総合すると以下の事実が認められる。

(1) アメリカ合衆国環境保護庁(EPA)が一九七四年三月に公表した「公衆衛生と福祉を適切な安全限界によつて保護するため必要な環境騒音レベルに関する資料」によれば、ほとんどの人に聴力損失が最も起こりやすい四〇〇〇ヘルツ付近において五dB以上のPTSが生じないためには、四〇年間にわたり一日八時間・年間二五〇日の騒音暴露における認容基準をLeq(8)(等価騒音レベル)七三dB以下とすることが必要であり、これを環境騒音(衝撃性騒音を除外し、一日二四時間の暴露を前提とする。)に適合させるため、暴露時間一日二四時間・年間・三六五日として間欠騒音の補正をし、統計上の誤差の可能性を考えて安全性を加味すると、居住地域等の屋外における騒音許容基準は、その騒音に暴露される住民の九六%以上の人の聴力に傷害を与えないために、Leq(24)七〇dB以下とすることが必要であるとされる。このLeq(24)七〇dBはWECPNLの値にするとほぼ八五に相当するといわれる。右の数値はあくまでも、物理的な聴力傷害を来たさないための許容基準である。

(2) 次に、工場などの職場における労働者の聴力保護を主たる目的とし、一日八時間程度一週五日間の連続ないしこれに準ずる断続騒音についての許容基準をみる。

(ア) 昭和四四年日本産業衛生協会の勧告においては、TTS仮説に基づく研究を資料とし、一〇〇〇ヘルツ以下の周波数でのPTSが一〇dB以下、二〇〇〇ヘルツの周波数でのPTSが一五dB以下、三〇〇〇ヘルッ以上の周波数でのPTSが二〇dB以下となることを目標として、騒音の許容基準が中心周波数・暴露時間毎にオクターブバンドレベルで示され、四八〇分暴露に対する許容基準を騒音レベルであらわすと、ほぼ九〇ホンに相当すると説明されている。

(イ) 国際標準化機構(ISO)による一九七五年の勧告は、一週四〇時間年五〇週連続的に騒音に暴露された場合における、平均二五dB以上のPTSを有する聴力障害者の出現率と、当該騒音を暴露しない場合の出現率との差を、一〇年で三ないし一〇%、二〇年で六ないし一六%、三〇年で八ないし一八%にとどめるための騒音レベルとして、Leq八五ないし九〇dBを提案している。

(ウ) 航空機騒音の評価方法、許容基準等に関し国際的な権威を有するアメリカ合衆国スタンフォード大学教授(一九七一年当時)K・D・クライターは、広帯域騒音に八時間連続暴露二分間休止後のTTS(「TTS2」と示される。)を、一〇〇〇サイクル以下で一〇dB以内、二〇〇〇サイクルで一五dB以内、三〇〇〇あるいはその以上のサイクルで二〇dB以内にとどめることを目標とする基準として、六〇〇ないし一二〇〇サイクルにおいては八七dB、一二〇〇から四八〇〇サイクルにおいて八五dBを提唱している。同じく狭帯域騒音については、六〇〇ないし一二〇〇サイクルにおいて八二dB、一二〇〇ないし四八〇〇サイクルにおいて八〇dBを提唱している。

(エ) 米陸軍の諮問に対するアメリカ合衆国国立科学アカデミー聴覚・生物音響学・生物力学研究委員会(CHABA)の答申において、前記(ウ)クライターの提唱した基準値をそのまま採用するとともに、低周波音域の基準を更に厳格にしている。

(3) 続いて、航空機騒音等に関する実証的研究の調査結果をみると、

(ア) 騒音影響調査研究会(担当者東京大学工学部衛生工学教室山本剛夫教授ら)が昭和四六年以降大阪空港周辺において実際の航空機騒音を録音し、これを防音室内で再生した実験結果によれば、ピークレベル一〇五ホン、一〇七ホン、一一〇ホンの各騒音(コンベア八八〇の離陸時の騒音)を被験者に反復聴取させ、聴力の損失を検査したところ、四〇〇〇ヘルツのTTSに関し、二分に一回暴露の場合、一〇七ホン及び一一〇ホンでは暴露回数が多くなるに従つてTTSがはつきりと増加し、一〇五ホンでは一五分経過以降において明らかな増加が認められ、四分に一回暴露の場合、一〇七ホン及び一一〇ホンでは増加の傾斜がゆるやかにはなるが暴露回数の増加にともなつてTTSが増加し、一〇五ホンでは五〇分経過以降において増加が認められ、八分に一回暴露の場合でも、一一〇ホンのみではあるが暴露時間の対数に関してほぼ一次式の関係でTTSの増加が認められ、ピークレベル一〇五ホン以上の騒音を四分に一回以上の頻度で暴露すれば、明らかにTTSが生ずると結論された。また、ピークレベルを一〇〇ホンないし七五ホンに低下させた騒音(DC―8の離陸時の騒音)を用いて暴露時間を長く(二分に一回の場合、一〇〇ホンでは九六回、それ以外では二五六回、四分に一回の場合は九五ホンのみで一二八回)して実験をなしたところ、四〇〇〇ヘルツのTTSは休止時間も含めた総暴露時間の対数に関して一次式の関係で増加し八三dB(A)においても最大四dBのTTSが生じたことから、TTSを生じる航空機騒音のピークレベルの限界は七五ホンないし八〇ホンの範囲内にあると考察され、五dBのTTSを生ずる場合のNNIは四八ないし六〇、ECPNLは八二ないし九三、一〇dBのTTSを生ずる場合のNNIは五六ないし六三、ECPNLは八八ないし九五程度に相当すると結論された。

(イ) 日本女子大学名誉教授児玉省は、昭和四一年から五年間にわたり、横田飛行場周辺において航空機騒音が付近住民に及ぼす心理的影響について調査したが、その際に実施した聴覚検査の結果によれば、児童に関しては、同飛行場滑走路の南端約一キロメートルの地点に位置し離着陸コースの直下にあるA小学校の児童と、対照校である同飛行場から約三キロメートル離れた比較的騒音の低い地点に位置するB小学校の児童の聴力損失の度合を比較すると、前者の方が平均値では一〇〇〇ヘルツと八〇〇〇ヘルツを除いて全サイクルにわたつて損失が大きく、最大は四〇〇〇ヘルツでその差は6.7dB(右耳5.3dB、左耳8.0dB)であり、中央値では全サイクルにわたつて損失が大きく、最大は四〇〇〇ヘルツでその差は7.8dB(右耳7.0dB、左耳8.6dB)であつた。また、四〇〇〇ヘルツで聴力損失が最大となる、いわゆるC5ディップ型を示す者がB小学校児童中にも三、四例みられたが、A小学校児童では一五例中二分一ないし三分一の者にみられた。また、昭和四一年、四二年に実施した検査の総合において、平均値で八〇〇〇ヘルツを除いてA小学校児童の聴力損失がB小学校児童のそれより明らかに大きく、四〇〇〇ヘルツにおける損失の差が六年生において顕著であつた。更に昭和四一年から四四年までのA小学校児童に対する追跡調査によると、平均値で各学年を通じて四〇〇〇ヘルツにおける聴力損失が大きく(左右耳ともおよそ一四ないし一八dB)、C5ディップ型を示していることが注目されたが、六年生の損失の度合が最も進んでいるとはいえなかつた。

成人に関しては、昭和四四年航空機騒音の激しいA地区、自動車騒音の激しいB地区及び騒音の影響のほとんどないC地区の各年齢層の成人について聴力検査を実施した結果によると、二〇歳位から三五歳までの年齢層については、C地区の者に聴力損失がほとんどなく、A地区及びB地区の者に聴力損失が認められ、四〇〇〇ヘルツにおける損失の度合はB地区の者が最大であつた(平均値でB地区右耳約二二dB、左耳約一七dB、A地区右耳約一四dB、左耳約六dB)。三六歳から四五歳までの年齢層については、A地区の者の損失度合が最大で、四〇〇〇ヘルツにおける損失は平均値で右耳約二一dB、左耳約一九dBであつた。なお、四六歳から五五歳までの年齢層についても四〇〇〇へルツにおける聴力損失がA地区及びB地区の者に顕著に認められた。

以上の児童、成人についての各検査結果から、児玉は航空機騒音の激しい小学校の児童は難聴にまで至つていないが、難聴化への過程にあると考えられるとし、かつ、航空機騒音の激しい地区における成人の場合を含め、その聴力損失の原因が航空機騒音によるものと断定することはできないが、その影響の可能性は否定できないと結論している。

(ウ) 財団法人航空公害防止協会が人体影響調査専門委員会(担当者東邦大学医学郎耳鼻咽喉科岡田諄教授ら)に委嘱し、昭和五二年以降三年間にわたつて実施した調査結果によれば、羽田空港付近の航空通路下においてB―747の上昇時の爆音を録音し、これを防音室内において再生し、被験者に対して二分三〇秒毎に一回、八時間暴露して実験したところ、ピークレベルで九三、九六、九九、一〇二、一〇五ホンの各騒音の暴露において四〇〇〇ヘルツのTTS2が四dB以上であつた者の割合は、それぞれ9.3、24.0、19.1、25.6、22.5%であり、TTS2の平均値は、それぞれ0.89、1.66、2.19、1.98dBであるから、ピークレベル一〇五ホン以下であれば八時間暴露後のTTS2は平均値で四dB以下である。したがつて、九九ホン以上の騒音であれば聴覚になんらかの影響を与えることは否定できないと結論されるが、一〇五ホンの騒音を八時間暴露した後でも三〇分経過後にはほとんど正常に回復すると報告している(なお、同委員会が昭和四七年から昭和五三年までにわたり、騒音の激しい大阪空港周辺地区、羽田空港周辺地区、福岡空港周辺地区、幹線道路に面する東京都江戸川地区並びに無騒音地区(農漁村)において七年間以上の長期居住者を対象として実施した各年齢層の住民の純音聴力域値検査結果によれば、同委員会は、きこえのレベルと年齢との間の相関関係からは、有騒音地区と無騒音地区の間に差がなく、環境騒音の影響は認められなかつたと報告しているが、右検査は、各地区の環境騒音の程度が具体的に全く測定されておらず、騒音以外の聴力低下要因である食物や環境の相違の分析がなされていないから、その結論を直ちに信頼することは危険であり、当裁判所による後記認定判断を覆すに足るものではないと考えられる。)。

以上のとおり、航空機騒音等と難聴に関する実証的調査研究は、いずれも本件飛行場と異なる飛行場においての実地調査又はそこで録音された航空機騒音を使用しての実験研究であり、騒音の許容基準も職場騒音からの労働者の聴覚保護を目的として設定されたものが多く、直ちに本件飛行場周辺における聴覚への被害を基礎づけるものとはいい難いところである。

しかしながら、右の認定事実を総合すれば、激烈な航空機騒音に暴露された者の聴覚にTTSが発現し、右騒音が長期間にわたり反復継続されることによりPTSが生ずることは疑いがなく、更に、本件飛行場周辺における航空機騒音の程度が前記第四侵害行為認定のとおり相当甚大かつ頻繁であること、並びに職場騒音と区別された環境騒音としての航空機騒音の特徴が、持続時間の短い間欠騒音の反復であること、深夜早朝を含めた二四時間騒音暴露が通年継続すること及び暴露される者のうち老幼病者が多数含まれていることなどを考慮すれば、原告らの本件陳述書等及び本件アンケート調査における難聴や耳鳴りの被害の訴えは、決して客観的な事実の裏付けを欠く情緒的なものではないと認められる。したがつて、本件飛行場に離着陸する航空機に起因する騒音が、周辺住民に対して難聴や耳鳴りなどの聴力障害を発現させ、又は従前より存した他の原因による聴力障害を更に増悪せしめる重大な原因となりうる客観的危険性はこれを否定し難いものということができ、現にそのような被害が生じていない原告らについても、同様の被害が生じうる客観的な可能性ないし危険性のある状況に置かれており、そのような状況に置かれていることにより原告ら各自の被る精神的苦痛は、まさに慰謝料請求権の原因たる被害にほかならないものといわなければならない。前記人体影響調査専門委員会の調査結果をはじめとする被告の反証は、未だ右認定を覆すに足りないものであり、他に右認定を左右する証拠はない。

2  聴覚以外の身体的被害

(一) 本件飛行場に起因する航空機騒音により、原告ら及び原告らの家族において過去に発現し又は現在発現している聴覚以外の様々な身体的被害について、<証拠>を総合すると以下の事実が認められる。

(1) 頭痛・肩こり・目まい・疲労等

原告らのうち(原告自身又は家族の者を含む。以下同じ。)、頭痛・肩こり・目まい・疲労等を訴える者は、頭痛に関しては四五名(五〇%、原告番号1、3、5、6、7、9、10、13、15、18、20、21、22、23、24、28、30、32、37、41、43、46、48、50、52、53、54、56、57、59、61、64、65、66、69、72、76、80、83、84、85、87、88、91、92、)、肩こりに関しては二一名(二三%、原告番号3、6、9、13、15、16、21、22、24、30、32、42、43、44、45、48、57、61、76、77、87、)、目まいに関しては七名(八%、原告番号6、15、20、59、61、87、89)、疲労に関しては一二名(一三%、原告番号2、6、18、25、27、55、63、73、76、77、81、82)であるが、このうち治療のために頭痛薬等の薬を服用したり、マッサージやハリ等の治療院に通院する者も多い。

本件アンケート調査結果によれば、昭和三七年には頭痛、肩こり、目まい(貧血を含む。)を訴える者一〇二名(二四%)、気疲れ、不快感、疲労を訴える者六九名(一六%)、昭和三八年には頭痛、肩こり、貧血、目まい等を訴える者二六九八名(一九%)、昭和四一年には前同様の被害を訴える者二三二名(二四%)、昭和五一年には頭痛、肩こり、目まいを訴える者二六一名(一七%)であり、本件飛行場周辺住民における身体被害中この種の被害の訴えが最も多いと認められる。

(2) 高血圧・心臓の動悸等

原告らのうち、高血圧や血圧の不安定を訴える者は三二名(三五%、原告番号3、4、6、7、10、24、26、27、28、30、32、37、41、43、44、47、49、50、59、65、73、75、76、77、79、80、81、83、84、86、87、88)、心臓の動悸の昂進や心臓疾患を訴える者は一八名(二〇%、原告番号21、24、25、26、27、50、69、72、73、75、76、77、78、79、82、83、88、90)であり、くしやみや咳が出る、啖がからむ、喉の具合が悪いなどの諸症状をはじめ、ぜん息、気管支炎という呼吸器系機能の障害を訴える者も一二名(一三%、原告番号10、15、18、19、21、22、26、27、32、78、89、93)に及んでいる。

本件アンケート調査結果によれば、昭和三七年には血圧昂進を訴える者三一名(七%)、心拍動数増加等の心臓障害及び咽喉炎等の呼吸器障害を訴える者一七名(四%)、昭和三八年には血圧昂進、脈拍数増加を訴える者(過労、食欲不振、はきけ、胃病等をも含む。)一五八二名(一一%)、昭和四一年には循環器系機能の障害(過労、血圧の昂進、心拍数増加等)を訴える者一七〇名(一七%)、呼吸器系機能の障害(喉の痛み、咽喉炎等)を訴える者九一名(九%)、昭和五一年には高血圧、心臓の動悸を訴える者二一七名(一一%)である。

(3) 胃腸障害

原告らのうち、胃痛、胃炎などの胃腸障害をはじめ、食欲不振、消化不良などの消化器系機能の障害を訴える者は三二名(三五%、原告番号9、13、15、16、18、20、21、22、23、24、27、32、41、42、43、44、45、48、53、55、56、66、70、71、72、78、79、84、88、89、91、93)であり多数に及んでいる。

本件アンケート調査結果によれば、昭和三七年には食欲不振、嘔吐、胃痛等の消化器系機能の障害を訴える者四四名(一〇%)、昭和三八年には前同様の被害を訴える者(過労、血圧昂進等を含む。)一五八二名(一一%)、昭和四一年には消化器系機能の障害(食欲不振、嘔吐、胃痛等)を訴える者一四一名(一五%)である。

(4) 生殖機能の障害 航空機騒音等が生殖機能に及ぼす障害は、男女いずれにおいても事柄の性質上他人に打ち明けるようなものではなく、陳述書、アンケート調査によりその被害を明確かつ詳細に把握することは困難であるが、原告らのうち(前記のとおり、妻や娘などの女性の家族が含まれている。)、生理不順や早産流産の危険、妊娠育児期間中の障害を訴える者は一二名(一三%、原告番号10、13、16、18、21、23、30、32、37、46、77、87)である。

本件アンケート調査結果によれば、昭和三七年には女性の生理変調、異常出産、母乳減量等の母体への影響を訴える者三四名(八%)、昭和三八年には異常出産、母乳減量、重症つわり、産後の回復の遅延、生理の変調等を訴える者五八三名(四%)、昭和四一年には母体への悪影響(生理の変調、異常出産、母乳減量、重症つわり、産後回復の遅延等)を訴える者一九六名(二〇%)である。

(5) 乳児・幼児・児童・生徒への悪影響

航空機騒音等の乳児・幼児・児童・生徒へ与える悪影響についての原告らの被害の訴えの内容は極めて多方面にわたり、これらをすべて把握することは困難であるが、概括的にみると、乳幼児については騒音暴露時に手足をばたつかせる、おびえて泣き出すなどの発育過程での生理的悪影響がみられ、成長するにつれて情緒不安定・粗暴化を中心とする情操面への被害が生じ、就学年齢を超えた児童・生徒については勉強学習等の知的活動が妨害を受けるとされる。このうち、児童・生徒への悪影響については、後記生活妨害中の「学習思考妨害」及び「教育に対する悪影響」と重複する訴えもみられる。そして、原告らのうち(家族の中の子供や孫に関するものがほとんどである。)、乳児・幼児・児童・生徒への悪影響を訴える者は四五名(五〇%、原告番号4、8、10、11、13、16、18、20、21、24、25、26、27、28、30、33、39、42、43、44、46、49、52、55、56、57、59、63、64、65、68、69、71、72、75、77、80、82、84、85、86、87、88、90、93)の多数に及んでいる。

本件アンケート調査結果によれば、昭和三七年には幼児の爆音恐怖及び不眠による育児の困難と母親の負担加重を訴える者七五名(一七%)、青少年の粗暴化助長を訴える者一一一名(二六%)、昭和四一年には前者の被害を訴える者四三七名(四五%)、後者の被害を訴える者一一五名(一二%)、昭和五一年には子供がびつくりして泣き出すと訴える者三八七名(一九%)である。

また、神奈川県湘北教職員組合が昭和五四年に大和市立の小学校九校中学校一校の教師二一四名を対象に行つたアンケート調査によれば、航空機騒音が児童・生徒に何らかの影響を有するとする者が一九八名(九三%)の多数に及び、その内容は、集中力がないとする者一四四名(六七%)、情緒不安定とする者七〇名(三三%)、大声を出すとする者三三名(一五%)であり、大和市以外の小・中学校で児童等を教育した経験を有する四〇名の教師による大和市の児童等と各各がかつて在職していた対照校の児童等の比較では、大和市の方が全体的に騒がしいとする者が三四名(八五%)の高率に達している。

(6) 療養の妨害

原告らのうち、疾病に対する身体の抵抗力の低下や病気療養の長期化、症状の悪化(一部自律神経失調症などの発病を含む。)などの被害を訴える者は一七名(一八%、原告番号27、28、30、32、39、42、43、48、49、50、59、68、73、75、78、83、89)である。

本件アンケート調査結果によれば、昭和三七年には安静療養妨害、休養妨害(病気の悪化、治療の長期化を含む。)を訴える者一二二名(二八%)、昭和三八年には前同様の被害を訴える者一二〇二名(九%)、昭和四一年には同じく二六七名(二七%)である。なお、昭和五五年のアンケート調査によれば、健康へ非常に悪影響を及ぼしていると訴える者四五三名(二九%)、かなり悪影響があると訴える者七一一名(四五%)であり、本件飛行場周辺住民の多数が航空機騒音は健康に悪影響を及ぼしていると考えていると認められる。

また、前記東京都公害研究所の調査結果によれば、身体的、情緒的被害を訴える者の割合は、NNI三〇台で約一〇%、四〇台で約三〇%、五〇台及び六〇台で約六〇%であり、頭痛、疲れやすさ、胸の動悸、胃の不調のいずれの訴えについても、総計上NNI三〇台に比しNNI四〇台以上において訴えの比率が有意に増加していると認められた。

更に、三重県立大学医学部の坂本弘らが、昭和三三年、ジェット機飛行場の滑走路端から二、三〇〇メートル離れた部落の成人(三〇戸、一三九名)について実施したアンケート調査結果によれば、部落全戸と農家のみの身体的被害の訴えの比率は、頭痛を訴える者全戸八九%農家九五%、肩こりを訴える者全戸六九%農家七六%、疲れやすくなつたと訴える者全戸六二%農家六八%、心悸昂進を訴える者全戸六一%農家六九%、体重減少を訴える者全戸五七%農家六五%であり、部落全戸の場合よりも農家のみの方が身体的不調の訴えの率が高い理由は、部落全戸の場合には日中他所へ勤めに行く人が含まれているためと推測している。

(二) 次に、騒音が聴覚以外の身体的機能に及ぼす影響については、騒音が大脳皮質及び視床下部を刺激し様々な態様の非特異的間接的被害を発現させることは前述したところであるが、<証拠>を総合すると、右発現経路及び態様に関する個別的実証的調査研究は、以下のとおり認めることができる。

(1) 循環器、呼吸器系機能及び血液に対する影響

(ア) 国立公衆衛生院の田多井吉之介らが健康な成人男子に対し五五、七〇、八五ホンの三段階の工場騒音及び街頭交通騒音と対照の三〇、四〇ホンの市街地騒音(いずれも録音再生)を三〇分の休止をはさんで前後三〇分ずつ暴露したところ、騒音レベルの上昇とともに呼吸数の増加と脈拍数の減少がみられた。また、五五ホンの騒音暴露でも、対照実験に比して総白血球数の増加の抑制及び好酸球数の減少の促進と増加の抑制及び好塩基球数の増加の促進と回復の抑制がみられ、その影響は八五ホンでもつとも強く、右三種の騒音のなかでは航空機騒音の影響が最も強く現われたが、右一連の実験結果については、いずれも個体差が大きいとされる。

(イ) 前記長田泰公らは、健康な男子大学生に、七〇、八〇、九〇ホンの三段階のジェット機騒音(録音再生)を二分又は四分に一回、九〇分暴露した実験において、騒音レベルの上昇とともに、好酸球数及び好塩基球数の減少率が大きく、二分に一回の暴露の方が減少率が大きくなつた。また、前同様男子大学生に、中央値四〇、五〇、六〇ホンの自動車騒音(録音再生)を二時間又は六時間暴露した実験において、六〇ホンの暴露の場合に、白血球数は有意に増加し、好酸球数は減少後の回復がおくれ、結論として血球数への影響の出現域は五〇ホンと六〇ホンの間にあると考えられ、更に、好酸球減少反応は二時間暴露より六時間暴露の方が影響が大きいとされる。

(ウ) 海外における研究等によれば、騒音は、自律神経系の交感神経系を刺激し、緊張反応としての末稍血管収縮、血圧上昇を生ぜしめ、これが繰り返されると動脈硬化が起こり耳が聞こえなくなることや高血圧となる可能性があること、一二歳から六〇歳までの健康な男子に六五dBないし一〇五dBの騒音(自動車の警笛の録音再生)を一分ないし三分の不規則間隔で各一二秒間暴露して実験したところ、手の皮膚温度が低下する反応があらわれ、その出現率は七〇dBで最低六八%、九〇dBで九〇%を超え、右反応は騒音による血管の収縮が原因であると考察されたこと、騒音の激しい職場の工員と激しくない職場の工員について循環器疾患の罹患率を統計的に検討したところ、前者の罹患率は28.88%、後者の罹患率は7.59%で、そのうち高血圧については前者は後者の約12.5倍、低血圧については約5.2倍、心筋障害については約二倍であつたことなどが報告されている。

(エ) その他、イヌ、ウサギ、ラットなどを使用した動物実験において、騒音による呼吸数の増加・心拍増加・血圧上昇・血管収縮・皮膚抵抗の低下などの一過性の反応のあらわれ、また、血液中の赤血球数及び好酸球数の減少、赤血球数の増加、血糖値の上昇がみられるとともに、慢性的な血中コレステロール値の増加や高血圧の発生も実証されている。

(2) 消化器系機能に対する影響

(ア) 海外での研究によれば、二一歳ないし三一歳の健康な男子に一〇〇ないし一二〇ホンのジェット機エンジンテスト音(録音再生)を三〇分ないし六〇分暴露した実験において、胃運動がほとんど停止し、音を止めた後三〇分経過しても回復しなかつたうえ、胃液分泌の減退、胃液酸度が変化し騒音暴露前に胃液酸度の値の低かつた者は増加し、高かつた者は減少するという現象がみられたこと、八五ないし一一五dBの騒音下の職場で働いている労働者と七〇dBの職場で働いている労働者についての統計的調査において前者の胃潰瘍の発生率が後者より高いことを示したこと、六〇ないし八〇dBの音がヒトの胃の収縮回数を減らし収縮幅を減少させ唾液分泌量を抑制することが報告されている。

(イ) その他、動物実験等において、騒音レベルが大きくなるに従つて、唾液及び胃液の分泌量の減少、胃活動の低下、肝機能の低下、胃潰瘍の発症率の上昇、潰瘍の悪性度の増加などの現象があらわれることが実証されている。

(3) 内分泌系機能に対する影響

(ア) 前記(1)(ア)田多井らの実験において、尿中一七―OHコルチコステロイドの量は五五ホンで軽度に増加し、七〇ホンで増加が顕著となり、八五ホンでは逆に増加が抑制されることを観察し、副腎皮質ホルモンの分泌は騒音の刺激で増大するが、ある程度を超えると減少するものと結論されている。

(イ) 前記(1)(イ)長田らの実験において、尿中一七―OHコルチコステロイドは騒音レベルの上昇によつて増加するが、あるところから減少し、右増加は二分に一回の暴露より四分に一回の暴露の方が大きく、尿中一七―OHCSは四〇ホンの騒音の六時間暴露において増加がピークに達し、六〇ホン六時間暴露に至ると増加が抑制され、尿中ノルアドレナリンもこれと類似の変化を示したとされる。

(ウ) 前記坂本弘らは、九〇ないし九五dBの騒音下の紡績工場で働いている女子作業員について調査した結果、一〇時間前後の作業により尿中一七―ケステロイド(KS)が減少していることを分析し、右減少は、騒音暴露によつて緊急反応が起こり、アドレナリンの分泌が高まり下垂体―副腎皮質の機能が正常であるにもかかわらず、間脳―下垂体の機能が抑制され、副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)の分泌が減少したことによるものと考察している。

(エ) 三重県立医学部の若原正男らは、一九歳ないし二二歳の健康な男子に零から一〇〇〇〇の間の広周波数帯の一〇〇Phonの騒音を四時間暴露した実験において、尿中総中性一七―KSの著明な減少を認め、また、二一歳ないし二五歳の男子に対する追加実験において、尿中一七―KSの減少は一〇〇〇サイクル前後の周波数で最も著しく、九〇Phon以上では減少反応が確実に起こり、八〇Phon以上では個体によつて反応が起こることを認め、右減少の主たる原因は副腎皮質索状層からの一一―OXY―一七―KS及び性腺系ステロイドの減少にあると考えられ、右現象は副腎皮質の機能低下を実証するものと結論している。

(オ) その他動物実験において、騒音暴露の増加とともに副腎皮質ホルモンの分泌が増えはじめ、騒音量がある程度以上になると、逆に分泌が抑制されると報告されている。

(4) 胎児及び妊産婦並びに生殖器系機能に対する影響

(ア) 日本医科大学第二生理学教室の高橋悳らが、昭和四〇年七月に神奈川県の委託を受けて本件飛行場周辺の乳幼児等を対象に行つた調査において、昭和三九年一月から昭和四〇年七月末までに出生した乳幼児の保護者から寄せられたアンケート調査(回答者二七三名)によれば、未熟児出生率が6.6%であり、昭和三六年の全国平均4.2%を上まつていたと報告されている。

(イ) 前記騒音影響調査研究会が、大阪国際空港周辺の伊丹市、西宮市等周辺諸都市の新生児について、昭和四五年度に行つた調査によれば、昭和三六年から昭和三八年のジェット機就航前に伊丹市において出生した新生児の出生時平均体重は、周辺都市に比べてやや重い傾向があったが、ジェット機就航後である昭和四〇年から昭和四二年に出生した新生児においては、出生時平均体重が明らかに減少し、特に八五dB(A)以上の地域では低出生時体重児(二五〇〇グラム以下)が増加しているとされ、しかも、昭和四六年度の調査によつても同様の事実が確認され、ECPNL九〇以上の地域では特に低出生時体重児・低出生時身長児が増加しており、また、騒音激甚地区では母体の妊娠中毒罹患率も他の地区より高いことなどが報告されている。

更に、昭和四五年度に伊丹市等における昭和四四年生まれの乳児を対象に、その母親に対して航空機騒音の睡眠中の乳児に及ぼす影響について質問調査した回答を資料として、妊娠前若しくは妊娠後五か月以内に騒音暴露地域に転入した母親から出生した乳児は、当該騒音に対してはほとんど興奮することなく眠ることができるとの結論を得たうえ、昭和四六年度の伊丹市の母親に対するモニター制度に基づく調査においても同様の結論を得るに至り、妊娠前半期の胎児は騒音等のストレス作因に対して母体から独立していないものと推測している。

(ウ) 伊丹市空港対策部調査報告(担当者神戸大学工学部安藤四一ら)によれば、前記同様大阪国際空港周辺の新生児の出生時体重の調査を行つたところ、ジェット機がほとんど飛んでいなかつた昭和三六年から昭和三八年の三年間における伊丹市の新生児の出生時平均体重は周辺都市のそれよりやや重い傾向にあつたが、ジェット機が定期的に就航し始めた昭和三九年には伊丹市はやや軽い方に移行し、周辺都市との差はほとんどなくなり、更に、昭和四〇年以降に至つては男女とも明らかに軽い方に移行しているとして前記同様の結論を得ている。また、同空港周辺の妊婦の胎盤機能に対する騒音の影響を調査するため、妊婦におけるHCS(ヒト胎盤ラクトーゲン)が母体の代謝因子としての作用を有しその量を測定することにより胎盤機能、胎児の発育を判定できることに着眼してその測定調査をなしたところ、妊娠三週以降におけるHCSの分泌量が全国平均に比し少なくなる割合が増加するとともに、騒音レベルの上昇によりHCS分泌量の少なくなる者の割合も増加し、特にWECPNL八〇の地域群と対照群の間には有意差が見出されている。

以上の測定結果に基づき、妊娠初期から蓄積された騒音の影響が妊娠の進行につれてHCSの分泌量の減少すなわち胎盤機能の低下となつて現われ、出生時平均体重の低下の一因となつていると結論している。

また、前記(イ)妊娠期間中の騒音暴露が胎児乳児の睡眠に及ぼす影響についてのアンケート調査の結果を実験的に裏付けるため、自然睡眠中の乳児に対して航空機騒音を負荷しながら、指尖容積脈波により生理的反応の調査をなしたところ、妊娠前半期(五か月以前)に母親が騒音領域に居住していたか否かにより出生後の乳児の騒音に対する反応に差違が生ずると結論しており、このことから、特に母親が妊娠前半期におけるストレスに対抗するための自律神経系、ホルモン系の反応変化が胎児の発育に影響を及ぼしているものと推測している。

(エ) 前記児玉省は、昭和四二年から昭和四四年までの間、横田飛行場周辺において未熟児の出生割合の調査を行い、同飛行場に近接する昭島市内の診療所の未熟児出生率が、対照地域である立川病院の未熟児出生率よりやや高かつたと報告している。

(オ) その他動物実験においては、例えば前記(3)(エ)若原らの実験では、ウサギに一〇〇Phonの騒音を四時間暴露した後、その睾丸を摘出して分析したところ、騒音により睾丸機能が全般に低下し、一〇〇〇サイクル前後で右の傾向が最も顕著であり、夏季では精子形成機能も障害を受けると結論している。また、騒音暴露による受胎率及び出産率の低下並びに奇型発生率及び死産率の上昇や、子宮、胎盤の血流変化なども報告されている。

(5) 乳児・幼児・児童・生徒に対する影響

(ア) 身体発育

(a) 前記高橋悳らが昭和四〇年七月に本件飛行場周辺の乳幼児及び大和市の小中学校等(大和小学校、大和中学校、大和高等学校)の児童生徒を対象に行つた発育成長調査によれば、本件飛行場滑走路から北方へ約二五〇〇メートル以内の騒音が激しいと思われる地域とそれ以遠の比較的騒音が少ないと思われる対照地域とを比べてみると、乳幼児の保護者に対するアンケート調査に基づいた乳幼児の身体発育は両地域において差がみられないものの、学校生徒の身体発育に関しては、大和小学校第一、第三、第六学年の児童、大和中学校第三学年の生徒、大和高校第三学年の生徒の身長・体重・胸囲について、男子では小学校六年生の身長・体重・胸囲、中学校三年生及び高校三年生の身長・体重の点で騒音の高い地域の子供が劣つており、殊に小学校六年生の体重・胸囲については五%の危険率で有意差があるほか、女子にも同様の傾向が見られるがその差は小さい。また、大和小学校の第三、第六学年の児童の身長・体重・胸囲の逐年成長過程調査によれば、小学校六年生の男子児童について、第一学年から第六学年までの間を通じて身長・体重の値は騒音の高い地域が低い地域より小さく、その差は高学年になるにつれて増大する傾向があり、殊に五、六年生の体重及び六年生の胸囲には五%の危険率で有意差がある。

更に、騒音の激しい草柳小学校(滑走路北東約一キロメートル)と比較的騒音の少ない大和小学校(滑走路北東約2.5キロメートル)の児童間の逐年成長過程の比較調査(昭和四一年七月実施)においても同様の傾向がみられた。その際同時に調査された血圧の点については、騒音の影響の有無に関する結論は留保されたが、疲労判定基準としてのフリッカー値については、小学校六年生以上の男子では騒音の低い地域の児童の値が大きく、大和小学校と草柳小学校の比較では大和小学校の児童の値が大きかつた。

以上の調査結果に基づいて、高橋は、騒音が身体発育殊に体重の増加―に悪影響を及ぼし、これは女子よりも男子、低学年児童生徒よりも高学年児童生徒に強く影響が及ぶ、ただし、適応機能はその逆である、騒音の激しい地域に居住する児童生徒、殊に男子高学年児童生徒に関してフリッカー値が低下し、その傾向は逐年成長過程の調査結果とよく一致した、フリッカー値の低下を慢性疲労状態に陥つている結果と推定すれば、身体発育の障害―適応機能の側面が示されたものと考えられる、以上のように結論している。

(b) 前記騒音影響調査研究会の報告書によると、昭和四六年伊丹市及び周辺の対照都市(西宮、高槻、明石、茨木の各市)において昭和四〇年ないし昭和四二年に出生した幼稚園児(当時四歳ないし六歳)の体格を検査した結果、伊丹市の幼稚園児(一八六九名)の方がその他の都市の幼稚園児(七四八二名)に比べて平均身長及び体重においてやや劣り、伊丹市内のECPNL九〇dB以上の地域とそれ以下の地域においても同様の傾向がみられ、別の因子が発見されない以上環境因子としての航空機騒音によるストレスが影響を与えているものと推認している。

(c) 前記伊丹市空港対策部の報告書(担当者神戸大工学部森本政之)によると、伊丹市と対照地域である川西市の中学一年生の入学時の身体検査表を分析の結果、伊丹市の生徒は男女とも身長において他の都市の生徒より劣り、特に男子の方に大きな差をみることができるが、この傾向は、伊丹市の三歳児及び幼稚園児に関する同様の調査結果とも一致するものであると報告されている。

(d) 同報告書(担当者静岡大学教養学部平沢彌一郎)によると、伊丹市内の小学校と長野県山間の小学校の児童の直立能力を比較すると、伊丹市においては各学年を通じ重心動揺面積が大きく不安定であり、直立能力が低いと報告されている。

(イ) 精神反応

(a) 前記(ア)(a)高橋らの昭和四一年七月に行つた調査によれば、騒音が比較的少ない大和小学校第六学年の男女児童、騒音の激しい草柳小学校の第一、第三、第六学年の各男女児童に対して刺激音(八〇dB以上)を二秒程度の不規則な間隔で与え、刺激音が聞こえ次第「ア」と発声させるという聴覚性発声反応実験を実施したところ、草柳小学校六年生では飛行場に近い地域の児童群の反応時間の分散が遠い地域の児童群に比して広がつて幼若型の傾向を示し、特にこれは男子児童に顕著な傾向であり、大和小学校と草柳小学校の六年生の比較では、草柳小学校の児童の反応時間が強い幼若傾向を示し、これは女子に顕著であつた。

以上の調査結果に基づいて高橋は、草柳小学校及び大和小学校の第六学年の児童間並びに草柳小学校第六学年の飛行場より遠近両地域に居住する児童間に、いずれも共通する同一傾向の有意差を検出することができ、騒音程度の甚しい地域に居住する児童の反応時間の延長が見出されることから、この原因は主としてジェット機をはじめとする航空機騒音によるものと推測され、これがため児童・生徒の精神反応の正常な発達が阻害されているものと結論している。

(b) 伊丹市空港対策部が発表した報告書(担当者神戸大学工学部安藤四一)によると、伊丹市内の騒音激甚地区と対照地区の各小学二年生及び四年生を対象として航空機騒音(録音再生)又は音楽などの刺激音を聞かせあるいは無刺激音の状態のもとで内田クレペリン検査を実施したところ、二年生及び四年生とも音響刺激により作業上のV型落込みが増加したが、二年生では地域差が認められず、作業後半において順応性があらわれたが、これは作業内容自体の単純性が一因となっていると考えられ、四年生では騒音地域の児童に作業の前半及び後半ともV型落込みが多くあらわれるとともに地域差が認められ、その結果より深い階層における精神の平衡機能が日常的に存在する騒音の長期にわたる蓄積的影響によつて失われていることが考えられ、後半の作業においても同様であることから、この階層における順応性は期待できない、と推論している。

(c) 児玉省の昭島市における調査研究の結果によれば、昭和四一年度において騒音地区の小学校の三年生及び六年生に、ジェット機騒音、街頭騒音、赤ん坊の泣き声などとこれと対照的なものとして小川のせせらぎ、音楽(以上いずれも録音再生)を組合わせ、その音響下において諸種の知能検査及び適性検査を実施した結果、ジェット機騒音下の作業能率が他の音響下又は空白(暗騒音)下の作業能率を上まわつた。昭和四二年度において音響種類をジェット機音と音楽(交響楽)にしぼつて実験したところ、ジェット機騒音下の成績が楽音下の成績より多少上まわつたか又は同じ程度であつた。

以上の結果につき児玉は、騒音地区の児童は航空機騒音に馴れを生じているものと考察し、更に、ジェット機騒音下の方が学習実験成績が向上するのであるから、心理的にみると中毒症状的状態になつているのではないかと推測している。

(ウ) 性格

前記児玉省が、昭和四〇年以降、横田飛行場に隣接する昭島市で小学生・中学生を対象に実施した各種心理検査の結果は、以下のとおりである。

(a) 情緒不安検査(アンケート方式)

昭和四〇年実施の調査において、騒音激甚地区の小学生児童は対照地区の児童に比して不安傾向、攻撃性が強くあらわれたが、中学校の生徒については、対照地区の生徒との間に有意差が認められず、この結果につき児玉は、中学生に馴れの影響があるのではないかと推察した。しかし、昭和四一年、四二年に実施した調査においては、騒音激甚地区の児童、生徒ともに対照地区の児童、生徒に比して不安傾向、攻撃性が強くあらわれ、前記に推察した馴れの影響は見出されなかつた。

(b) ロールシャッハテスト

騒音激甚地区の児童について情緒不安、衝動性の傾向が強くあらわれ、かつ航空機の連想に結びつく反応が多く、情緒不安検査の結果を裏付けていた。

(c) 握力検査

作業に対する努力の程度を調査するため、児童用握力計を用いた検査を実施し、その結果により努力群・中間群・非努力群・放棄群に分類したところ、騒音激甚地区の児童は低学年及び高学年とも、対照地区の児童に比して非努力群・放棄群に属する者が多く、根気の点で航空機騒音の影響を受けている可能性が暗示された。

(d) 語い連想検査

改訂されたケント・ロンザノフ語い連想検査方式を用いて検査した結果、騒音激甚地区の児童には対照地区の児童に比して快・不快その他の情緒的反応語又は願望欲求に関する反応語が多くあらわれ、感情分析的に処理すると、不安・攻撃的傾向を示すものと解釈された。

(三) ところで、以上の調査研究や各種実験に関しては、反対若しくは消極的な結論を示す文献等もないわけではなく、騒音の身体的機能に対する様々な影響が、自律神経系・内分泌系の作用を介しての間接的非特異的影響であり、騒音側の諸要因や暴露される人間側の諸要因、両者の関連などの複雑な要因が相互に絡み合つて形成されるものであるうえ、日常生活には騒音以外にも身体に非特異的影響を生ぜしめる多様なストレス作因が存することを考え合わせると、航空機騒音が人体に及ぼす影響を定量的に把握し、原告ら又はその家族の被つた健康被害の被害内容をすべて漏れなく個別具体的に認定することは極めて困難なことであり、また、原告らにおける身体的被害をすべて航空機騒音に起因するものと断定することも不可能なことといわざるを得ない。

しかしながら、前記一に述べたとおり、原告らの大多数に共通して存在が認められるであろう身体的被害や、具体的内容に若干の差異があつてもそれに伴う精神的苦痛には差異がないと認められる程度の健康被害の内容であるならば、これを客観的に認定できないわけではなく、原告らの本件陳述書等や本件アンケート調査を通しての本件飛行場周辺住民の様々な被害の訴え、及び諸種の実証的調査研究や動物実験の結果並びに前記侵害行為において認定した航空機騒音の激甚な状況等を総合すれば、以下のとおり騒音が聴覚以外の身体的機能に及ぼす影響若しくは被害を認定することができるのである。すなわち、騒音による脈拍増加、血圧上昇、末稍血管収縮、呼吸数増加、皮膚抵抗低下、血糖値増加、血球数の増加又は減少、唾液及び胃液の分泌量の低下、胃腸活動の低下、副腎皮質ホルモン等の変調、胎盤機能の低下、生殖機能の低下等が実証され、更に騒音暴露が多量かつ長期間継続してなされるときは、頭痛・肩こり・目まい・疲労等の一般的な健康被害や病気に対する抵抗力の低下による療養の妨害、症状の悪化をもたらすだけでなく、高血圧・心臓の動悸等の循環器系疾患や胃腸障害等の消化器系疾患、妊娠障害等の生殖機能への障害を生ぜしめ、母体の血液、ホルモン分泌を通して胎児・乳幼児に生理的影響を与え、児童・生徒への発育・情緒面へも悪影響を及ぼすなどの危険性は、否定しえないところである。

したがつて、本件飛行場に離着陸する航空機に起因する激甚な航空機騒音等は、右の身体的被害ないし健康被害を発生させ、又は他の原因に基づいて生じた身体的被害を悪化せしめる客観的危険性を有するものということができ、現にそのような被害が生じていない原告らについても、同様の被害が生じうる客観的な可能性ないし危険性のある状況に置かれていることは、前記1末尾に述べたところと同様であり、原告らは各自精神的苦痛を被つているということができる。

右認定を覆すに足る証拠はない。

四  睡眠妨害

1原告らの本件陳述書等において、本件飛行場に離着陸する航空機に起因する騒音により、原告ら及びその家族の夜間又は昼間の睡眠が妨害されていると訴える者は六九名(七五%、原告番号3、4、6、7、8、9、10、11、12、13、15、16、18、19、21、23、24、25、27、28、32、33、35、36、39、40、41、42、43、44、45、46、47、48、49、50、52、53、55、56、59、61、62、63、64、65、66、67、68、69、70、71、72、73、75、76、77、78、79、80、81、82、83、85、87、88、89、92、93)の多数に及んでいる。しかも、原告らの主張によれば、睡眠の妨害は身体の直接的な休養不足を招くだけでなく、身体の不調やイライラをもたらし、家族関係をはじめとする様々な人間関係に要らざる衝突を生ぜしめ、働く者にとつては疲労の回復を妨げあるいは労災事故の危険を招き、こうした疲労の蓄積が各種の疾病を発生させあるいは療養の妨害になるものであるとされ、原告らの被つている様々な健康被害、生活妨害、情緒的被害のいずれにも関連する極めて重要な被害であると指摘する。

また、本件アンケート調査結果によれば、昭和三七年には安眠妨害、不眠症等の睡眠に対する影響を訴える者二八二名(六五%)、昭和三八年には安眠妨害、睡眠薬使用の害等を訴える者五三〇七名(三八%)、昭和四一年には前同様の被害を訴える者七三二名(七五%)、昭和五五年には寝つけないあるいは目をさまされたりすることが非常にしばしばあると訴える者五四五名(三三%)、時々あると訴える者九五五名(五九%)に及び合計すると九二%もの住民が何らかの睡眠妨害を訴えていることが認められる。

2次に、一般的に飛行場周辺住民の睡眠妨害についてのアンケート調査結果をみると、

(一) <証拠>によれば、前記坂本弘らが、ジェット機基地周辺において実施したアンケート調査の結果では、睡眠妨害を訴える者の割合は部落全戸五二%、農家のみでは五九%であつた。

(二) <証拠>によれば、関西都市騒音対策委員会が昭和四〇年一一月に発表した報告書によると、大阪国際空港周辺の八都市におけるアンケート調査の結果、睡眠妨害を訴える者の割合はNNI四五ないし四九以上になると急に増加し、同五五ないし五九の場合約三五%であつた。

(三) 前記東京都公害研究所のアンケート調査結果によれば、夜間の睡眠妨害を訴える者の割合はNNI三〇台で約二〇%、四〇台で約二五%、五〇台及び六〇台で各約四〇%、昼寝の習慣がある者についての昼寝の妨害を訴える者の割合はNNI三〇台で約三〇%、四〇台で約四〇%、五〇台で約六五%、六〇台で約七〇%で、いずれの場合でもNNI三〇台の地域と同四〇台以上の地域との間に統計上の有意差が認められた。

3そこで、右の周辺住民の訴えを踏まえたうえで、騒音の睡眠に対する影響についての客観的な調査研究を検討することとするが、<証拠>を総合すると、以下のとおりの事実を認めることができる。

(一) 国立公衆衛生院では前記長田泰公らによつて、騒音が人体に与える影響について多方面にわたり継続した研究がなされており、例えば、

(1) 健康人を暗騒音二〇ないし二五dB(A)の室内において睡眠させ、四〇dB(A)と五五dB(A)の工場騒音及び道路交通騒音(いずれも録音再生)を用いて六時間の連続暴露をなし、脳波、血球数、脈拍等を検査したところ、被験者は主観的には騒音に気づかず熟睡したにもかかわらず、脳波測定上、四〇dB(A)で睡眠深度が浅くなり五五dB(A)で更にその傾向が強まり、好酸球数及び好塩基球数は四〇dB(A)で増加が抑制され五五dB(A)では減少し、脈拍数も変動することから、睡眠時四〇dB(A)を超える騒音に暴露されることは望ましくないものと結論している。

(2) 次いで、四〇dB(A)及び六〇dB(A)の騒音(白色騒音と一二五ヘルツ及び三一五〇ヘルツの各三分の一帯域騒音の三種)を用い、三〇分に一回2.5分の連続騒音と一〇秒オン一〇秒オフの断続騒音(オン時間の合計2.5分)の二種類の騒音を配列した実験において、六時間中合計三〇分明の騒音暴露であるにもかかわらず、覚醒期脳波の出現回数が前回より多く、睡眠深度も浅くなり、好酸球数及び好塩基球数の変化は前回の四〇dB(A)と五五dB(A)の中間位であり、断続騒音も交通騒音や工場騒音の六時間連続暴露に匹敵する睡眠妨害をもたらすと結論している。

(3) 更に、就眠時から覚醒時にかけて、ピークレベル五〇dB(A)及び六〇dB(A)の航空機騒音、列車騒音を、就寝後一、二、三時間まではそれぞれ五分、一〇分、二〇分に一回の割合で、間隔は不規則に暴露し、朝方の覚醒時はその反対の順序で騒音に暴露するという実験をなしたところ、睡眠中の脳波からみた睡眠深度、血液からみた睡眠効果のいずれにおいても、前記(1)(2)の実験と同じか、むしろ強い妨害を受けたことが確認された。

(4) 同じく睡眠中の健康人に対して、ピークレベルが五〇dB(A)と六〇dB(A)の列車騒音、航空機騒音(いずれも録音再生)の間欠的暴露(前後三時間の睡眠中各合計四二回暴露)と四〇dB(A)のピンクノイズの連続暴露をなした実験において、脳波上四〇、五〇、六〇dB(A)の順に睡眠深度が浅くなり(ただし有意差は認められない。)、また、睡眠段階が十分深くなるまでの時間は有意に右の順で延長され、四〇dB(A)のピンクノイズに比して六〇dB(A)の列車騒音、航空機騒音では三倍ないし四倍に延長され、好酸球数、好塩基球数の変動率にも有意差が認められた。

以上の一連の睡眠実験を通して、長田らは、被暴露者は睡眠深度が浅くなつても騒音の聞こえたことはほとんど記憶しておらず、気付かぬうちに睡眠不足に陥つていることを指摘し、また、覚醒時に比べると騒音に対する馴れが生じにくいことを明らかにするとともに、三〇分に一回の断続騒音であつても六時間の連続騒音と同程度の睡眠への影響を有し、夜間の睡眠を保護するためには連続した静けさが必要であると結論している。

(二) 労働科学研究所の大島正光らが研究員四名に対して、五〇〇サイクル、五〇ないし七〇ホン、持続時間三秒の純音を用い、三〇秒ないし五分間隔の不規則配列の騒音暴露による実験をなした結果、騒音レベルと就寝の妨害度の間には一次関数の関係があることを見出し、就眠の妨害となり覚醒を促進する騒音の下限は四〇ないし四五ホンで、妨害の度合は覚醒時より就眼時に強いとしている。

(三) 前記騒音影響調査研究会が昭和四四年以降三年度にわたり航空機騒音が睡眠に及ぼす影響について研究をなしており、

(1) 成人男子に対し、ピーク値六五、七五、八五ホン、持続時間一七秒のジェット機騒音(録音再生)を不規則に暴露した実験の結果、全睡眠時間中深い睡眠の占める割合が減少し、睡眠深度の変化が頻繁になる、六五ホンの騒音でも浅い睡眠状態にある場合に覚醒する者があらわれ、七五ホンで中位の睡眠状態で覚醒する者があらわれる、八五ホンではやや深い睡眠状態にある場合でも覚醒するか睡眠が浅くなることが多い、睡眠深度の変化を生じた者の割合は、65ホンで51.5%、75ホンで61.7%、85ホンで78.2%と増加する。

(2) 二歳六か月ないし四歳の幼児に対して、ピーク値六五、七五、八五、九五ホンのジェット機騒音を用いて前同様の実験をなした結果、騒音レベルが上昇するに従い脳波、心電図、容積脈数、筋電図の反応が強くなり、かつ、騒音の激しい地域の幼児と対照地域の幼児との比較で、わずかながら騒音に対する馴れの傾向がみられた。

4ところで、騒音の睡眠に及ぼす影響は、騒音レベル、暴露回数をはじめとする騒音側の諸因子及び暴露される人間の側の諸因子に深く関連するところであり、<証拠>によれば睡眠自体の生理的機能、効用及び馴れの効果についても未だ十分科学的に解明されてはいない状況にあると認められるから、騒音の睡眠への影響を定量的に把握し又はその妨害の内容を逐一詳細に解明することは極めて困難なことといわざるをえない。

しかしながら、激甚な騒音が睡眠の妨害となることは経験則上容易に首肯しうるところであるうえ、前記の調査研究を総合してみれば、四〇ないし六〇ホン程度の低レベルの騒音であつても、就眠を遅らせ、睡眠深度を浅くさせ、覚醒を早めさせるなどの影響を及ぼし、これらの妨害は連続騒音だけでなく断続騒音であつても同様に発生しうるものであることが明らかにされたのであるから、原告ら飛行場周辺住民の睡眠妨害についての訴えは、科学的にも十分根拠を有し措信することができるものと考えられる。しかも、前記第四(侵害行為)に認定したとおり、本件飛行場周辺の騒音の程度が激甚であり、かつ、原告らを含む周辺住民が右の騒音に長期間にわたり頻繁に暴露されたこと、午後六時から翌朝午前六時までの間、殊に安眠のための静穏が最も要求される深夜、早朝の時間帯においても、相当程度航空機の飛行が繰り返されていたことなどを考え合わすと、本件飛行場周辺住民が重大な睡眠妨害を被つていることは否定し難いところである。そして、このような本件飛行場に離着陸する航空機に起因する騒音のもたらす睡眠の妨害は、日常生活の支障となるにとどまらず、健康人の疲労の回復を妨げ、ときには新たな疾病の契機となり、日中においても安眠を必要とする老人、病弱者、乳幼児等の療養や発育に対し支障を及ぼすなどの客観的危険性を有するものと認めることができ、右認定を覆すに足る証拠はない。

五  生活妨害

原告らの主張する日常生活における諸般の妨害について、<証拠>を総合すると、以下の事実を認めることができる。

1  会話妨害・電話聴取妨害

(一) 原告らの本件陳述書等によれば、家庭、職場及び学校での会話が中断され電話の通話が重大な妨害を受けると訴える原告ら(前記のとおり各原告自身及びその家族を含む。以下同じ。)は七八名(八五%、原告番号1、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、13、15、16、18、19、20、21、22、23、24、25、26、27、28、30、32、33、35、36、37、38、39、41、42、43、44、45、46、47、48、49、50、52、53、54、55、56、57、59、61、62、63、64、65、66、68、69、70、71、72、73、75、76、77、79、82、83、84、85、86、87、88、89、90、91、92、93)で、原告らの大多数に及んでいる。

そして、本件アンケート調査によれば、昭和三七年には商談その他の会話妨害を訴える者二二二名(五一%)、電話通話妨害と通話料金増加を訴える者七三名(一七%)、昭和三八年には前者の被害を訴える者三〇八六名(一二%)、後者の被害を訴える者は二四八五名(一〇%)、昭和四一年には前者の被害を訴える者二七〇名(二八%)、後者の被害を訴える者四四六名(四六%)、昭和五五年には家庭内における会話妨害につき非常に妨害されると訴える者七三六名(四五%)、かなり妨害されると訴える者七五三名(四六%)、電話の聴取につき全く聴き取れないことがあると訴える者九八三名(六二%)、かなり聴き取りにくいと訴える者五〇九名(三二%)である。

また、前記東京都公害研究所のアンケート調査結果によれば、横田飛行場周辺地域におけるNNIの値の増加と「家族との会話」及び「電話による通話」に対する妨害を訴える者の増加との関係に、共通した傾向があらわれ、右の妨害を訴える者の割合はいずれもNNI四〇台で約五〇%前後、五〇台で約九〇%に達した。

更に、前記長田泰公らは、横田、大阪、千歳、ロンドンの各飛行場周辺における住民の実態調査の結果を比較検討した結果、会話妨害を訴える者は、各地域ともNNIの値が高くなるとともによく似た割合で増加し、特に横田と大阪の傾向が一致し、ロンドン空港との比較では、NNI三〇台、四〇台ではロンドンの方が、NNI五〇台では横田の方が高い割合を示したと報告している。

(二) そこで、次に、騒音による会話の明瞭度の低下等についての客観的な調査研究や会話が可能とされる騒音基準等について検討する。

(1) 国立公衆衛生院の小林陽太郎らは、日本語無意味百音節の単音聴取明瞭度(信号音レベル(S)と騒音レベル(N)との相対比S/N比をもつてあらわされる。)に及ぼす白色騒音の影響についての実験を行つたところ、信号音レベルがあまり低い場合でない限り、S/N比が三〇dBであれば右明瞭度は約九四%であるが、同比が二〇、一〇、〇、マイナス一〇dBになると、明瞭度はそれぞれ約八五、六八、四五、一五%と低下した。

(2) 国立公衆衛生院の吉田拓正らは、航空機騒音を用いた実験室内明瞭度テストを実施したところ、単音節明瞭度はS/N比(信号音、騒音ともピークレベルの対比である。)マイナス一〇dB(A)になると五〇%に低下し、文節了解度(ニュース放送と朗読文の録音再生を使用した。)は、S/N比マイナス五dB(A)までは一〇〇%でありなんとか文意が理解できそうであるが、マイナス一〇dB(A)になると五〇%前後に低下するとされ、また、S/N比が同一の場合には離陸音より着陸音の方が影響が大きいと推測している。

(3) 厚生省生活環境審議会公害部会騒音環境基準専門委員会作成の騒音環境基準設定資料(昭和四四年度)によれば、普通の声による会話の場合、騒音レベルが四五ホンでは、聴取明瞭度は、八〇%を超え、およそ四メートル離れたところで会話が可能であるが、騒音レベルが六〇ホン、七〇ホンになると、明瞭度はそれぞれ六〇%、五〇%に減少し、会話可能な距離はそれぞれ約1.3メートル、0.5メートルに短縮されると報告されている。

(4) 前記EPAが公表した資料(クライテリア等)によれば、会話によるコミュニケーションを保護するために許容される騒音レベルは屋内でLeq四五dB以下、屋外でLeq六〇dB以下であり、五dBの安全限界値を考慮し、許容騒音レベルを屋外でLeq五五dBとすることを提案している。

(5) 前記ISOの公表した資料によれば、六五dB(A)の騒音下では、普通の話声で日常会話が了解される距離は0.7メートル、大きな声の場合は1.4メートルであり、電話による会話はやや困難となるが、八五dB(A)の騒音下では、普通の声の場合は0.07メートル、大きな声でも0.14メートルの近距離で話さなければ会話が了解できず、電話による会話はほとんど不可能になると報告されている。

(6) 海外の文献によれば、騒音のスペクトルレベルが音声のスペクトルレベルより一二dB以上大きければ、会話の了解度は完全に失われること、航空機騒音についてそのピークレベルが七六dB(A)を超えると会話理解が明らかに悪化することなどが報告されている。

(三) 会話はそもそも、話者と聴者とが互いに音声によつて情報を伝達し合うことにより成り立つものであるが、激甚な騒音がそのような情報伝達に著しい悪影響を与えるであろうことは、経験則上からも明らかなところである。しかも、前記の調査研究によれば、航空機騒音をはじめとする強烈な騒音は、話者の発声音の明瞭度の低下及びこれに伴う聴者の会話了解度の低下を生ぜしめ、通常の人声の大きさ(六〇dB前後)や対話者間の距離(一メートル前後)を想定すると、七〇ないし八〇dB程度の騒音は、会話の重大な妨げとなり誤聴を招く危険があるものと認められる。したがつて、本件飛行場に離着陸する航空機に起因する激甚な騒音の程度を考え合わせると、原告らの日常生活における会話の中断や電話通話の妨害の訴えは、科学的に十分根拠を有し措信することができるものである。そして、騒音による会話妨害は、単に会話了解度の低下だけでなく、相手方との意思疎通の困難を生ぜしめ、後記の情緒的被害(イライラや不快感)を増加させ、家庭生活をはじめとする学習、教育、職業等の生活全般へも重大な妨害を及ぼすなど、日常生活に対し広範囲にわたる悪影響を与えるものであると認められる。

ところで、屋内における会話妨害や電話通話の障害は、被告の周辺対策の一環としてなされる住宅、学校等の防音工事、騒音用電話機の設置により、その被害の一部が軽減されてはいるものの、後記認定(第六、三、1)のとおり、本件飛行場周辺においては右住宅防音工事の施行が昭和五〇年になつて開始されたものであり、また、原告ら全員に右防音設備が完備しているわけではなく、しかも、その内容は原則として一室ないし二室の防音工事であつて全室防音の工事を完了した原告は存在しないのであり、騒音用電話機が通話の改善に期待されたほど十分な効果をあげていないのであるから、結局、右住宅等防音工事及び騒音用電話機の設置は、原告らのほとんど全員が被つている騒音による会話妨害等の客観的危険性を、完全に一掃しうる対策であると認めることは困難であり、他に前記認定を覆すに足る証拠はない。

2  テレビ・ラジオの視聴妨害

(一) 原告らの本件陳述書等によれば、テレビ、ラジオの視聴妨害を訴える原告らは七六名(八三%、原告番号1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、13、15、16、18、20、21、22、23、24、25、26、27、28、30、32、33、35、36、37、38、39、41、42、43、44、45、46、47、48、49、50、52、53、54、55、56、57、59、61、62、63、64、65、66、68、69、71、72、73、75、76、77、79、82、83、84、85、86、87、88、89、90、92、93)であり、会話妨害と同様大多数の原告らが訴える被害であるが、本件アンケート調査結果によれば、昭和三七年にはテレビ、ラジオの視聴妨害その他の電波障害を訴える者三七二名(八六%)、昭和三八年には前同様の被害を訴える者六九六六名(二八%)、昭和四一年には同じく九〇〇名(九二%)、昭和五一年にはテレビ受信の被害を訴える者一五六二名(七六%)、昭和五五年にはテレビ、ラジオ、ステレオ等の音声が聴き取れないことがあると訴える者一一九九名(七三%)、かなり聴き取りにくいことがあると訴える者四〇八名(二五%)である。

また、前記東京都公害研究所のアンケート調査結果によれば、ラジオ、テレビ、レコードの聴取に対する妨害(音声を大きくする、非常に大きくする及び非常に大きくしても聴き取れないの合計)を訴える者の割合は、NNI三〇台で約三〇%、四〇台で約七〇%、五〇台で約九〇%、六〇台で約九五%であり、テレビの画像の乱れを訴える者の割合は、NNI四〇台で約六〇%、六〇台で約八〇%であつた。

(二) 強大な航空機騒音によつて、テレビ、ラジオの視聴が妨害され、頭上を航空機が通過することによりテレビ画面の映像に乱れが生ずることは、会話妨害と同様経験則上明らかなことであり、本件飛行場に離着陸する航空機に起因する激甚な騒音の程度を考え合わせると、前記の会話了解度に対する騒音の影響についての調査研究の結果を改めて引用するまでもなく、原告ら本件飛行場周辺住民のテレビ、ラジオの視聴妨害の訴えは、十分措信することができるものと考えられる。そして、テレビは、それが視聴過剰になることについて批判的見解が存するものではあるけれども、現代生活において欠くことのできない娯楽教養の機器であることも否定し難い事実であり、これらテレビ、ラジオの提供する報道、娯楽、教養の場が、本件航空機騒音により一方的に奪われているとすれば、それはまさに原告らの日常生活上の妨害であり、家庭内の団らんの障害となり、イライラや不快感等の情緒的被害にも結びつくものと認められる。なお、テレビ、ラジオの音声の障害は被告の周辺対策としての住宅防音工事で、画像の乱れはテレビ受像機の品質の向上及びアンテナの改善で、それぞれある程度は軽減されているものではあるが、被害を被つている原告らの全員が右の設備装置を保有しているわけではなく、また、同じく被告によるテレビ受信料の減額措置は直接視聴妨害を改善するものではないから、結局、原告らの視聴妨害の十分な防止策にはなつていないものと認めざるをえないのであり、その他右認定を覆すに足る証拠はない。

3  趣味生活の妨害

(一) 原告らの本件陳述書等によれば、音楽鑑賞や楽器演奏、無線通信等をはじめとし、読書や編物、スポーツ等の様様な趣味生活が妨害を受けていると訴える原告らは二六名(二八%、原告番号5、6、9、11、13、15、18、20、21、22、28、38、43、45、46、49、59、63、66、79、84、86、90、91、92、93)であり、前記テレビ、ラジオの視聴妨害についてのアンケート調査結果の一部には、ステレオ演奏やレコード鑑賞の聴取妨害の訴えが含まれている。

(二) 強烈な騒音が、ステレオ放送並びにレコード及びテープの再生による音楽鑑賞や各種楽器演奏に重大な妨げとなり、アマチュア無線の支障となることは、原告らの訴えをまつまでもなく経験則上明らかなところであるが、本件飛行場に離着陸する航空機に起因する激甚な騒音の程度を考え合わせると、右航空機騒音は音楽、無線通信等の趣味に対する妨げであるだけでなく、精神の集中安定の妨害を介して読書、編物、スポーツ等の広範囲な趣味生活全般に悪影響を及ぼしているものと認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。なお、住宅等の防音工事が、原告らの右被害を一部軽減することが考えられないわけではないが、これが十分な防止策となりえていないことは既に述べたとおりである。

4  家庭生活に対する悪影響

(一) 原告らの本件陳述書等によれば、家庭内の緊張や不和、穏やかな家族関係の維持の困難を訴える原告らは四六名(五〇%、原告番号1、6、7、8、10、12、15、16、19、21、22、23、25、27、28、30、36、37、38、41、43、46、48、52、56、57、59、61、62、64、67、68、71、72、73、76、77、78、82、83、84、87、88、89、90、91)であつて原告らの半数に達し、本件アンケート調査結果によれば、昭和三七年には家庭和合の破壊とイライラする、すぐ腹を立てる、どなる、ジェット機を撃ち落としたくなる等の精神不安定を訴える者は二四七名(五七%)である。

(二) 家族は人間社会の最も基礎的な単位であり、家庭は心身の休養や疲労回復の場であるだけでなく、親子や兄弟、夫婦等の交流、自分自身や家族の成長を通して人間的充実を享受しうる最も重要な生活空間であることはいうまでもない。このような家庭生活における家族の団らん、和合に対して前記認定の会話妨害、テレビ、ラジオの視聴妨害、趣味生活の妨害等が悪影響を及ぼすであろうことは経験則上容易に首肯しうるところであり、家庭生活の雰囲気はその構成員の年齢、性別、性格、心身状態、構成状況等に大きく左右されるものではあるが、特に本件のような激甚な航空機騒音に長期間反復繰り返して暴露される場合には、右の妨害やイライラ、不快感等の情緒的被害のために、家庭内において不必要な緊張や不和が生じ、これがため家族関係の形成維持に支障が生ずる事態もないわけではないものと認めることができ、右認定を覆すに足る証拠はない。

5  交通事故の危険

(一) 原告らの本件陳述書等によれば、車のクラクションが聞こえない、あるいは運転者及び歩行者の注意力が妨げられ交通事故の危険にさらされていると訴える原告らは一五名(一六%、原告番号7、16、18、21、23、25、28、33、38、43、45、69、76、78、93)であり、本件アンケート調査結果によれば、昭和三七年には交通事故及び事故誘発の危険性を訴える者三一名(七%)、昭和三八年には前同様の被害を訴える者一一一一名(四%)、昭和四一年には同じく一七一名(一八%)である。

(二) 強烈な騒音のため、自動車、自転車のクラクションや走行音、踏切の警報等がかき消されてしまう、あるいは爆音や航空機の飛来に気をとられて注意力が低下するであろうことは、経験則上も首肯しうるところであるが、本件飛行場に離着陸する航空機に起因する騒音が激甚な程度に達していること、大和市をはじめとする同飛行場周辺地域で宅地化が進行し(このことは当事者間に争いがない。)、これに伴い道路、鉄道が発達し、これを利用する自動車等も大幅に増加していることを考え合わせると、原告らの訴える交通事故の危険もあながち措信できないわけではなく、爆音等に暴露されることの少ない地域に比較すれば、航空機が頻繁に離着陸し騒音の激甚な本件飛行場周辺においては、右騒音等のため交通事故が発生する危険性が高いことを否定し難いと認めるのが相当であり、右認定を覆すに足る証拠はない(なお、原告らは、原告真屋求の長男及び次男が遭遇した昭和三六年一〇月八日の電車事故の原因が航空機騒音にあると主張し、同原告の供述中にはこれに沿う部分がないわけではないが、かえつて、<証拠>を総合すると、右事故は二名の児童を同乗させていた自転車の運転者の不注意に由来するものと解する余地もないわけではなく、右事実に照らすと前記原告真屋求の供述はにわかに措信することができず、他に右主張を認めるに足る証拠はない。)。

6  学習・思考妨害

(一) 原告らの本件陳述書等によれば、学習、読書並びに知的作業を伴う仕事及び趣味などの妨害を訴える原告らは五二名(五七%、原告番号1、2、4、5、6、9、10、11、12、13、15、18、19、20、21、22、23、24、25、28、30、32、39、41、43、44、46、47、48、49、50、53、55、56、61、63、64、68、69、71、75、77、78、81、83、84、86、87、88、90、91、93)であり、本件アンケート調査結果によれば、昭和三七年には記憶力、思考力、注意力、忍耐力の阻害による学習読書妨害と学力低下及び研究等の知的活動の妨害を訴える者二一八名(五〇%)、昭和三八年には学習、読書、研究、考案等の妨害、学力低下等を訴える者四九四一名(二〇%)、昭和四一年には前同様の被害を訴える者六一六名(六三%)、昭和五一年には勉強の被害を訴える者三三二名(一六%)である。

また、前記東京都公害研究所のアンケート調査の結果によれば、思考及び読書に対する妨害を訴える者の割合は、NNI三〇台で約三〇%、四〇台で約四〇%、五〇台で約七〇%、六〇台で約八〇%であつたと報告されている。

更に、昭和四〇年に関西都市騒音対策委員会が実施した大阪国際空港周辺の八都市の住民に対するアンケート調査の結果によれば、思考・読書に対する妨害を訴える者の割合とNNIの値との間に相関関係が見い出され、NNI三五で「かなりじやまになる」と訴える者の割合が五〇%を超えたと報告されている。

(二) 次に、騒音が思考及び知的作業等にどのような影響を及ぼすかについての調査研究をみると、

(1) 前記長田泰公らは、ジェット機騒音、新幹線騒音(各録音再生)及びピンクノイズなどの間欠音の暴露による実験において、ランプの点灯に対する選択反応の場合、五〇ないし八〇ホンの騒音で反応時間が促進的覚醒的に作用し、ピンクノイズが著しく促進的であつたが、図形の数え作業の場合、六〇ないし九〇ホンの騒音で図形の数え残しが増加して成績が低下し、全体的にみると新幹線騒音より航空機騒音の方が妨害的であつたと報告しており、クレペリン加算作業を一〇日間にわたつて行わせた実験では、各自の平均的加算個数のレベルからの低下度は、対照実験の日に比して騒音負荷日に大きいものとの結果を得ている。

(2) 前記伊丹市空港対策部発表の報告書(担当者前記安藤四一)によると、九〇プラスマイナス五dB(A)の航空機騒音及び八五プラスマイナス五dB(A)の音楽を負荷しながらクレペリン検査を行つたところ、小学校二年生において、騒音を負荷したグループでは、前半の作業成績が騒音地域群と対照群の双方で刺激音のないグループに比較すると約二倍程度大きく動揺するとの結果を得ており、児童にとつて新しい事柄を学習する際には騒音が重大な影響を与えていると結論している。

(3) 町田恭三らの研究(福岡市板付基地移転促進協議会編)によれば、板付基地周辺の小・中学校の児童生徒を対象とした実験において、八〇から一一〇ホンの航空機騒音を五ないし三〇秒間隔で繰り返して暴露する実験組と静かな教室における対照組との間で、クレペリン作業検査においては、騒音の影響は年少者ほど、また、男子より女子に大きく現われ、殊に実験組では休憩効果があまりみられず、休憩後の動揺が大きく、更に、問題解決力検査では実験組の成績が低下し、個人差が拡大するとともに、複雑な問題解決能力だけでなく簡単な問題についての解決能力も劣つてくると結論している。

(4) 国立特殊教育総合研究所の詫間晋平は、高校の男子生徒に中央値八〇dB(A)の道路交通騒音を負荷しながらFTA学習能率検査を実施する実験を行つたところ、変動幅〇dBの場合の成績を基準とすると、変動幅が大きいほど学習能率の低下の度合は大きくなり、変動幅が大きい刺激実験を受けた群ほど、正答と誤答を合算した知的作業量自体も減少するとの結果を得ている。

(5) 静岡県衛生研究所の鈴木登は、小学校、中学校、高等学校の児童生徒に対し、中央値七〇ないし八〇ホンの校内騒音、交通騒音を負荷しながら、単純能率テスト、若干の思考を要するテスト、単に暗記するテストを課したところ、小学生では校内騒音下で対照群に比し、量的作業量は上昇するが質的作業能率は低下し、図形記憶テストでは間違いが増加し、中学生では擬音レコード騒音下で、単なる暗記テストでは騒音の影響は認められないものの、思考と記憶を要する問題においては対照群に比し間違いが増加し、高校生では交通騒音下で、暗記テストには影響は認められないものの若干の思考力を要する問題では誤りが増加し、暗記と思考力を要する問題については対照群に比し四六%間違いが増加したとの結果を得ている。

(三) ところで、学習・思考妨害についての諸種の実験研究は、聴力等についての実験研究とは異なり、被験者の心理状態を試すことから、例えば外向性の性格の人物は内向性の人物に比し騒音の影響が小さいと考えられており、あるいはテストという形式をとることから通常時とは異なつた心理状態に陥るなどの困難性を有するものであり、しかも、騒音の種類、作業の性質等によつて及ぼされる影響は大きく変動し、ある種の騒音は単純作業にはかえつて覚醒作用を有し作業能率を積極的に向上させることなども報告され、一義的な結果は得られていない。しかしながら、一般に騒音が学習思考をはじめとする知的作業の妨げとなるであろうことは経験則上も明白であり、前記の実験研究を総合すれば、騒音レベルが上昇し変動幅が大きくなればなるほど、また、作業内容が複雑になり思考力が要求されるに従い、騒音の妨害作用は増大するものであるから、原告らの学習・思考妨害の訴えは十分科学的根拠を有するものであつて、措信することができる。したがつて、本件飛行場に離着陸する航空機に起因する騒音は、その程度が相当激甚であることを考え合わせると、記憶力、注意力、思考力や学習、読書、著述及び研究といつた広範囲な知的作業に対し重大な妨げとなつているものと認めることができる。なお、被告の実施した住宅、学校等の防音工事により右被害の一部が軽減されてはいるものの、それが原告ら全員にとつて十分な被害防止策となつていないことは既に述べたとおりであり、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

7  教育に対する悪影響

(一) 原告らの本件陳述書等において、授業、保育における聴取が妨害されて中断されるとともに、注意の集中が妨げられ、更に、教師、保母等の教育、保育に対する意欲や情熱が減退することにより、原告らの養育する子弟に関しての教育が悪影響を受けていると訴える原告は五名(五%、原告番号7、27、38、47、57)にすぎない。しかしながら、学校等の授業内容の聴取妨害や教師と学童との対話の支障は会話妨害の項に、家庭や学校における学習、勉学の妨げは学習、思考妨害の項に、それぞれその被害の内容が含まれているものと考えられるから、教育の分野における騒音の被害を軽微なものと即断してしまうことはできない。ちなみに、教師の側からみた授業への妨害については、前記湘北教職員組合が大和市内の教師二一四名に対して実施したアンケート調査の結果によれば、航空機騒音に対して何らかの支障を感ずる者は二〇二名(九五%)の大多数に及び、特に困るのは教室内での授業中であるとする者一六九名(八〇%)、屋外での授業中であるとする者八〇名(三七%)、朝会のときであるとする者五六名(二六%)であり、どのように対処するかについては、授業等を一時中断する者一七八名(八三%)、大声で話す者五一名(二四%)、窓を閉める者三〇名(一四%)であり、航空機騒音に暴露されたときの気持は、イライラする者一四九名(七〇%)、情なくなる及び怒りたくなる者の合計は八八名(四一%)に及んでおり、航空機騒音が授業等の重大な妨げであると訴えている。

(二) そこで、学校等における騒音障害についての調査研究をみると、

(1) 昭和四四年の文部省の調査によれば、騒音による授業の妨害率は、小学校では国語、算数が最も高く八〇%前後、次いで社会、理科、音楽であり、図工、体育では二〇%弱と低く、中学校では数学の授業に対する妨害率は九六%で最も高く、理科、国語、社会の順に続く。授業の形態では、テスト、算数の文章題、国語の読解などの授業に対する妨害率が高く、思考力を要する科目ほど影響を受けやすいといえる。

(2) 前記小林陽太郎らの実験によれば、教室内における授業に支障を来さない程度の単音聴取明瞭度は八〇ないし八五%であると考えられるところ、これを維持するにはS/N比は一五ないし二〇dB以上であることが要求され、教師の会話の音量レベルを七〇dB(C)とすると許容騒音レベル(中央値)は五〇ないし五五dB(C)以下とする必要があると結論されている。

(3) ロンドン・ヒースロー空港周辺の学校において、航空機騒音の授業に及ぼす影響を調査した結果、六五dB(A)で会話を中断する者が生じ、七〇dB(A)でそれが二五%、七五dB(A)で四〇%に達する、七五dB(A)以下であれば特定の又は小人数の生徒に対する教師の説明は聴取可能であるが、七五dB(A)以上になると中断せざるをえなくなる、また、生徒の注意力が散漫になり、教師も怒りやすくなる、したがつて、騒音のピークレベル平均を六〇dB(A)以下にする必要があると結論している。

(4) 昭和三九年六月になされた「学校環境衛生の基準」についての答申は、教室内の騒音レベルは、窓を閉じているときは中央値五〇ホン以下、窓を開けているときは中央値五五ホン以下、上限値は六五ホン以下であることが望ましいとしている。

その他、授業内容の聴取妨害に関しては、前記1(会話妨害等)の会話の明瞭度の低下等についての各種調査研究及び許容基準が、また、学習中における記憶、思考、判断の妨害に関しては、前記三2(五)(乳児・幼児・児童・生徒に対する影響)の精神作業についての各種調査研究及び前記6(学習・思考妨害)についての各種調査研究が、それぞれここでも重要な資料となる。

(三) 騒音による授業への悪影響は、単に聴取妨害や学習思考妨害という形で現われるだけでなく、教師と児童生徒により構成される授業の全体にも及んでいるものと解される。すなわち、授業は、教師の努力や情熱と児童・生徒の興味や集中力が相互に深く影響し合つた場合に最も教育効果を発揮するものと考えられるところ、右のような授業の雰囲気を創造すべく教師と児童・生徒の双方が努力しいわば一つの有機的な流れを構成しようとする過程において、航空機とりわけジェット機の強烈な騒音の暴露により授業の中断を余儀なくされた場合には、その中断が一分以内の短時間で終了するものであるとしても、再開された後の授業においては創造的な雰囲気が消え去り、教師と児童・生徒の双方に熱意が失われがちであり、再び同様の雰囲気を作り出すことが困難なような事態も生じうることがうかがわれる。

更に、大和市内の学校教育法に定める学校については、そのいずれもが後記一級防音工事の対象とされているところ、右防音工事の適用補助対象とされている学校は、開口部をすべて開放した状態で騒音の最も激しいと推定される室内において一授業単位時間当り九五dB(C)以上の騒音が五回以上測定される学校であるから、大和市内の学校はいずれも右程度の騒音に暴露されているといえる。

もつとも、後記のとおり、右学校等の防音工事は昭和二九年度から実施され、窓を密閉した室内においては騒音による授業妨害の軽減に相当役立つているものと認められるが、季節を問わず年間常時窓を密閉したまま授業を行うことは、児童・生徒が自然の大気、外光、微風に触れる機会を奪うものであり教室内に重苦しい雰囲気をもたらすことも考えられる。しかも、大和市内の学校については、費用や児童の健康等の問題から冷房工事が実施されておらず、また、換気装置が故障したまま放置されている学校もないわけではなく、大和市が人口急増地帯であるためやむをえず使用されるプレハブ校舎は防音工事の対象となつていない。更に、校庭等の屋外や防音設備のない体育館で実施される朝礼、体育実技、屋外写生、楽器演奏等の教育授業に関しては依然として航空機騒音の暴露下にあり、結局、右防音工事も学校教育等に対する妨害を完全に防止するには至つていないものと認められる。

したがつて、航空機騒音が、会話、音楽鑑賞、学習思考等を妨害する限り、学校や幼稚園、保育園の教育や保育を妨害することはいわば当然の事理ではあるが、以上の調査研究、認定事実を総合すると、学校等における教育、保育は、本件飛行場に離着陸する航空機に起因する騒音等により相当程度の妨害を受けているものと認めることができ、右認定を覆すに足る証拠はない。

8  職業生活の妨害

(一) 原告らの本件陳述書等において、職業生活の妨害として、営業上の損失を訴える原告らは一名(一%、原告番号68)、作業進行の中断を訴える者三名(三%、原告番号2、83、91)、労災事故の危険を訴える者五名(五%、原告番号12、25、42、71、89)、研究、著述等の知的作業の停滞を訴える者八名(九%、原告番号23、28、30、43、46、49、50、57)であり、合計すると一七名(一八%)に及ぶ。また、本件アンケート調査結果によれば、昭和三七年には家事作業と事務能率の低下及び勤労意欲の減退を訴える者四四名(一〇%)、営業不振、転廃業、開業不能を訴える者一九名(四%)、昭和三八年には前者の被害を訴える者一七六六名(七%)、後者の被害を訴える者二〇七名(一%)であり、昭和四一年には前者の被害を訴える者二三八名(二四%)、後者の被害を訴える者三二名(三%)である。

(二)ところで、騒音等により直接の会話、電話による会話のいずれについても意思伝達が不可能となる事態が生ずることは前記1(会話妨害・電話聴取妨害)のとおりであるが、かかる会話、通話妨害は、自営業者にとつては取引先との意思の疎通を欠き直接営業上の支障となり、会社員にとつては上司、同僚、顧客との打合せの障害となることは経験則上容易に首肯できる。また、生産工場等にあつては、騒音による意思伝達の断絶が業務遂行の支障となるだけでなく、注意や警報を聴取できず労災事故を招来する危険性もあるものと考えられる。更に、騒音が思考、学習といつた知的作業の能率に影響を与えることは前記6(学習・思考妨害)のとおりであるが、右に掲記した実験研究によれば、騒音と知的作業の能率との関連について定量的な関係は十分解明されてはいないものの、騒音現場及び実験室のいずれの研究においても、騒音が九〇dB(C)以上になると誤答の数は有意に増加し、これは騒音の特性が連続的であろうと間欠的であろうと同じであり、馴れの程度とも無関係に発生するものと指摘されており、騒音が特に精神の集中を要求される著述、研究や精神作業等の知的活動に重大な妨げとなることは経験則上明らかなことである。

したがつて、本件飛行場に離着陸する航空機の騒音の程度が激甚であることも考え合わすと、騒音が職業生活にも悪影響を及ぼしているとの原告らの訴えは客観的にもこれを認めることができる(ただし、原告らは営業上の損失についてまでその損害賠償を求めているのではなく、慰謝料を請求する事情の一つとしてそれを主張するものであることは、弁論の全趣旨に徴して明らかである。)。なお、住宅等の防音工事が、原告らの右被害の一部軽減に役立つてはいるものの、原告ら全員にとつての十分な被害防止策となつていないことは既に述べたとおりであり、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

9  振動・排気ガス等による被害

(一) 振動

原告らの本件陳述書等において、航空機のもたらす振動により、家屋の震動、天井・窓ガラス・タイル等がひび割れる等の家屋の損傷、居室内に置いた物が転倒したり建て付けが悪化するなどの被害を訴える原告らは四一名(四五%、原告番号1、4、7、8、9、10、12、13、15、19、20、21、22、23、24、25、27、28、30、45、46、47、48、50、54、59、61、63、64、68、72、73、76、79、80、84、85、86、87、91、93)に及ぶが、本件アンケート調査結果によれば、昭和三七年には家屋家具の狂いと耐用性の低下及びガラス器具その他の破損を訴える者四二名(一〇%)、昭和三八年には前同様の被害を訴える者一四四名(一五%)、昭和五一年にはガラスが震える等の物的被害を訴える者五三四名(二六%)、家の中の小さな物が落ちると訴える者三二名(二%)である。

ところで、航空機とりわけジェット機が頭上を低空で飛来するときは、家屋等に相当な振動が及ぼされるであろうことは経験則上容易に首肯しうるところであり、また、多数の原告らの訴えの内容を勘案すると前記第四(侵害行為)二1認定のとおり、永年にわたつて反復繰り返される航空機の離着陸による振動は(それが附随的な侵害行為であるとしても)、進入離陸等の経路直下の原告らにとつては、家屋の老朽化等と複合して、窓ガラス等の家屋の一部の震動や瓦のずれ、建て付けの悪化などの現象を生ずる一因となつているであろう(ただし、家屋全体の激しい震動や頻繁に物が転倒する事態は生じていないと認められる。)ことは推認するに難くないところであり、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

(二) 排気ガス等

航空機の排気ガスにより洗たく物が汚損する等の被害を訴える者は一一名(一二%、原告番号10、13、15、21、30、42、45、68、72、86、93)にとどまるが、本件アンケート調査結果によれば、昭和五一年には排気ガスの被害を訴える者は八一名(四%)である。

ところで、航空機の飛行等により生ずる排気ガスについては、前記第四(侵害行為)二2認定のとおり、進入離陸等経路直下の原告らについての洗たく物の汚損はその一部が本件飛行場に離着陸する航空機に起因する排気ガス(右は附随的な侵害行為と解される。)による被害と認めるのが相当であり(正確にはいわゆる排気ガスのみによるものではなく、油滴等の不燃焼燃料の落下による汚損も含まれているものと思われる。)、右認定を覆すに足る証拠はない。なお、本件飛行場周辺全般に及ぶ大気汚染の事実はこれを認めるに足る証拠がなく、航空機による被害として認定することはできない。

六  情緒的被害

1<証拠>を総合すると、以下の事実を認めることができる。

(一) 原告らの本件陳述書等において、航空機騒音によるイライラ、不快感を訴える者は七二名(七八%、原告番号2、4、5、6、7、8、9、10、11、12、15、16、18、19、20、21、22、23、24、25、26、28、30、32、33、35、36、38、40、41、42、43、44、45、46、47、48、50、52、53、55、57、59、62、63、64、65、66、67、68、69、70、71、72、73、75、76、78、79、80、81、82、84、85、86、87、88、89、90、91、92、93)で、原告らの大多数であり、本件アンケート調査結果によれば、昭和三七年にはイライラする、すぐ腹を立てる、どなる、ジェット機を撃ち落としたくなる等の精神不安定と家庭和合の破壊を訴える者二四七名(五七%)、昭和三八年には心がいらだつ、立腹しやすくなると訴える者五六九〇名(四六%)、昭和四一年には前同様の被害を訴える者六六九名(六八%)、昭和五一年にはイライラや不快感の増大を訴える者一三〇四名(六三%)、神経の不安定を訴える者一〇七二名(五二%)、昭和五五年には非常にイライラがつのることがあると訴える者七九八名(四五%)、かなりイライラすることがあると訴える者八一四名(四六%)に達している。

また、同じく本件陳述書等において、墜落や落下物に対する不安感、恐怖感を訴える者は五四名(五九%、原告番号4、5、7、8、9、10、11、13、15、16、19、23、24、26、27、28、30、32、33、35、37、38、39、40、41、42、43、44、45、46、47、48、50、52、61、64、65、66、68、69、70、71、72、73、76、77、79、80、81、85、86、87、88、93)に達しており、本件アンケート調査結果によれば、昭和三七年には爆音嫌悪、落下物への危険感、墜落事故や戦争への恐怖によるノイローゼを訴える者は二四八名(五七%)、昭和三八年には前同様の被害を訴える者三三〇八名(二七%)、昭和四一年には落下物墜落事故等への危険感を訴える者六四六名(六六%)、戦争になつたらおしまいだという恐怖感を訴える者四一三名(四二%)、昭和五一年には墜落の危険を感じると訴える者一一七三名(五七%)、昭和五五年には墜落するのではないかと非常に不安であると訴える者七七一名(四九%)、不安を感じることがあると訴える者六四〇名(四一%)である。

同アンケートのうち実際の落下物による被害に関する事項をみると、昭和三七年には機関銃弾、廃油その他の落下物による被害を訴える者一七名(四%)、昭和三八年には飛行機の墜落その他の落下物による被害を訴える者四五五名(二%)、昭和四一年には機関銃弾、廃油その他の落下物及び墜落事故による被害を訴える者一一九名(一二%)である。

次に、前記関西都市騒音対策委員会の報告書によると、大阪国際空港周辺の八都市におけるアンケート調査の結果、「気分がいらいらする」、「腹が立つ」、「不愉快になる」、「気がめいり、うつとうしくなる」、「安静がたもてなくなる」、「びつくりする」などの情緒的被害を訴える者は、NNIが高まるにつれて急激に増加し、NNI四〇ないし四四で右被害を訴える者の割合は九〇%に達するとされている。

更に、前記東京都公害研究所のアンケート調査結果によれば、情緒的影響を訴えた者は身体的影響を訴えた者より多数であり、その主な項目は「気分がいらいらする」、「不愉快」、「気分がめいりうつとうしい」、「びつくりする」、「頭にくる」、「しやくにさわる」であるところ「気分がいらいらする」との訴えをする者の割合は、NNI三〇台で約三%、四〇台で約一七%、五〇台で約二六%、六〇台で約三二%にのぼり、右各項目についてNNI三〇台の地域と四〇台以上の地域との間で統計上の有意差が認められた。

庄司光らが実施した大阪市におけるアンケート調査結果によれば、五五ないし五九dB(A)で「気分がいらいらする」、「腹が立つ」、「不愉快になる」、「安静がたもてない」等の情緒的影響を訴える者の割合は五〇%に達するとされている。

そして、情緒的被害に関しての調査研究としては、前記児玉が昭和四〇年以降昭島市で実施した各種心理検査によると、騒音激甚地区の小学生、若年齢層にあつては、対照地区の小学生、同年齢層に比して不安傾向・攻撃性が強く現われると報告している。

(二) ところで、イライラや不快感、不安感という情緒的被害は、航空機騒音等により原告らが被つている被害のうちでも最も基本的かつ普遍的なものの一つとして訴えられているところ、その被害の内容、程度を正確に把握するためには、事柄の性質上実験室等における客観的研究ばかりでなく、地域住民の被害の訴えやアンケート調査という主観的資料をも重視しなければならないことは当然である。そして、右に見たとおり、本件飛行場をはじめとする激甚な航空機騒音に暴露されている地域住民は、いずれも高い比率でイライラや不快感、不安感を訴えているものであり、このことと前記第四(侵害行為)三に認定したとおり本件飛行場周辺において続発する墜落事故や落下物等の事故の回数・程度とが相まつて、原告らの訴える情緒的被害は極めて信用性の高いものということができる。しかも、航空機殊にジェット機騒音の特色である、音圧レベルが極めて高く、高周波数が主成分を占め、金属的音質を有し、加えて音圧レベルや周波数構成が大きく変動し、かつ、音源が定位置になく空中を移動するなどの点は、いずれも人の騒音に対する不快感を増長させる作用をするものと考えられる。更に、本件飛行場は、一般の公共用飛行場と異なり軍用飛行場であつて、ジェット機等の航空機の運航には定常性がなく、突発的かつ集中的に離陸、着陸、旋回するものであり、しかも、原告ら一部の周辺住民は、本件飛行場が客観的にはともかく主観的には自己にとつて直接、具体的に便益をもたらすものではないと考えているところ、これらの諸要因はいずれも人の騒音に対する不快感をより高める方向に作用するものであると解される。

したがつて、本件飛行場に離着陸する航空機に起因する騒音や各種事故が、原告らの訴えるイライラや不快感、不安感や恐怖感等の情緒的被害の原因となつていることは否定し難いところであり、また、右情緒的被害は、健康被害や睡眠妨害、生活妨害等の被害と密接に関連しあつて航空機騒音等による広範な被害を形成しており、しかも情緒的被害がその中核をなしているものと認めることができる。なお、後に認定するように住宅等の防音工事により右被害の一部が軽減されていることは認められるものの、それが被害を完全に防止しうるものでないことは既に述べたところと同様であり、その他右認定を覆すに足る証拠はない。

第六  違法性

一  受忍限度

本件飛行場に離着陸する航空機に起因する騒音等に基づく被害につき、被告に損害賠償責任が成立するためには、被告による本件飛行場の設置・管理行為(供用目的に沿う施設の利用を含む。)が違法性を帯有し、国賠法二条一項の営造物の設置又は管理に瑕疵があると評価され、あるいは、民法七〇九条の不法行為に該当すると評価されなければならないところ、右違法性の判断に際しては、右被害が社会生活を営むうえにおいて受忍すべきものと考えられる限度、すなわち受忍限度を超えるものか否かを基準とすべきである。原告らはこの点について、本訴における被害ないし被侵害利益の内容は人格権若しくは環境権の侵害であるところ、右人格権及び環境権は絶対的保障を確保されるべき優越的利益であるから、右各権利が侵害された場合には直ちに違法性を認めるべきであり、受忍限度としての比較衡量により違法性の存否を判断すべきではないと主張する。しかしながら、社会共同生活が成り立つて行くためには、生活妨害や精神的苦痛をもたらす行為のすべてを一律に違法とすることは困難であり、相互に受忍すべき限度を見出していくべきことは当然である。殊に、原告らの主張する被害は、健康被害・睡眠妨害・生活妨害・情緒的被害等、複雑多岐かつ広範なものであるから、これらを正確に把握し適切な法的判断に到達するためには、被侵害利益の性質・内容・程度のみならず、侵害行為の態様・程度や公共性ないし社会的有用性、侵害回避のための措置、社会的行政的な一般基準等の諸種の要因との比較衡量をなし、相対的評価を下すことが不可欠であるといわなければならない。そして、右受忍限度による比較衡量は、人格権及び環境権が法的権利として裁判上肯定しうるものであるか否か、排他的性質を有するものであるか否かに係わりなく適用されるべき基準であつて、違法性の評価に欠くべからざるものであると解される。

そこで、本件飛行場に離着陸する航空機に起因する騒音等による被害が受忍限度を超え、被告による本件飛行場の供用目的に沿う利用が、いわゆる営造物の設置又は管理に瑕疵があると評価され、あるいは不法行為に該当すると評価されるような違法性を帯有するか否かについて判断することとするが、その際、考慮すべき主要な事項としては、(1)侵害行為としての航空機騒音等の態様と程度、(2)被侵害利益としての原告ら周辺住民が被つている被害の性質と内容・程度、(3)本件飛行場の重要性ないし適地性、(4)被害の回避軽減のための被告による対策とその効果、(5)侵害行為としての騒音等に対する社会的行政的な規制に関する一般基準、(6)被害者である原告らの侵害行為への接近の度合等が考えられるところ、(1)、(2)については既に認定したとおりであるから、以下(3)ないし(6)について順次検討することとする。

二  本件飛行場の重要性及び適地性

本件飛行場は、防衛庁長官が設置・管理し、安保条約に基づき、我が国の平和と安全及び極東における平和と安全を維持するという高度に政治的行政的な目的のため米軍に対して提供され、その目的を遂行するべく米軍が本件飛行場において諸活動をなし、これと共同して、我が国の自衛隊が自衛隊法に定められた我が国の防衛等の任務のため、同じく本件飛行場において各種活動をなすものであることは、前記認定のとおりである。したがつて、本件飛行場における米軍ないし自衛隊の諸活動が、我が国及び極東の平和及び安全にどのように貢献しているかという点を個別具体的に論証することが容易でないとしても、全体としてみれば、本件飛行場は条約上の義務の履行として他国(アメリカ合衆国)に対し提供される施設であり、高度の政治的、外交的な重要性を有することは疑いのないところであるし、我が国の防衛政策上重要な役割を担つていることも明らかなことである。

しかしながら、右の政治的、外交的ないし行政的な重要性を、公益性又は公共性と呼ぶのが適当であるかどうかはともかくとして、これらは我が国の国民全体に及ぼされる利益ないし恩恵であるべき性質のものであるから、その実現のために原告らを含む飛行場周辺住民という限られた一部少数者に特別な犠牲を強いることがあるとすれば、それは看過することのできない不公平であつて、法の根本理念である衡平の原則に照らしても是正、救済されねばならない事態であることはみやすい道理である。また、本件飛行場が山岳部から離れた平野の中に位置し、飛行場として恵まれた地形的環境の下にあり、また、軍事ないし防衛を司る飛行場として、その配置及び他の諸施設との連絡、補給等の面で極めて有利な立地条件及び便宜性を有しているとしても、これがため、本件飛行場周辺に居住する一部少数者に特別な犠牲を強いることが許されるものでないことも前同様である。

そして、本件飛行場に離着陸する航空機に起因する騒音等により被害を受けると訴える地域住民は前示のとおり相当多数にのぼり、その被害内容も広範かつ重大なものであり、しかも、一般の社会共同生活において認められるように、被害者がときには加害者の立場に立ち、また加害者が被害者となるやもしれないという加害者と被害者との地位の互換性が本件飛行場に離着陸する航空機に起因する騒音等の被害に関する限り成立しえないことも明らかであるから、本件飛行場周辺においては、右の不公平な事態が生じていることは疑いない。

したがつて、後記のとおり、本件飛行場周辺住民の被害の回避軽減のため被告により講ぜられた措置が十分とはいえず、完全な救済策となつていない現状においては、本件飛行場の有する政治的、外交的ないし行政的な重要性及び適地性も、被告による損害賠償責任を一律に否定しうるほど重視すべき事情であるとは到底認めることができず、受忍限度による比較衡量をなした結果、本件飛行場の設置・管理に瑕疵が存すると評価する妨げとなるものではない。

三  被告の対策

1  周辺対策

被告による航空機騒音等の対策は、飛行場の周辺対策と、運航対策を含めた音源対策とに大別されるが、これらの対策がどのような内容で実施され、原告ら本件飛行場周辺住民の前記被害をどの程度軽減ないし回復しているかについて、まず周辺対策から検討することとする。

<証拠>を総合すると以下の事実が認められ、この認定を覆すに足る証拠はない(なお、以下認定の事実中、生活環境整備法の区域指定の一部については、本件口頭弁論終結時以降に官報等に告示された事実も含まれるが、右は法令に基づく行為で当裁判所に顕著な事実である。)。

(一) 周辺対策の経緯及び区域指定

(1) 周辺対策の経緯

被告は、昭和二八年に制定された特損法に基づき、米軍等の特定の行為によつて生ずる農林漁業等の経営上の損失について補償するとともに、米軍等の行為に起因する各種の障害を防止し、又は軽減するため、行政措置により、その都度農林漁業用施設等の防災工事及び道路の整備等の助成、学校等の防音工事の助成並びに住宅等の移転の補償等を行つてきた。

昭和四一年に至り、周辺整備法が公布、施行され、防災工事及び道路の整備等の助成、防音工事の助成、住宅等の移転補償等について法制化するとともに、市町村が行う民生安定施設に対する助成等についても規定が置かれた。

しかしながら、殊に昭和四〇年代における我が国の高度経済成長に伴い、防衛施設周辺の都市化の進展等の事情の変化により、周辺整備法に基づく措置のみでは、防衛施設の設置、運用とその周辺地域社会との調和を保つことが難しくなつてきた。そのため、昭和四九年、住宅防音、緑地整備等を加えた防衛施設周辺の生活環境の整備等の諸施策を抜本的に強化拡充した生活環境整備法が公布、施行され、現在は、主としてこの法律に基づいて様々な施策が実施されている。

(2) 生活環境整備法による区域指定

生活環境整備法は、その四条ないし六条において、住宅防音(四条)、移転措置(五条)及び移転跡地の緑地帯整備(六条)といつた重要な対策を定めており、右諸対策の基準となるのが右法条に定める第一ないし第三種区域である。

(ア) 被告は、生活環境整備法四条の規定に基づき、本件飛行場に係る第一種区域(WECPNL値で八五以上の区域)を指定したが、防衛施設周辺の生活環境の整備等に関する法律施行令(昭和四九年政令第二二八号。以下周辺対策の項において「施行令」という。)一九条の規定により、昭和五四年九月五日、防衛施設庁告示第一八号をもつて告示した本件飛行場に係る第一種区域は、別冊第3図の赤実線で囲む部分から、みなし第二種区域等を除いた部分である(以下「旧第一種区域」という。)。

また、本件飛行場については、同法施行の際、周辺整備法五条一項により指定された区域(別冊第4図青枠内部分)が現に存しており、右区域は、生活環境整備法附則四項の規定によつて同法五条一項の規定により指定されたみなし第二種区域であるところ、前記告示の備考欄2において、右のみなし第二種区域のうちWECPNL値九〇以上の区域が参考のために併せて表示してある。昭和五四年当時、右九〇以上の地域を第二種区域として告示しなかつたのは、右区域がすべて既に存在するみなし第二種区域に含まれ、この区域については生活環境整備法五条一項所定の諸対策を実施しているためである。

なお、本件飛行場周辺地域には第三種区域指定の基準に達する地域(WECPNL値九五以上の区域)は存在しない(右第三種区域に相当する地域は本件飛行場区域内となつてしまうためである。)。

右区域の指定は、施行令八条、同法施行規則(昭和四九年六月二七日総理府令第四三号)一条所定の方法で算出されるWECPNL値により騒音コンター(別冊第3図の各破線のとおり)を作成したうえで、道路、河川等現地の状況を勘案して細部については住民に有利なように行つたものである。したがつて、同図から明らかなように、曲線を描くコンターと一致せず、コンターを基準として、おおむねその外側に相当な凸凹をもつて指定されている。

(イ) ところで、右旧第一種区域は、WECPNL値八五以上であつたが、昭和五四年九月一四日総理府令第四一号により、生活環境整備法施行規則二条の「八五」が「八〇」に改正された。これによつて、先に指定された第一種区域はWECPNL値八五の範囲からWECPNL値八〇の範囲に拡大され、被告は、これに従つて第一種区域の指定のため調査検討を進め、昭和五六年一〇月三一日、防衛施設庁告示第一九号をもつて新たに第一種区域を告示した。右第一種区域は、別冊第3図の青実線で囲む部分からみなし第二種区域等を除いた部分である(以下「新第一種区域」という。)。また、右調査の結果作成されたWECPNL値九〇のコンターが、昭和五四年当時より若干拡大され、南北の先端部分がみなし第二種区域の外にまで及んだ(これは前回のコンター作成時より本件飛行場周辺の騒音がわずかではあるが激化したことを示すものである。)ことから、右みなし第二種区域外のコンター内部分を、生活環境整備法による第二種区域として同日同告示をもつて告示した。右第二種区域を含めたWECPNL値九〇のコンター(別冊第3図黄破線)に基づき理論上想定される第二種区域(現実にはみなし第二種区域が存在するため指定されない。)は、同図黄実線で囲む部分から本件飛行場を除いた部分である。

(二) 住宅防音工事

住宅防音工事に対する被告の助成措置は、生活環境整備法によつて新たに採用された周辺対策であつて、移転措置とともに、周辺住民の生活の本拠における航空機騒音の防止、軽減を図ろうというものである。

(1) 対象区域

住宅防音工事の助成対象となるのは、生活環境整備法四条によると、第一種区域指定の際、右区域内に現に所在する住宅であるが、本件飛行場における平均的飛行回数をどのように算出するか等右区域指定に伴う技術的な困難さ等のために指定が遅れ、住宅防音対策の実施は右区域指定がなされないまま、行政措置に基づいて開始された。すなわち、被告は、昭和五〇年度以降、関係地方公共団体の意見を勘案しながら、取りあえず周辺整備法五条一項の移転対象指定区域(みなし第二種区域)内に所在する住宅を対象として右対策を実施してきたのである。

したがつて、右告示後の被告の住宅防音工事助成は、行政措置ではなく生活環境整備法四条に依拠するところとなり、右区域指定告示の際、現に右区域内に所在する住宅が補助の対象となる。そうすると、従前行政措置で行つていた前記区域内に所在し、助成の対象とされていた住宅の中に旧第一種区域からはみ出すものが生じてきたが、被告はこれらはみ出し区域の住宅についても、行政的配慮から従前どおり補助の対象とすることとしている。また、拡大指定された新第一種区域内の住宅についても、従前どおり住宅防音工事の助成が行われるものである。

(2) 規模及び内容

補助金交付の対象となる住宅防音工事の規模及び内容は、現在、まず家族数が四人以下の場合一室、五人以上の場合二室(当初は一世帯一室を原則とし、五人以上の家族構成で六五歳以上の者、三歳未満の者、心身障害者又は長期療養者が同居する世帯については二室とされていた。)の範囲で行うことを当面の目標としている。

右住宅防音工事の概要は、外部及び内部開口部、外壁又は内壁及び室内天井面のしや音及び吸音工事並びに冷暖房機及び換気扇を取り付ける空気調和工事であつて、これに対する補助率は一〇分の一〇(ただし、一定の最高限度額を設けている。)とされており、被告は、各対象家屋所有者らに対して改造工事施工費用相当額を補助金として交付するものである。

補助額はほとんどの場合工事費全額であつて、例えば、開口部となる窓が二面、三面もあり通常の面積規模に比較して特に大きいものとか、建物の構造が通常より特に異つているというような特殊な場合を除いて個人負担が生じることはなく、実際にも個人負担を生じたケースは極めてわずかである。ちなみに、本件飛行場周辺で実施した個人住宅防音工事のうち、自己負担を生じたものは全件数一〇三三件のうちわずか四件で約0.4%である。しかも、自己負担額の補助金に対する割合は約0.06%にすぎない。

なお、住宅防音工事に要する費用の平均単価は、一室の場合約一五四万円、二室の場合約二八八万円、全室防音の追加工事分に要する費用は一戸当り約三四〇万円である。

また、防音効果を上げるために、防音居室が気密になつているので、その室内の生活環境を良好に保つことができるように換気装置、冷暖房装置を施しているが、その維持管理費(電気料)は補助事業者(住民)の負担とされている。

(3) 実施状況

被告が本件飛行場周辺において実施した住宅防音工事助成の実績は、別冊第29表のとおり、昭和五五年一二月末までに、四八七九戸の住宅に対して被告の助成による防音工事が完了し、それらに対する補助金総額は約八六億四二二万円にのぼつている。

原告らのうち、昭和五五年一二月末までに右住宅防音工事の助成を受けて防音工事を完了したものは、別冊第28表のとおり一四戸である。その内訳は、旧第一種区域内にある者が対象戸数二三戸のうち七戸であり、みなし第二種区域内の者が対象戸数一二戸のうち六戸、右の両区域外の者が一戸である。ちなみに、被告の助成を受けて住宅防音工事を完了している原告らの氏名は、昭和五二年度の原告番号88高田繁子、同五三年度の同74村山カツ代、同五四年度の同18知久和美、同23鴨志田強、同24渡辺鳥子、同25真田英一(二室)、同59月生田俊夫(二室)、同68沢田良友(二室)、同81小林久米三、同93小針ぬい子(二室)、同五五年度の同30増賀光一(二室)、同51木下定一、同55菊池陸男、同84菅野栄子(二室)である。

ところで、今後住宅防音工事助成の対象となる住宅数は、旧第一種区域内に約二〇〇〇戸程度、右区域を除くみなし第二種区域内に約七〇〇戸程度あり、更に、新第一種区域の指定に伴つて住宅防音工事の助成対象戸数が増大した。したがつて、補助金交付の申請がなされても、一挙に全戸数に対して交付を行うことはできないが、被告としては、年度実施計画に従つて各関係自治体に計画戸数を通知し、各自治体に関係自治会と調整をとつてもらつたうえで、優先順位を付した実施希望者名簿の提出を求め、これに従つて現地調査を行い、採択決定をし実施していく方針にしている。

なお、被告は住宅防音工事の終局的な目標を全室防音工事(五室を限度としているが、我が国の個人住宅の一般的規模からすると右の限度であればほとんどの住宅が全室について防音工事が施工されることになる。)の助成に置いており、昭和五四年度には、試験的に本件飛行場周辺で三〇戸の全室防音工事を実施し完工した。

(4) 効果

個々の住宅防音工事は仕方書のとおりなされているところ、右仕方書によれば、住宅防音工事施工後の内外の騒音レベル差が、二〇dB(A)以上あることが要求されており、仕方書には右効果が達成されるよう工事の設計、使用建具(例えば、開口部には、三ミリないし五ミリのガラス入気密建具とし、しや音量は二五ないし二八dB(A)以上としている。なお、実際には五ミリガラスが用いられている。)、工法等について厳格な基準が定められている。したがつて、仕方書どおりの防音工事が施されれば、二〇dB(A)以上のしや音効果はあるものといえる。そして、いくつかの防音工事施工室での効果測定及び当裁判所の検証の結果によれば、家屋の材質、構造、防音室の位置(一階か二階か等)、家屋全体の出来具合、建築からの年数等によつて多少の相違はあるものの、二五ないし三〇dB(A)程度のしや音効果のあることが確認されている。

なお、大和市が昭和五三年に実施した住宅防音工事のアンケート調査の結果によれば、防音工事施工後騒音が大分軽減されたとする者13.2%、多少軽減されたとする者69.4%、変らないとする者17.1%であり、また、工事を行つて非常に良かつたとする者14.1%、良かつたとする者62.8%、わからない、あまり良くないとする者20.3%である。全室防音工事を希望する者は78.2%の多数に及び、一室あるいは二室の防音で十分とする者は17.2%にすぎない。

以上のとおりであるから、住宅防音工事が実施された家屋にあつては、航空機騒音による被害はかなり軽減されているものと考えられ、しかも、右工事費用の平均単価が相当高額であり、右工事が実施されている家屋はそれに匹敵する利益を受けていることが明らかであるから、右防音工事が実施されているか否かあるいは一室防音か二室防音かという事情は、受忍限度を判断する際に重視すべき事情の一つであることを失わず、このことは損害賠償責任が肯定される場合には慰謝料額の算定にあたつて当然考慮さるべき重要な一資料となること疑いの余地がない。

しかしながら、右防音工事は現在のところ原告らについては一室ないし二室しか施工されておらず、また、それ以上は施工されえないのであり、人の住居内における生活空間が一室ないし二室の区域に限られるものではないから、騒音の暴露から十分に防止されるわけではない。また夏季に長時間冷房機を使用して防音室を閉め切つておくことは健康上支障を生ずるおそれもあり、あるいは自己負担とされる経済的支出(電気料金等)が増加するなどのため、常時防音室内にいることにも問題がなくはないから、右工事を実施した原告らにおいても騒音被害が完全に救済されるまでには至つていない。

しかも、本件飛行場周辺住民の中には住宅防音工事を実施せずにいる者も多く、原告らのうちに右防音工事の助成が受けられる地域に在住しながらその申請を控えている者が、昭和五五年一二月末現在(右の新第一種区域の告示前)で二二名いる(みなし第二種区域内には原告番号1、6、7、8、9、10、58、89の各原告ら八名、旧第一種区域内には原告番号2、3、5、13、15、16、17、20、21、22、26、27、28、87の各原告ら一四名、ただし助成適格者であつたがその後助成対象区域外へ転居した原告らを除く。)が、これらの者にとつてはその騒音が軽減されないのは当然であり、また右申請をなさないことが、前記理由及び住宅が老朽化し防音工事の効果に疑問がある、あるいは新築後間もない等の理由によるものであるとすれば、それは生活上ないし経済上やむをえないものと解されないではなく、右の未申請の状況をもつて直ちに原告ら周辺住民の一方的な都合によるものと断定して非難することも適当でないから、結局、住宅防音工事といえども、本件飛行場周辺における激甚な騒音を十分に防止し、被害を完全に救済するには至つていないものといわなければならない。

(三) 住宅防音以外の防音対策

(1) 学校等の防音工事

被告は、本件飛行場周辺において、昭和二九年度から昭和四一年七月二五日までは行政措置に基づき、同月二六日から昭和四九年六月二六日までは周辺整備法三条二項に基づき、また、同月二七日から現在に至るまでは生活環境整備法三条二項に基づき、防音工事に係る必要費用相当の補助金(工事費、実施設計費及び地方事務費である。なお、防音助成は、防音工事に係る費用に限られ、その余の工事費は右助成の対象とはならない。)の交付により学校等(対象となる施設は必ずしも法人格を有していなくともよい。)の防音工事を実施してきている。

(ア) 範囲及び基準

右防音助成の対象となるのは、生活環境整備法三条二項一号に基づき、学校教育法一条に規定する学校(小学校、中学校、高等学校、大学、高等専門学校、盲学校、聾学校、養護学校及び幼稚園)及び生活環境整備法三条二項三号に基づく同法施行令七条一号、二号に定める保育所、精神薄弱児施設、教護院、精神薄弱者更生施設等の施設であつて、かつ、これらの施設に対する音響の強度及び頻度が、同法施行令五条に基づき防衛施設庁長官の定める限度を超える場合である。右に定める限度は、昭和四九年六月二七日防衛施設庁告示第七号の別表第一ないし第三に掲げるいずれかに該当する場合である。

そして、右の基準に該当する場合には、防衛施設周辺防音事業補助金交付要綱(昭和四二年六月一日防衛施設庁訓令第一二号)の別表第2の2の適用基準に定めるところに従つて、一級から五級までの防音工事につき助成が行われる。右補助の割合は、原則として一〇分の一〇であるが、右補助により補助事業者を利することがある場合(例えば、改築に伴う耐用年数の延長や廃材取得等の利益を補助事業者が取得する場合)においては、右要綱の五条掲記の表上欄に定める割合に従つて減じるものである。ただし、その場合であつても、防衛施設庁にあつては、他省庁における一般行政の同種事業の補助割合を下回ることのないよう配慮している。

(イ) 実績

被告が右防音工事について必要費用相当の補助金を交付した本件飛行場周辺の学校等の防音工事に係る昭和五五年一二月末現在の実績は、別冊第30表のとおりである。補助金の交付額を施設別にみると、小・中・高等学校が合計九七校で補助金として約九一億八六四一万円、併設校(幼・小・中・高併設一校、幼・小・中・高・短大併設一校)が二校で補助金として約五億五八〇〇万円、幼稚園及び保育所が九施設で補助金として約一億九八〇〇万円をそれぞれ交付している。

これらの学校等施設のうち、原告ら居住地周辺(大和市、座間市)の防音工事補助事業実施校は、別冊第31表及び第7図のとおり三六施設であり、昭和二九年度から右表に該当する小・中学校の防音工事に係る補助金の交付が実施された。

(ウ) 防音事業関連維持費の補助

学校等の防音工事関連設備の維持、管理に要する費用に対しては、一定限度で被告からの補助が行われており、本件飛行場周辺地域についても、昭和四八年度から実施されている。

右補助事業の対象施設は、自衛隊等の航空機の離着陸等の実施その他の行為により生ずる音響で著しいものを防止又は軽減するために防音工事を実施した小学校、中学校、幼稚園及び保育所(生活環境整備法三条二項所定のもの)であり、その補助の対象とする経費の範囲は、年度ごとに、小・中学校の授業時間、幼稚園の教育時間又は保育所の保育時間において、換気設備(送風機、排風機等)、温度保持設備(熱風炉、加温器等)及び除湿設備(冷凍機、冷却塔等)を使用したことにより必要とした電気の料金である。そして、補助金の額は、年度ごとに、必要とした電気料金に三分の二を乗じて得た額の範囲内の額であり、予算の範囲内において、事業を実施した地方公共団体その他の者に対し交付するものである。

本件飛行場周辺地域におけるその実施状況についてみると、昭和四八年度以降昭和五五年一二月末までの実績は、別冊第32表のとおりであり、総額約二億二〇〇五万円となつている。

また、原告らの居住する大和市についてみると、同表によれば総額約五九七九万四〇〇〇円となつている。

(2) 病院等の防音工事

被告は、昭和三五年度から昭和四一年七月二五日までは行政措置により、同月二六日以降現在に至るまでは前記(1)の場合と同様に周辺整備法又は生活環境整備法三条二項に基づき、病院等の防音工事につき補助金を交付し、右工事の実現を図つてきている。

(ア) 範囲及び基準

右防音助成の対象となるのは、生活環境整備法三条二項二号に基づき、医療法一条一項に規定する病院(医師又は歯科医師が公衆又は特定多数人のため医業又は歯科医業をなす場所で、患者二〇人以上の収容施設を有するもの)、同条二項に規定する診療所(右と同様の業を行う場所であるが、患者の収容施設を有しないもの又は患者一九人以下の収容施設を有するもの)及び同法二条一項に規定する助産所(右病院及び診療所以外のもので助産婦が公衆又は特定多数人のためにその業務をなす場所)並びに生活環境整備法三条二項三号に基づき、同法施行令七条三号ないし七号に定める保健所、救護施設、特別養護老人ホーム、母子健康センター等の施設であつて、かつ、前記学校等の場合と同様音響の強度及び頻度が防衛施設庁長官の定める限度を超える場合である。右に定める限度を超えるとは、前記防衛施設庁告示の別表第四(ただし、保健所については別表第五)に掲げるところのいずれかに該当する場合である。

そして、右の基準に該当する場合には、被告は前記学校等施設の防音工事助成と同様の補助を行うのである。ただし、病院等の場合には、減ずる補助の割合は前記要綱五条掲記の表の下欄に定めるところに従うこととなる。

(イ) 実績

別冊第30表に明らかなように、昭和五五年一二月末現在の実績は、病院七施設、精神薄弱者更生施設、精神薄弱児通園施設(大和市松風園)、精神薄弱児通園施設(綾瀬市)の合計九施設であつて、右各工事のため、被告は、合計約一二億六五〇〇万円の補助金を関係自治体等に交付している。

右のうち、原告らの居住する大和市についてみると、昭和五五年一二月末現在、病院二施設、精神薄弱者更生施設、精神薄弱児通園施設(大和市松風園)の合計三施設に対し、被告は、合計約六億五六〇〇万円の補助金を交付しているのである。

(3) 民生安定施設の防音工事

被告は、前記公共施設の防音工事助成のほかに、生活環境整備法八条に基づき、地方公共団体が、防衛施設周辺地域の住民の生活又は事業活動への障害緩和のために、防音工事を施した公共施設を整備する場合に、これに対しても助成を行つている。

右の対象となる施設は、同法施行令一二条掲記の表に定めるもの(学習等供用施設(公民館、図書館を含む。)、老人福祉センター等)であつて、かつ、前記(1)の学校等防音工事について定める一級又は二級に相当する場合である。工事の内容は、各施設の用途、目的に応じ、学校等の場合に準じて行う。補助の割合又は額は、右施行令一二条の表に定めるところに従う。

そして、被告は、本件飛行場周辺地域において、別冊第33表のとおり、昭和四一年から昭和五五年一二月末現在までに、公民館三施設、特別集会所一施設、老人福祉センター一施設、図書館二施設、市庁舎三施設、消防庁舎二施設及び学習等供用施設一一施設の合計二三施設に対し、合計約一二億七九八〇万円の補助金を関係地方公共団体に交付している。

右のうちには、同表から明らかなように、原告ら居住地周辺にある施設も多い。

(4) 学校等公共施設の防音工事の内容と効果

(ア) 内容

被告が補助事業の対象としている防音工事は、防衛施設周辺防音事業に係る音響の強度及び頻度の測定等に関する訓令に定める方法に従つた騒音測定結果に基づき、補助金交付適用基準(前記防衛施設周辺防音事業補助金交付要綱の別表第2の2)に照らして、一級から五級までの工事種別に分けられている(ただし、民生安定施設については一級及び二級のみに分ける。)。右各種別の工事内容の主な違いは、音響の防止又は軽減量に差があることであり、例えば、一級工事が三五dB以上、二級工事が三〇dB以上三五dB未満(以下五dBの割合で順次低下する。)等となつている(同要綱の別表第2の1参照)。また工事の方法としては、改築(木造等施設を鉄筋コンクリート造りの施設とし、防音工事を施すもの)、改造(既存の建物に防音工事を施すもの)、併行(建物を新築又は増築する場合に併せて防音工事を施すもの)及び移転がある(同別表第2の1)。なお、換気、除湿(冷房)及び温度保持(暖房)工事も併せて施工する。

ところで、本件飛行場周辺の学校等公共施設の防音工事は、一級及び二級防音工事であるが、原告ら居住地周辺ではすべて一級防音工事として補助している。

なお、大和市の小・中・高等学校には、温度保持工事が施されていないが、その理由は大和市から右工事助成の申請がないためであり、また、民生安定施設に対する防音工事については大和市の申請により、更に除湿(冷房)設備が設けられている。

(イ) 効果

学校等公共施設については、いずれも標準仕方書どおりに実施されており、原告ら居住地周辺の右諸施設についても同様であつて、一級防音工事の目標とする三五dB以上のしや音効果が得られている。

したがつて、学校等の公共施設における騒音暴露は相当程度軽減されているものと認められるが、右諸施設において年間常時窓を密閉した状態を保つことには前記第五(被害)五、7教育に対する悪影響で認定したとおり、いくつかの弊害が伴うものであつてこれを実施することが困難な場合もあり、結局、本件飛行場に離着陸する航空機に起因する騒音等の被害を完全に救済するには至つていないといわなければならない。

(四) 移転措置等

被告は、昭和三五年一〇月一八日の閣議決定に基づき、昭和三五年度の予算措置をもつて、本件飛行場周辺で、飛行場に近接し、航空機の運航上好ましくなく、また、航空機騒音等の影響により居住等の環境として適切でないと思われる区域に建物等を所有する者について、移転措置対策の実施を開始した。すなわち、右区域に居住等する住民をより好ましい環境に移転させるとともに、その跡地を買い上げて緑地緩衝地帯とすることによつて、周辺住民の生活環境の整備を図り、併せて飛行場の安全確保に資することを目的とするものである。

(1) 移転措置

右移転措置の内容は、その後周辺整備法によつて明文化され、同法五条に、防衛施設庁長官が指定する区域に当該指定の際、現に所在する建物等の所有者が当該建物等を同区域外に移転し、又は除却する場合の移転補償及び右区域に所在する宅地等の買取りに関する規定が設けられ、更にその後、生活環境整備法五条一、二項にも受け継がれている。

そして、被告は、昭和三五年度の予算措置をもつて、対象区域内に所在する家屋一八戸の移転及び土地約一万七〇〇〇平方メートルの買収を実施して以来、引き続き対象区域内における移転措置等を行つている。その後、本件飛行場周辺の移転対象区域は、周辺整備法五条に基づき、昭和四二年三月三一日、別冊第4図の青線で囲まれる範囲(進入表面及び移転表面の投影面と一致する区域のうち、着陸帯の短辺の側における着陸帯の中心線の延長一〇〇〇メートルの点において中心線と直角をなす二つの平行な直線によつてはさまれる区域―昭和四二年三月三一日防衛施設庁告示第五号)に指定され、周辺整備法廃止後右区域は、生活環境整備法附則四項の規定によつて同法五条一項の規定により指定された区域とみなされている。

移転措置実施の手続は、「自衛隊等の使用する飛行場等周辺の移転補償等の実施に関する訓令」に基づいて進められ、建物等の移転補償は、建物移転費又は除却費、動産の移転費、仮住居費、立木竹の補償、商店等の営業者に対する営業補償等である。また、移転に伴う土地の買入れは、建物等の移転、除却に係る宅地及びその他の関連土地が対象となつている。そして、右補償額は、昭和三七年閣議決定された「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」に準拠して算定されている。

本件飛行場周辺における昭和三五年以来の移転補償の対象家屋数は総計六三七戸であるところ、別冊第34表のとおり昭和五五年一二月末現在の移転済み戸数は二二一戸であり、また買収済み土地は約六四万四〇〇〇平方メートルである。被告は右移転措置の実施により合計約三一億九六八五万円を支出している。

ところで、原告らの中で、昭和五六年五月一八日現在、みなし第二種区域内に居住している者は一九名である。このうち七名(原告番号2、3、5、55、59、84、87)は、周辺整備法施行令(昭和四一年政令第三四三号)一六条の規定に基づく告示後に対象区域内に居住したため移転措置を受ける対象者とはならない者であり、他方、移転措置を受けることのできる対象者一二名(原告番号1、6、7、8、9、10、51、58、74、81、88、89)は、いずれも移転補償の申請をしていない。

しかしながら、右移転措置の実施にあたつては、補償額が前記「公共用地の取得に関する損失補償基準要綱」に従い公示価格等を参考にして算定されるものの現実の不動産取引価格からみると相当に低廉であり、また補償の対象が主として土地建物所有者であり借家人等の移転には十分な補償がなされないなどの理由から、移転措置は必ずしも該当住民に活用されておらず、別冊第34表によれば昭和四七年以降本件飛行場周辺における建物の移転補償例が一件もないなど、騒音被害の改善に制度が予期したほどの効果をあげていないものと認められる。

(2) 緑地整備対策

被告は、昭和四五年度から、移転措置実施後の跡地について、行政措置及び生活環境整備法六条の趣旨に基づき、直轄事業として緑地化対策を行つており、その目的は航空機の運航上の支障を軽減するとともに、その跡地を整備し、植樹等によつて緑地化し、飛行場に近接した地域としての好ましい自然環境に整えようというものである。

その結果、別冊第35表のとおり、昭和五五年度末までに四二万九〇〇〇平方メートルの土地区域を緑地緩衝地帯とし、そのために約一億七九〇九万円を支出した。右区域のうち二六万六〇〇〇平方メートルの地域に、マツ、スギ、ヒノキ、サワラ、ヒマラヤスギ、マテバシイ、サクラ、サンゴジュ、トウネズミモチ、ニセアカシア等の樹木を、また一六万三〇〇〇平方メートルの地域には牧草を、それぞれ植栽した。例えば、本件飛行場の南側一帯約二万八三〇〇平方メートルの地域が植樹等により緑地整備され、航空機が離着陸する際に安全地帯としての機能を果たすとともに、騒音レベルの低い地上音についての軽減にある程度役立つている(この点は、植樹した樹木の成長とともに効果を高めていくものと考えられる。)。

また、被告が買い上げた移転跡地の利用方法としては、右の緑地緩衝地帯として利用するほか、市民のスポーツ広場としても利用されている。これは、原告らの居住する大和市が人口急増都市であるのに、市民生活のための憩いの広場が著しく不足しており、特にスポーツ施設の不足が顕著であることから、移転跡地の一部について同市からスポーツ施設としての使用許可申請がなされたことに基づき、被告が同市に対し右土地の一部を同市市民のスポーツ広場として無償で使用することを許可したものである。例えば、「大和市営草柳庭球場」(被告は、生活環境整備法九条に基づいてその建設費として約四〇〇〇万円を支出している。)は、その例の一つであり、主婦、学生等同市市民によつて利用されている。

しかしながら、右緑地緩衝地帯が本件で最も問題とされる上空からの激甚な航空機騒音の防止軽減には、ほとんど効果をあげていないし、また、右緑地緩衝地帯やスポーツ広場としての移転跡地の利用が、大和市における望ましい自然環境、居住環境の形成に役立つているとしても、これらが現実に暴露されている激甚な航空機騒音等の深刻な被害の救済改善に直接的かつ効果的な対策となつているとはいい難い。

(五) その他の周辺対策

被告によるその余の騒音対策及び騒音対策以外の周辺対策は、以下のとおりである。

(1) 騒音用電話機の設置

騒音用電話機の設置は、防衛施設庁の行政措置としてなされてきているものであり、本件飛行場周辺地域についても昭和四七年度から実施されている。右事業の対象区域は、本件飛行場の着陸帯の短辺の延長で本件飛行場の外辺から一キロメートルの距離にある点及び長辺の延長で本件飛行場の外辺から五キロメートルの距離にある点(主要着陸帯から同一方向にある二点のうちいずれか遠距離にある点)を通つて主要着陸帯に平行する直線で囲まれた長方形を基準として、その周辺の地形、集落の状況等を考慮して別に定めた区域(別冊第8図の赤線で囲む区域である。これは後述のテレビ受信料減免措置対象区域と同一区域である。)内において、現に通常の電話を設置している者で騒音用電話機の設置を希望する者に対して実施している。その実績は、別冊第36表のとおり、昭和五五年一二月末現在の設置完了の騒音用電話機は、一万三七四台で約五一八七万円を補助しており、今後も申請があれば補助を行う。

右措置について、原告らに対する実施状況は、別冊第28表のとおり、原告番号1鈴木保、同3高橋弘子、同4貞村静雄(転居)、同5鈴木光子、同6渡辺シゲ、同7小沢ユキ、同8堀米良見、同9高野敬造、同10近藤文江、同11田中文雄(転居)、同12家串松三郎(転居)、同13水上京子、同14小川正(転居後死亡)、同15中川幸子、同16小川昇、同17望月守男(死亡)、同18知久和美、同20石川恒夫、同21真屋求、同22藤田武雄、同24渡辺鳥子、同28角田敏太郎、同30増賀光一、同31志治高明(死亡)、同32小柳久夫、同33黒田矩敬(転居)、同35千葉寛、同44山田よし子、同45丸山利一、同50浜崎重信、同51木下定一、同52岡本美佐子(転居)、同55菊池陸男、同58神岡茂、同59月生田俊夫(死亡)、同68沢田良友、同70篠塚定代、同74村山カツ代(死亡)、同76田辺富美代、同78室井謙語、同84菅野栄子、同85宮嶋雅子(転居)、同86永友輝美(転居)、同87桜田みつ、同89斉藤弥作、同91星多千男(転居)、同92樽川春夫の合計四七名が騒音用電話機設置の補助を受けている。また、原告番号46小沢一彦、同82関谷道彦の二名は電話機を設置しておらず、他の四三名については申請がなされていないもの又は対象区域外に転居したものである。

右騒音用電話機は、電電公社が騒音用電話機として一般に販売しているもので、騒音の激しいプラットホーム、ガード下等に設置されているものと同じものである。この電話機は、通常の電話機の送受器部分を騒音防止送受器に取り替えたもので、外観は、わずかに送話口が多孔となつている点が異なるのみであるが、送話口にダイナミックマイクを装置して通話以外の周囲騒音を消去するようにし、送受話口には通話音声を大きくするために増幅器を、また、受話口に回り込む側音を防止するため側音改善回路を付加する等の装置が施されている。

右の改良によつて通話性能が改善され、使用説明書によれば、通常の電話機は周囲の騒音が八〇dB(A)を超えると通話が困難となるのに対して、騒音用電話機は九〇dB(A)の中でも通話は良好となり、一〇〇dB(A)未満までは多少影響があつても通話は可能であるとされる。

しかしながら、騒音用電話機が十分効果を発揮するためには、その使用にあたつて送話口のまわりを手や布等で囲わないようにし、送話口に対して直角に話しかけるなどの方法を遵守しなければならず、煩わしさがあるうえ、送話・受話の音量が期待したほど増大せず明瞭な会話が実現しないため、一度設置した騒音用電話機を取り外す者もないわけではなく、結局、騒音用電話機の設置が電話聴取妨害の被害をある程度軽減する効果を有することは認められるものの、なお右被害を十分に救済する対策となつているとはいい難い。

(2) テレビ受信料の減免措置

テレビ受信料の減免措置は、日本放送協会放送受信料免除基準に基づき、飛行場周辺の一定該当区域に居住する者が、同協会から受信料の二分の一の減免を受けうるものとされ、右減免された受信料相当額を被告が行政措置によりNHKに補てんすることにより行つているものである。

本件飛行場周辺地域で、右減免措置の対象となる区域は、騒音用電話機の設置補助区域と同一である。

本件飛行場周辺地域におけるその実施状況についてみると、別冊第37表のとおり、昭和四五年度以降、昭和五四年度末までの実施の補てん延べ件数は、約三七万五〇〇〇件、補てん総額は、約一一億六〇一五万円となつている。

テレビ受信料減免の原告らに対する実施状況をみると、別冊第28表のとおり、原告番号69猪熊勝代(契約名義はイノクマショウザブロー。以下同じ。昭和五一年四月受信契約締結)、同90刈谷悦子(カリヤセイゾウ。昭和五三年二月受信契約締結)の二名は、それぞれ受信契約締結以降受信料の半額を免除されている。また、原告番号23鴨志田強は海老名市国分一九四三に転居している期間(昭和五一年一〇月三〇日から同五三年五月二八日)を除き、受信料の半額免除を受けている。

しかしながら、右以外の原告らのうち次の原告らは、受信契約を締結していながら、受信料を支払つていないために、右減免措置を受けることができない者である。すなわち原告番号3(タカハシヤスユキ)、11、12、21、22、25、26、29、35、37、39、42、44(ヤマダショウジロー)、45、46、47、48(イノウエシンジ)、49、54、55、59、64(アベシゲジ)、68、71(ナカムラトメキチ)、73、74(ムラヤマタカユキ)、75、76(タナベカネサダ)、77(タナベショウイチ)、78、79、80、92、93(コバリトオル)の合計三四名である。

また、以上の原告ら以外の五三名の原告らは、NHKとテレビ受信契約を締結しておらず、このために受信料の減免措置を受けることができない。

また、原告番号51木下定一は、昭和五一年四月以降、同61細川君子は、昭和四〇年以前から、それぞれテレビ自体を所有していないため、テレビ受信障害自体が存在しない。

しかしながら、右減免措置は不完全な給付に対する反対給付の減免に基づく損害を不完全な給付の原因を与えている被告が補填するといういわば当然の事理に基づくものであるうえ、もともと、映像の乱れとか音声の聴取障害等の被害自体を解消又は軽減する対策でないことは明らかであり、しかも右減免措置は、昭和三五年に結成された同盟が継続して行つてきたNHKに対する受信料不払運動に対処するため被告がやむなく実施したという色彩の濃いものであることを考え合わせると、これが原告らのテレビの視聴妨害ないし情緒的被害を十分救済する対策であるとは認め難い。

(3) 財政的助成

(ア) 障害防止工事の助成

被告は、本件飛行場のごとく自衛隊等の使用する施設の周辺において自衛隊等の行為によつて生ずる障害を防止又は軽減するために、昭和三〇年度から、行政措置、周辺整備法三条一項、生活環境整備法三条一項に基づいて、河川、道路等の改修工事につき補助金を交付している。

すなわち、別冊第38表のとおり、昭和五五年一二月末までに、被告は、引地川流路工事、蓼川流路工事、深谷川流路工事、南面排水路流路工事及び管布設工事(防災調節池を含む。)、比留川流路工事、水の頭排水路管布設工事、深谷用水路流路工事及び相模鉄道防護工事の計八施設について、総額一〇億九四六三万円の補助金(道路の整備事業に係るものは除く。)を関係自治体に交付している。

(イ) 民生安定施設の一般助成

民生安定施設の助成とは、本件飛行場の設置又は運用によつて、周辺地域の住民の生活又は事業活動が阻害されるような場合、その障害を緩和するために、地方公共団体が生活環境施設又は事業経営の安定に寄与する施設の整備について必要な措置を執るに際して、当該地方公共団体に補助金を交付する措置である。被告は、昭和三八年度から昭和四一年七月二五日までは行政措置として、同月二六日から昭和四九年六月二六日までは周辺整備法四条に、同月二七日から今日に至るまでは生活環境整備法八条にそれぞれ基づいて、関係地方公共団体に別冊第39表のとおり右民生安定事業につき補助金を交付している。

すなわち、昭和三八年度から昭和五五年一二月末までに、一般助成として道路、飲料水施設、消防施設(防火水槽、消防自動車)、ゴミ処理施設、し尿処理施設、水泳プール、無線放送施設等の設置事業に対して助成を実施し、総額四億五三〇八万円(道路の整備事業に係るものは除く。)の補助金を大和市、綾瀬市等の関係自治体に交付している。また、道路整備事業に対しては、昭和五五年一二月末現在で一二億九八三万四〇〇〇円の補助金を支出している。右助成によつて、大和市無線放送施設、スポーツ施設等が設置された。

(ウ) 特定防衛施設周辺整備調整交付金の助成

被告は、生活環境整備法九条に基づき、同法施行令一四条所定の公共用施設の整備のために、同令一五条、同法施行規則三条により算定した額に従つて、別冊第40表のとおり、昭和五〇年度から本件飛行場周辺の大和市及び綾瀬市に対し、昭和五五年一二月末までに、合計約一一億一八七八万円の特定防衛施設周辺整備調整交付金を交付しているところ、大和市に対する交付額は約五億三六三四万円である。

右の交付金による整備の対象となる公共用施設は、交通施設及び通信施設、スポーツ又はリクリエーションに関する施設、環境衛生施設、教育文化施設、医療施設、社会福祉施設、消防に関する施設、産業の振興に寄与する施設(ただし、被告が設置するもの及び被告の補助を受けて設置するものは除かれる。同令一四条)である。大和市は、被告から交付される右調整交付金によつて、社会福祉施設、公園施設、スポーツ施設、消防施設、学校備品等の整備、補充を行つている。

(エ) 農耕阻害補償

被告は、昭和三七年から昭和五四年九月三〇日までの間、本件飛行場の南北進入表面下にあつて、滑走路の先端から一キロメートル以内において農業を営む者に対し、航空機の離着陸によつて農耕阻害を被ることがあるとして、補償を実施してきた。右補償の趣旨は、農作業に従事中頭上を航空機が航行するため農作業に支障が生じることもありうるとして、これを農耕阻害とみて損失補償をしようというものである。

そして、被告は、別冊第41表のとおり昭和四九年三月三一日までは特損法に基づき(特別損失補償費)、同年四月一日から昭和五四年九月三〇日までは生活環境整備法一三条に基づき(施設周辺損失補償費)、約四六四五万二〇〇〇円(内訳は、大和市内の者が約三九二〇万六〇〇〇円、綾瀬市内の者が約七二四万六〇〇〇円である。)の補償金を支払つてきた。

(オ) 飛行場周辺地域の民有地の借上げ措置と緩衝地帯の設定

被告は、昭和五四年一〇月一日から、本件飛行場に離着陸する航空機による障害防止に資するため、同飛行場の南北進入表面下に緩衝地帯設置の必要を認め、同地域内にある農耕地等の民有地について賃貸借契約を結び、同借地を緩衝地帯としている。右措置のために被告が支出した賃料総額は、別冊第42表のとおり昭和五五年三月三一日までで約八七九万円である(筆数二四二筆、対象者数五六名、借地面積約一九万六〇〇〇平方メートル。)。

被告は、右借上げ地について民家の建築等航行上の障害物等の設置を禁じ、航空機の航行自体の安全及び不測の事故発生を防止している。

(カ) 国有提供施設等所在市町村助成交付金(基地交付金)及び施設等所在市町村調整交付金(調整交付金)の助成

基地交付金は、国有提供施設等所在市町村助成交付金に関する法律(昭和三二年法律第一〇四号)に基づき、昭和三二年度から、被告がその所有する固定資産のうち、米軍に使用させている固定資産や自衛隊が使用する固定資産の台帳価格に応じて、被告(自治省所管)が右該当市町村に交付しているものである。助成の趣旨は、市町村が右国有資産に対しては固定資産税を課することができないため、これに代替するものとして、財政補給をしようというものである。

調整交付金は、施設等所在市町村調整交付金交付要綱(昭和四五年一一月六日自治省告示第二二四号)に基づき、昭和四五年度から、被告(自治省所管)が、米軍の資産に係る税制上の非課税特例措置等により該当市町村が受ける影響を考慮し、財政補給を行うという趣旨の下に交付しているものである。

基地交付金、調整交付金はともに自治省所管の交付金制度であるが、いずれも交付に当つて条件又は使途についての制約等は一切付していない一般財源の補給金である。なお、防衛施設庁は、右交付金助成実施のために、各市町村別に、それぞれの基地面積及び台帳価格を自治省に報告している。

被告が、原告らの居住する大和市に対し、交付した右各交付金は、別冊第43表のとおり、基地交付金が合計約八億六六五五万六〇〇〇円、調整交付金が合計一億四五五四万三〇〇〇円であり、殊に基地交付金の交付額は、昭和五三年度以降、一年度当り一億円を超す額に上つている。

右各種補助金、交付金の助成は、原告らの居住する本件飛行場周辺の道路や水路の整備あるいはゴミ処理、し尿処理等の公共施設や消防の整備といつた事業に対してなされ、これらの事業の遂行に貢献し、周辺住民の生活に利便をもたらし生活水準を向上させることにより、間接的に本件航空機騒音等に起因する不快感等の情緒的被害を幾分なりとも軽減させるに役立つであろうことはうかがえるが、これが激甚な航空機騒音等を防止し、深刻な被害を救済する直接的かつ効果的な対策となつているということはできない。

2  音源対策等

航空機騒音対策としては、移転措置、防音工事等のように騒音の障害を受ける側に施す対策のほかに、騒音をその発生源で抑える方法ないしこれに準ずる運航方法に改変を加えたり、発生源をしやへいするといつた対策が考えられるが、これらの点について、<証拠>を総合すると以下の事実が認められ、この事実を覆すに足る証拠はない。

(一) 音源対策

(1) 音源対策は、騒音をその発生源で抑える方法であり、騒音問題の根本的な解決に大きな役割を果たすものであつて、具体的には騒音の小さい新型機種に切り替える方法や、航空機のエンジンを改修して騒音を小さくする方法などがその例である。航空機の性能上このような音源対策は一般に困難なものとされていたが、民間航空機にあつては、国際民間航空機構(ICAO)の騒音規制基準が制定され(騒音証明制度)、それ以後製造されたB―747、L―1011、DC―10などの低騒音機が出現し、現用のDC―8などに比べると格段に騒音が少なくなつている。また、新型低騒音機の開発技術を現用機のエンジンに応用することによつて、一部の現用機については低騒音化のための改修が可能となつており、音源対策もここ数年の間にかなりの成果をえている。しかし、自衛隊機及び米軍の軍用機については、騒音証明制度の適用はなく、その性能技術上、騒音の軽減低下はほとんど期待しえない。しかも自衛隊機については、現用エンジンのほとんどは輸入又はライセンス生産により取得したものであるから、我が国独自の開発技術を騒音減少対策についても反映させることは困難な状況であるという点も音源対策上の制約となつている。

(2) 地上における航空機のエンジンの整備や調整に伴う騒音の一部については、昭和四四年六月に総工費二億三三〇〇万円を費やし、本件飛行場内に二箇所自衛隊及び米軍の消音装置が各々設置された。右のうち一基は、取り外したエンジンに用いられるもの(テストセル用)であり、他の一基はエンジンを機体に装備したまま用いられるもの(トリムパッド用)である。これらの消音器については、同年六月一〇日公開テストが行われ、相当の減音効果があることが確認されている。

また、本件飛行場に常駐する海上自衛隊の保有機は、いわゆるプロペラ機又はヘリコプター機であるため、地上試運転の音は比較的低音であるが、その航空機から整備のため取り外したエンジンは、オーバーホール等の整備を実施した後、機能を検査するため比較的長時間連続運転を行う必要があり、そのための消音装置付きの試運転装置が設置されている。右の装置は、鉄筋コンクリート造りの建物に組み込まれ、装置使用時には、その排気塔出口から約一八〇メートルの位置において、その騒音を五五dB(A)という低音に抑えられる性能を有するように設計されたものであり、本件飛行場に装備されたJ3試運転装置についての石川島播磨重工業株式会社防音技術センターの騒音測定の結果では、同装置の設置場所である本件飛行場南側のエンジン試運転場から距離二〇〇メートルの道路との境界線において、暗騒音四二ないし四九dB(A)のところ、測定値は四九dB(A)で、ほぼ完全にしや音しており、相当な効果があることを示している。

しかしながら、地上騒音のうちでもランアップ音や整備音が消音装置の設置によつて防止しえないことはいうまでもなく、飛行騒音について音源対策が全くなされていないことを考え合わせると、右施設も、前記侵害行為で認定した激甚な航空機騒音を十分防止するには程遠いものといわざるをえない。

(二) 運航対策

音源対策に準ずるものとして、航空機の運航方式又はエンジン試運転の方法を規制することによつて飛行場周辺の騒音を軽減する運航対策が考えられる。これは、運航時間帯の規制、離着陸の方法、滑走路の使い方、飛行経路の選び方、航空交通管制の方法等を改変する等といつた方法である。

(1) これらの規制によるものとして、日米合同委員会の合意による規制及び自衛隊の自主規制による各措置がある。

まず、米軍の本件飛行場の使用については、日米合同委員会の航空機騒音対策分科委員会において協議され、次のような合意が成立している。

「① 飛行活動についての時間制限

午後一〇時から翌日午前六時までの間厚木海軍飛行場におけるすべての活動(飛行及びグループ・ラン・アップ)は運用上の必要に応じ、及び米軍の態勢を保持するうえに緊要と認められる場合を除き禁止される。

訓練飛行は日曜日には最小限にとどめる。

② 抑制したアフターバーナーの使用

厚木海軍飛行場隣接区域の上空を高出力で長く低空飛行することを避けるため、アフターバーナー装備の航空機を操作する操縦士はすべて、厚木海軍飛行場空域内においてできるだけ速やかに離陸・上昇することが要求される。

しかしながら、アフターバーナーは、安全飛行状態を持続するために継続して使用しなければならない場合、又は運用上の必要性による場合を除き、飛行場の境界線に達する前に使用を停止しなければならない。

③ 必要な「反射鏡利用による着艦訓練」の一部を実施するための他の飛行場の使用

必要とされる「空母着艦訓練及び反射鏡利用による着艦訓練」の一部を実施するため、厚木海軍飛行場の付属飛行場を使用する場合は、現在厚木海軍飛行場で実施されている適当な諸規則が原則として適用される。

④ 飛行活動の規制

離陸及び着陸の間を除き、航空機は、人口稠密地域の上空を低空で飛行しない。

航空機は、運用上の必要性がなければ、低空で高音を発する飛行を行つたり、あるいは、他人に迷惑を及ぼすような方法で操縦をしない。

航空機は、厚木海軍飛行場周辺の空域において、曲技飛行及び空中戦闘訓練を実施しない。ただし、年間定期行事として計画された曲技飛行のデモンストレーションはその限りではない。右は、米海軍が指定された空対空訓練区域において空中戦闘訓練を実施する場合には適用しない。

空母着艦訓練及び反射鏡利用による着艦訓練のための航空機は場周経路にあつては二機に制限される。

空母着艦訓練あるいは、反射鏡利用による着艦訓練の巡航速度は一マツハ以下にとどめる。

⑤ 飛行高度の規制措置

離陸及び着陸の間を除き、空母着艦訓練あるいは反射鏡利用による着艦訓練のための航空機は、特定のタイプの訓練を必要とする場合を除き、平均海面上一六〇〇フィート以下で飛行しない。特種の訓練は、訓練の必要に見合つた必要最小限度にとどめるものとし、かつ、そのパターンは、平均海面上八〇〇フィート以下は通らない。

管制塔員は、厚木海軍飛行場の場周経路上の航空機の目視監視を行う。これは、管制塔員を有するすべての空港における標準的な運航方法である。

⑥ 運用能力、又は態勢がそこなわれる場合を除き、ジェットエンジンは、午後六時から翌日午前八時までの間、試運転されない。

⑦ 消音器の使用

ジェットエンジンスタンド若しくは、テストセル地区におけるジェットエンジンテストの実施に当つては、厚木海軍飛行場は、実行可能なできるだけ早い時期に効果的な消音器を装備し、それを騒音減衰のため使用する。

エンジンテストを行うためには、ジェットエンジンテストセル地区が使用される。ただし、テストセルに適合しないジェット機エンジンがテストされなければならないような限られた場合は例外とする。そのような状況下においては、騒音の持続時間とレベルを最小限に保つよう最大の注意が払われるものとする。

⑧ ヘリコプター飛行区域の制限

ヘリコプターは、厚木海軍飛行場が設定した発着ルートを飛行する。ただし、右は、緊急の目的又は年間定期行事に際してデモンストレーションのため飛行する場合には適用しない。

⑨ 操縦士の教育

すべての操縦士は、周辺社会に多くの影響を与えている航空機騒音問題について、できるだけ多くの機会に十分な教育を受けるものとする。

⑩ 騒音対策委員会の設置

すべての可能な方法が検討されることを確実にするため、米軍構成員からなる騒音対策委員会を設置すること。

⑪ 広報活動

騒音抑制に関するすべての様相及びすぐ役に立つ防衛力を持つことの必要性について周辺の住民に知つてもらうよう、あらゆる機会を利用する。

⑫ 渉外連絡

厚木海軍飛行場司令官は、現地の騒音問題について地元当局又は一般の人々と連絡をとる場合は、事前に座間防衛施設事務所に通報するよう努力する。

今後、厚木海軍飛行場司令官と日本政府(防衛施設庁)の代表者は、航空機騒音軽減のための新装置又は方法についての情報を入手次第交換することとする。

⑬ 年に一回、通常七月一日ころ、厚木海軍飛行場司令官は、日本政府からの要請を受けたうえで、過去一二箇月間の厚木海軍飛行場における四半期ごとの平均月間離着陸回数を示す四つの数字を提供する。要求があれば、厚木海軍飛行場の付属飛行場についても同様な統計数字を提供する。」

また、自衛隊においては、本件飛行場の利用について、次のとおりの自主規制措置を定めている。

「① 月曜日から土曜日まで毎日午後一〇時から翌日午前六時までの間及び日曜日の訓練飛行及び地上試運転(ジェットエンジンについては、月曜日から土曜日まで毎日午後六時から翌日午前八時までの間及び日曜日。)は、原則として行わないものとする。

② 厚木飛行場及びその周辺空域における既定の飛行経路の高度よりも低い高度での飛行は、任務及び訓練で必要な場合を除き、行わないものとする。

③ 離陸時のアフターバーナー及び補助エンジンの使用は、運航上必要な場合に限り、この場合にあつても、飛行場の境界線又は安全な高度及び速度に達したときは、使用を中止するものとする。

④ 連続離着陸訓練は、制限することがある。

⑤ 着艦訓練は、許可されない。

⑥ 月曜日から土曜日まで毎日午後一〇時から翌日午前六時までの間、及び日曜日の地上試運転(ジェットエンジンについては、月曜日から土曜日まで毎日午後六時から翌日午前八時までの間及び日曜日。)は、航空機の運航のためやむをえず行う場合に限り、かつ、事前に運航隊長等の許可を得るものとする。

⑦ 試運転場以外での地上試運転の実施は、原則として、許可しない。ただし、事前に運航隊長等の特別の許可を得て行う場合は、この限りでない。

⑧ 誘導路B―Eの試運転場における地上試運転は、A―4タイプのみとし、事前に、運航隊長等の許可を得た場合に限り行うことができる。

⑨ 誘導路C―WEST入口の試運転場における大型機(P―2等)の地上試運転は、当該機と誘導路WEST中心線との間隔が縮小するので、誘導路WEST側に、見張員を配置し、当該誘導路を地上滑走する他の航空機の翼端との安全間隔の確保のため、適切な処置を執るものとする。

⑩ 地上試運転を行う航空機は、試運転中は、常時管制塔と、地上管制周波数をもつて、連絡を維持しなければならない。ただし、部内通信士の資格を有しない者が実施する場合は、運航隊長等に電話で開始予定及び終了を通報する。

⑪ 地上試運転は、四支整ジェットエンジン試運転場及び米軍専用区域内の試運転場で実施する場合を除き、騒音規制外の時間に実施する場合であつても、事前に運航隊長等に予定を通報した後、当該機をけん引して試運転場に向うものとする。ただし、無線機とう載車両が当該機を先導して、試運転場に向う場合は、管制塔のグランド・コントロールへの通報によることができる。」

右のうち米軍に係る規制は、昭和三八年九月一九日日米合同委員会で合意に至つたもので、現在のものとほぼ同じであるが、飛行高度の規制、ジェットエンジンの試運転時間の規制、テストセルに適合しないジェットエンジンの試運転の規制が異なつている。すなわち、前記の合意の際の飛行高度は上空「八〇〇フィート以上」であり、ジェットエンジンの試運転の時間は、「午後六時から翌朝午前六時まで」であつた。その後、神奈川県等の要望を受けて、昭和四四年一一月二〇日、日米合同委員会において飛行高度を「一六〇〇フィート以上」、ジェットエンジンの試運転時間の制限を、航空機運航のため、又は警戒体制の保持のため必要とする場合を除き「午後六時から翌朝午前八時まで」に延長され、テストセルに適合しないジェットエンジンの試運転について、「騒音の持続時間とレベルを最小限度に保つよう最大の注意が払われる」ことが明らかにされた。

(2) 右飛行方法等に関する自主規制措置の成立により、昭和三五年、三六年当時の非常に激甚であつたと思われる航空機騒音は全般的に改善され、前記消音装置も設置されたうえ、米軍による広報活動や渉外連絡も実施されており、その他の自主規制条項についても、米軍、自衛隊ともに原則としてこれを遵守しているものと認められる。しかしながら、右自主規制の重要な部分である飛行時間・飛行方法の規制等に関しては、「運用上の必要」、「米軍の態勢を保持するうえに緊急と認められる場合を除き」、「原則として」、「任務及び訓練で必要な場合を除き」といつた例外規定ないし除外規定が多く、しかもその「運用上の必要」等に関する判断基準が客観的に明らかでないうえ、住民の側において履行を強制しうる手段や、違反に対する制裁措置が定められているわけでもない。

かような自主規制に内在する制約及び不徹底のため、飛行時間等の制限は厳格に遵守されているとはいえず、自主規制による騒音防止の効果も必ずしも十分達成されているとはいい難い現状にある。例えば、前記侵害行為で認定したように(別冊第18表)、月生田宅における午後一〇時から翌日午前六時までの自主規制措置による飛行規制時間帯における飛行回数は、昭和五〇年に一七四回、昭和五一年に二三八回、昭和五二年に一五八回、昭和五三年に二一四回、昭和五四年に一七七回、昭和五五年に三四六回と各測定されている。

また、同規制により最小限度に抑えられている日曜日の飛行についてみても、別冊第4表によれば、野沢宅で昭和四九年に四三二回(3.7%)、昭和五〇年に六三六回(4.2%)、昭和五一年に五二八回(3.6%)、昭和五二年に五一四回(4.4%)、昭和五三年に七一五回(4.4%)測定されている。

(ア) 北向き出発経路

新方式

旧方式

(a) 直進上昇経路

八〇〇〇フィートまで上昇し、

水平飛行に移行することが

できる。

二〇〇〇フィート(ただし、

常用コースではなかつた。)

(b) 右旋回経路

六〇〇〇フィートまで上昇し、

右旋回することができる。

二〇〇〇フィート

(イ) 南向き出発経路

六〇〇〇フィートまで上昇し、

水平飛行又は旋回に移る

ことができる。

二〇〇〇フィート

(ウ) GCA経路

高度三〇〇〇フィートから

GCAにより着陸誘導する。

二〇〇〇フィート

(3) 次に、運航方式、飛行方法の変更による音源対策及び安全対策としては、まず、本件飛行場周辺の飛行コースには数種のものがある(別冊第2図参照)ところ、有視界飛行による着陸コースについては、西側への旋回コースが執られている。このコースは、人家密集地域上空の飛行を少なくするため、昭和三七年一二月二一日から変更されたものである。

更に、昭和五三年七月三日から、本件飛行場を離陸する航空機の通常の飛行コース(上昇高度)が次のとおり改定されている。

(以上は、横田飛行場レーダー誘導経路であり、この中に計器出発進入経路があるが、ほとんど使用されていない。)

右の上昇高度の変更は、騒音防止のためというより従前より上昇高度をとらせることにより、万一事故が発生したような場合、墜落等による惨事を回避する措置を執るための余裕をもたせるという、安全性確保の観点からなされたものであるが、高度をとるため、航空機騒音が拡散され、ある程度の騒音減殺の効果もみることができる。

しかしながら、飛行コースの変更等による騒音防止措置は、右に述べた程度が限界といわざるをえない。

四  騒音に係る環境基準等

<証拠>を総合すると以下の事実が認められ、この事実を覆すに足る証拠はない。

1  公害対策基本法に基づく環境基準

(一) 公害対策基本法は、「公害対策の総合的推進を図り、もつて国民の健康を保護するとともに、生活環境を保全することを目的」(同法一条)として制定され、これに基づいて政府は、騒音等に係る環境上の条件について、「人の健康を保護し、及び環境を保全するうえで維持されることが望ましい基準を定めるもの」(同法九条一項)と規定されている。ここにいう(環境)基準とは、生活環境保全のうえで維持されることが望ましい行政上の基本的基準であつて、直接的に行政上の規制措置の基準となり、又は住民相互の受忍義務の限度を明示するものではないが、科学的調査研究結果に基づき、また、各種の利益を調整し社会的政策的考慮をも加味して策定された具体的目標値であるから、私法上の受忍限度の基準と同様の考慮によつて作成されたものであることは疑いなく、受忍限度を判定するうえでの重要な参考資料となるべきものということができる。

(二) 右規定に基づき、政府は昭和四六年五月二五日閣議決定により、「騒音に係る環境基準」を設定した。

右基準は、夜間における睡眠障害、昼間における会話妨害、作業能率の低下、不快感を来たさないことを基本目標とし、地域類型別に、朝(午前六時から午前八時まで)、昼間(午前八時から午後六時まで)、夕(午後六時から午後一一時まで)、夜間(午後一一時から午前六時まで)の各時間帯区分に応じた基準値(屋外における中央値)を定めたもので、別冊第44表(ア)のとおりであり、右のうち道路に面する地域について五ないし一〇ホンの範囲で緩和され、右道路に面する地域以外の地域では環境基準設定後直ちに、道路に面する地域では原則として設定後五年以内に、それぞれの目標値を達成すべきものとされるが、右基準は航空機騒音、鉄道騒音及び建設作業騒音には適用しないものとされている。

(三) 次いで、昭和四八年一二月二七日環境庁告示(第一五四号)をもつて、「航空機騒音に係る環境基準」を設定した。

右航空機騒音に係る環境基準の指針設定にあたつては、一般の騒音に係る環境基準と同様に、聴力損失など人の健康に係る障害をもたらさないことはもとより、日常生活において睡眠障害、会話妨害、不快感などを来たさないことが基本目標とされている。そして、右環境基準においては、達成すべきことが望ましい基準値として、都道府県知事が指定(国の機関委任事務)する地域の類型をⅠ、Ⅱの類型(都市計画法九条一号、二号等の地域区分を参考とし、Ⅰ類型は専ら住民の用に供される地域、Ⅱ類型はⅠ類型以外の地域であつて通常の生活を保全する必要がある地域とする。)に区分け(なお、神奈川県にあつては、昭和五五年五月に原告らの居住する本件飛行場周辺地域について、Ⅰ類型部分とⅡ類型部分とに指定する旨告示(神奈川県告示第四二六号)されている。)したうえ、前者についてはWECPNL値七〇以下、後者についてはWECPNL値七五以下と基準値を定めている。

更に、空港整備法施行令に基づく飛行場の区分に応じて、右基準値の達成期間が定められており、①第三種空港及びこれに準ずる飛行場については「直ちに」、②第二種空港(福岡空港を除く。)のうち、ターボジェット発動機を有する航空機が定期航空運送事業として離着陸する飛行場(第二種B)については「一〇年以内」に、それ以外の飛行場(第二種A)については「五年以内」に、③第一種空港のうち新東京国際空港については「一〇年以内」に、④第一種空港(新東京国際空港を除く。)及び福岡空港については「一〇年をこえる期間内に可及的速やかに」とされている(なお、防衛庁では、昭和五三年五月、本件飛行場を第一種空港相当として扱うこととした。)。右改善目標については、④の場合には、まず、五年以内の目標として、WECPNL値八五未満とすること又はWECPNL値八五以上の地域においては屋内でWECPNL値六五以下とすること、次いで、一〇年以内の目標としてWECPNL値七五未満とすること又はWECPNL値七五以上の地域においては屋内でWECPNL値六〇以下とすることと定め、また、右③の場合及び右②のうちターボジェット発動機を有する航空機が離着陸する飛行場の場合については、五年以内にWECPNL値八五未満とすること又はWECPNL値八五以上の地域においては屋内でWECPNL値六五以下とすることと定めている。

なお、右基準の基礎となつた中央公害対策審議会騒音振動部会特殊騒音専門委員会の報告によると、NNIでおおむね三〇ないし四〇以下であれば、航空機騒音による日常生活の妨害、住民の苦情等がほとんどあらわれないとされ、NNIとWECPNLとの対比につき、機数五〇機のWECPNL値七〇がNNI36.5に、WECPNL値七五がNNI41.5に相当するとしているのであつて、WECPNL値七〇ないし七五の基準が日常生活の妨害、住民の苦情等がほとんどあらわれない良好な環境基準として理解されているのである。

ところで右航空機騒音に係る環境基準は、公共用飛行場についての基準であるが、自衛隊等が使用する飛行場周辺についても、平均的離着陸回数及び機種並びに人家の密集度を勘案し、当該飛行場と類似の条件にある公共用飛行場の区分に準じて環境基準が達成され又は維持されるように努めるものとすると定められているのである。

本件飛行場が第一種空港相当として扱われ、周辺地域がⅠ類型ないしⅡ類型と指定され告示されたことは前記のとおりであるが、前記騒音コンター等の策定状況などに照らすと、右環境基準に定める基準値はもとより、中間改善目標の達成も大幅に遅れていることが明らかである。

2  神奈川県公害防止条例等による規制基準

旧神奈川県公害防止条例(昭和四六年神奈川県条例五号)三一条一項、同施行規則(昭和四六年神奈川県規則九六号)二一条及び現行の神奈川県公害防止条例三六条一項、同施行規則四〇条による工場騒音の規制基準は別冊第44表(イ)のとおりであり、また、騒音規制法三条一項、四条一項に基づく工場騒音の規制地域と規制基準も、ほぼ右と同じように定められている。

これらの基準が、本件飛行場に離着陸する航空機に起因する騒音の違法性を直接、判定する基準にならないことはいうまでもないが、受忍限度を検討する際の一つの目安となりうるものと解される。

五  地域性、先(後)住性ないし危険への接近

1被告は、原告らはすべて昭和一六年の本件飛行場の使用開始によつて軍用飛行場の周辺としての地域的特性が形成された後に居住するに至つたものであるから、民法殊に不法行為法を支える根本理念の一つである衡平の理念に根ざすいわゆる地域性、先(後)住性、危険への接近の理論に照して、被告の損害賠償責任の成立を否定するか、少なくとも損害賠償額の算定のうえで考慮されるべきであると主張する。

たしかに、飛行場周辺住民の側においていわゆる公害問題を利用しようとする意図をもつて危険(侵害行為)へ接近したと認められる場合はいうに及ばず、一般的にその者が危険の存在とその現実化による被害の内容を認識しながら、あえてこれを甘受する意思をもつてその危険に自らをさらしたと認められる場合には、事情のいかんにより加害者を免責すべき場合もありうるものと解される。また、地域の特性及び侵害行為と居住開始の先後も、当然違法性の判断にあたつて考慮すべき事項と考えられる。したがつて、いわゆる地域性、先(後)住性、危険への接近の理論は、受忍限度を検討するうえで軽視することのできない重要な判断基準であると認められる。

2本件についてこれをみるに、

(一) <証拠>を総合すると以下の事実が認められ、この認定を覆すに足る証拠はない。

本件飛行場周辺地域では、戦後急速に人口が増加し、大和市における人口の変動は別冊第45表及び第9図のとおりであつて、昭和三〇年代に入ると同市の人口増が激しくなつた。すなわち、昭和三〇年から昭和三一年にかけて約六〇〇〇人の増加(もつとも同年には渋谷村と合併しており、同村の人口約五三〇〇人が増加分として含まれている。)があつたのをはじめ、市制移行の翌年である昭和三五年以降その傾向が顕著で、同年から昭和四五年までの間に六万人強もの増加があり、昭和四五年には人口一〇万人を突破し、その後も石油ショックのあつた昭和四八年までは毎年一万人前後の急増加があり、その後はやや増加率が減少しているものの、それでも毎年四〇〇〇人を超える人口増がみられるのである。

同市における急激な人口増加は、戦後の経済発展と産業の成長を背景として生じた現象であり、その具体的要因としては、同市内の地価が比較的低廉であつたことに加えて鉄道、道路等の公共施設の発展により、都心部への通勤や行楽地への交通の便が整備されたことがある。すなわち、同市内には、相模鉄道と小田急電鉄江の島線とが敷設され、両線の共同使用駅として大和駅があるほか、前者の駅として相模大塚駅が、後者の駅として中央林間、南林間、鶴間、桜ヶ丘、高座渋谷の各駅が開設されており、大和駅を起点にしてみると、横浜へは二〇分程度、新宿、渋谷などの都心部へも一時間程度の所要時間である。また、同市の道路交通網も発達しており、市内には、国道二四六号線をはじめ大小の県道、市道が設置され、更に、同市からわずかな距離のところには東名高速道路の横浜インターチェンジもあつて、自動車による交通の利便も極めて高い地域である。しかも、同市は東西約3.2キロメートル、南北約9.8キロメートルの細長い地形をしており、大和駅をほぼ中心として東西に相模鉄道が、南北に小田急江の島線が走つており、市内のどこからでも短時間内で右に述べた交通機関を利用できるのである。このように、同市は都心部への完全な通勤圏内にあり、ベッドタウンとして、また大都市近郊の産業都市として急速な発展を遂げたものである。原告らも、右の諸事情のもとで、都市生活者の一員として大和市等の本件飛行場周辺地域へ転入してきたことがうかがわれる。

(二) ところで、前示認定事実(当事者間に争いのない事実を含む。)に徴すれば、次のような事情を認めることができる。

本件飛行場は太平洋戦争直前に我が国海軍によつて使用が開始され、戦後直ちに接収されて米軍専用の軍用飛行場として使用され、飛行場周辺における航空機騒音等は米軍機の離着陸により発生するものであり、また飛行場の行政区画上の位置が大和市、綾瀬町(当時)等であるにもかかわらず、その名称が「厚木海軍飛行場」と呼ばれていることなどから、その配置、規模、内容及び航空機騒音等の程度が、我が国の国民一般にとつてはもとより、周辺自治体の住民にとつてさえも、必ずしも周知の事実とはいい難いととろがあつた。その後、昭和四六年六月の日米合同委員会における合意に基づき、同年一二月より昭和四八年一二月にかけて我が国の海上自衛隊の航空機等が本件飛行場に移駐してこれを米軍とともに共同して使用するに至り、更に、昭和四八年一〇月に空母ミッドウエーが横須賀港に寄港し、以来同港を母港とするに伴い、同空母の艦載機が本件飛行場に飛来して整備、補給、訓練等の諸活動を行い、特に同空母の出入港時に頻繁に繰り返される航空機の離着陸により激甚な騒音が発生するという事態が生じ、現在の航空機騒音等に係る状況がほぼ確立された。右の海上自衛隊の移駐及び空母ミッドウエーの横須賀母港化並びにこれらに対する政党、住民団体等による反対抗議運動などの諸事情は、新聞、テレビ、雑誌等でも大きく報道され、本件飛行場及びそこに離着陸する航空機に起因する騒音等の存在及び内容も、ようやく国民一般に広く知られるところとなつたと推測される。また、昭和四六年六月に「騒音に係る環境基準」が閣議決定され、次いで昭和四八年一二月に「航空機騒音に係る環境基準」が告示され、更に、昭和四九年二月二七日大阪地方裁判所でいわゆる大阪国際空港騒音公害訴訟に対する第一審判決がなされる(右の事実は、当裁判所に顕著な事実である。)など、大気、水質汚染や日照阻害等とならんでいわゆる公害としての騒音問題とりわけ航空機騒音の問題が、頻繁に報道され重大な社会問題として多数の国民の注目するところとなつた。

3右に認定した各事実に照らして判断すると、

(一) まず、原告らの居住開始当時(すなわち、遅くとも本訴提起以前)、本件飛行場がジェット機の頻繁な離着陸等強大な騒音を伴う用途に供され、原告ら各自の住居地を含む本件飛行場周辺地域が激甚な騒音に暴露される特殊な地域として形成されていることが、一般に周知され、社会的な承認を受けていたとはいい難いから、いわゆる地域性ないし先(後)住性を理由として、原告らの損害賠償請求を排斥することは許されないといわなければならない。

(二) また、土地家屋を購入又は賃借して、そこに相当長期にわたり居住しようとする者は、当該不動産の現況、自然的・社会的環境(近隣における騒音の有無・程度等もこれに含まれる。)と売買価格、賃料額等を慎重に比較衡量したうえで、当該不動産を購入又は賃借するのが一般であるから、当該不動産を購入ないし賃借して居住を開始した以上は、通常は右自然的、社会的環境等を一応容認しているものと推認される。しかしながら、<証拠>によれば、原告らが本件飛行場周辺地域に転入してきたことについては、いずれも各原告につき然るべき理由があるのであつて、原告らは航空機騒音等及びそれに起因する被害内容についての知識経験を十分には有しなかつたこと、本件飛行場における航空機の離着陸には年間を通じても、あるいは一日のうちでも定常性がないこと、土地建物の購入又は賃借に当つてその下見の期日としては、航空機の飛行が比較的少ない日曜、祭日等が主として利用されていたことを考え合わせると、原告らのうちに、前記認定のような本件飛行場に離着陸する航空機に起因する騒音等の侵害行為及びこれに基づく被害の存在を、その居住開始前に認識し、これを容認していた者があると推認することは困難というべきであり、たとえ入居の際航空機騒音等の激甚なことを十分に調査しなかつたとしても、これをもつて直ちに、いわゆる危険への接近の理論により原告らの損害賠償請求を否定することはできないものといわなければならない。

なお、原告らのうちに、本件飛行場の存在ないし本件飛行場に離着陸する航空機に起因する騒音等による被害を社会問題ないし公害問題として利用して、航空機の運航等を阻害しあるいは損害賠償請求等により利得を得ようとの意図ないし目的のもとに、本件飛行場周辺地域へ転入してきた者がいると認めるに足りる証拠はない。

4被告の損害賠償責任が地域性、先(後)住性ないし危険への接近の理論のいずれによつても否定されえないことは、以上のとおりである。しかしながら、そうだからといつて、原告らの居住開始の際における諸事情ないし地域性は全く無視されてよい事由ではなく、損害賠償額の算定なかんづく慰謝料額の算出に当たつては、当然斟酌されるべき事由であると解すべきである。

すなわち、右2で認定した事実を総合すれば、本件飛行場に離着陸する航空機の騒音等による被害が、相当広範囲の地域にわたり長期間継続して繰り返されていることにより、遅くとも昭和四八年末頃までにはその被害がいわゆる一種の社会問題化していたものと認められ、その後、航空機騒音の程度に一般住民の予測を上まわる格別大きな変動があつたとは認められないから、昭和四九年以降本件飛行場周辺地域に転入して住居を定めた原告らについては、先住者である他の原告らとの権衡上からも、慰謝料の額の算定上別途の考慮がなされなければならない。すなわち、右原告らが、本件飛行場に離着陸する航空機に起因する騒音等の存在を知らずに、本件飛行場周辺地域に転入したとすれば、その転入について調査が不十分であつたというべく、右転入時より相当以前に購入済の土地建物に転居したにすぎないとか、婚姻によつて配偶者の居住する本件飛行場周辺地域に転入せざるをえなかつたなどの特段の事情がない限り、被害の回避に関し過失があつたものといわなければならない。そして、右過失の存在は、入居の際の諸事情の一つとして、これを斟酌したうえ、前記のとおり昭和四九年以降本件飛行場周辺地域に転入して住居を定めた原告らに対する慰謝料の額の算定につき考慮を加え、先住者に対する慰謝料額との間に合理的な差等を設けるのが当然である(具体的には第九損害賠償額の算定の項で述べる。)。

六  受忍限度及び違法性の判断

以上の事実及び前記侵害行為、被害の項における認定事実を総合して、本件飛行場周辺における被害の程度が受忍限度を超えるものであるか否か、侵害行為が違法性を有するか否かを検討する。

1本件飛行場周辺のうち主として滑走路北側南側の両地域は、昭和三五年より既に相当激甚な航空機騒音にさらされており、その後も右地域は継続して航空機騒音に暴露され、昭和四六年七月以降は被告による海上自衛隊の移駐に伴いこれに所属する航空機の騒音等が加わり、更に、昭和四八年の空母ミッドウエーの横須賀母港化以降、同空母の出入港時に特に強烈な航空機騒音に集中して暴露されるという事態が現われ、今日に至つている。また、この間、航空機の飛行経路直下に居住する住民は、航空機騒音だけでなく航空機のもたらす振動等を直接に受けるとともに、航空機の墜落・落下物の危険の下に置かれていたといえる。

ところで、本件飛行場に離着陸する航空機に起因する騒音の程度は、各種の環境基準及び規制基準に照らしても、日常生活を保全するうえで最低限度維持されることが望ましい基準(航空機騒音に係る環境基準についてはWECPNL値七〇ないし七五である。)を、はるかに上回る激烈なものといえる。

他方、右航空機騒音等が、本件飛行場周辺とりわけ滑走路南北地域の住民にもたらす被害の内容は、身体的被害及びその危険性だけでなく、睡眠妨害や日常生活の妨害、情緒的被害をも含む複雑、広範なものであり、原告らはいずれも深刻かつ重大な精神的苦痛を被つているということができる。

これに対し、被告が航空機騒音等の防止軽減のため実施してきた対策は、運航対策として例えば昭和三八年に合意されたいわゆる米軍の飛行方法等に関する自主規制があり、これによつてエンジンテスト音等の地上騒音がある程度軽減され、休日や深夜早朝における飛行回数も減少したものと考えられるが、なお依然として相当強烈な航空機騒音が本件飛行場周辺の原告ら居住地域で測定されており、また右規制自体不徹底な箇所が多く、運航対策全般について十分な減音効果及び安全性の向上が実現しているとはいえない。周辺対策としては、昭和三〇年代より学校等の防音施設の工事が開始されているが、騒音被害の軽減防止に最も効果を有すると考えられる住宅防音工事は昭和五〇年に至つてようやく開始されたものであり、現在(昭和五六年一一月以降)ではWECPNL値八〇を超える騒音激甚地区において右工事が順次実施されようとしているが、未だ全室防音化の実現にはほど遠い状況にある。その余の防音対策も、騒音被害の防止に十分な効果を有するとはいえず、移転補償については、近年本件飛行場周辺ではその事例もない。また、財政的助成としての自治体への補助金等の交付は、直接航空機騒音を防止し被害を減少させるものでないことは明らかであるから、結局、周辺対策も被害を完全に救済するには至つていないと認められる。ただし、右住宅防音工事の実施の有無は、慰謝料額の算定にあたつては考慮されねばならない重要な事項である(第九損害賠償額の算定の項で述べる。)。

また、本件飛行場は、政治的、行政的な重要性を有し、飛行場としての適地性を欠くわけではないが、右飛行場に離着陸する航空機の運航によつて、周辺住民のみが特別の被害を被ることは法的に看過することのできない不公平であつて、右重要性、適地性を理由として周辺住民に一方的に被害の受忍を強いることが許されるものではないと解される。

更に、本件飛行場周辺地域が激甚な騒音に暴露される地域であることが社会的に承認されているわけではなく、また、原告らに危険への接近の理論を適用し、その損害賠償請求を一律に排斥すべき事情は認められない。ただし、本件飛行場周辺の航空機騒音等が一種の社会問題化してきた昭和四九年以降、本件飛行場周辺に転入してきた原告らについては、特別の事情のないかぎり過失が認められるから、慰謝料額の算定において合理的な減額がなされなければならない。

2以上のとおりであり、本件飛行場周辺のうち滑走路に近接した地域及び滑走路北側南側の両地域における原告らの被害は、昭和三五年当時より既に受忍限度を超えているものと考えられ、被告による侵害行為は全体として違法性を有しているものと認められる。

しかしながら、その他の大和市全般を含む本件飛行場周辺地域に関しては、航空機騒音等による被害が全く存在しないわけではないとしても、その被害の程度が受忍限度を超えているものとはいい難い。そこで、航空機騒音の程度や被害の内容などを考慮して、受忍限度を超えている地域を具体的に画することが必要なわけであるが、その際、生活環境整備法に基づく区域指定のため、前記日本音響材料協会が作成した別冊第3図の騒音コンターが最も信頼できる適切な基準であると考えられる。なぜなら、右コンターは、航空機騒音の生活環境に及ぼす影響を評価するため、単に航空機騒音の音量レベルだけではなく、飛行経路、平均的な飛行回数、昼間、朝夕及び夜間における影響の相違などの複雑な要素も考慮して算出されたものだからである。しかも、前掲証人西田寿快の証言によれば、自衛隊等の使用する飛行場においては、自衛隊機、米軍機に関し騒音証明制度の適用がなく、機種ごとの騒音量についての基礎的資料がなく、訓練上の必要から有視界飛行が多く飛行経路を一定化するのが困難であり、離着陸回数が日によつて大幅に異なりタッチアンドゴー等の訓練飛行も多く、殊に本件飛行場のように騒音性の高い米軍ジェット機が航空母鑑の入港している一定期間にのみ集中して離着陸するのであるから、一般の公共用飛行場とは異なるこれらの特殊な要素をも考慮するため、多数の地点で騒音測定を繰り返し、得られた資料を基礎として累積度曲線等により一日の平均飛行回数を算出するなどの手法により、本件飛行場周辺のコンター図が作成されたものであることが認められる。

したがつて、右コンター図を基礎として、航空機騒音等の程度だけではなく、様々な被害との関連性、航空機に係る望ましい環境基準(WECPNL値七〇ないし七五)、被告による周辺対策の範囲及び内容等を総合考慮すると、WECPNL値八〇以上の地域の住民が、受忍限度を超えた被害を被つていると認めるのが相当である。また、右WECPNL値八〇の騒音コンターは、別冊第3図(青破線)のとおりであつて、本件飛行場の飛行経路の直下を広く包含しており、受忍限度を超える振動等や、墜落・落下物の危険にさらされている地域ともほぼ一致しているものと考えられる。

以上のとおりであるから、WECPNL値八〇のコンターより本件飛行場に近接して居住する原告ら(A分冊別表(一)記載の原告ら)は受忍限度を超える被害を被つていると認められるが、その余の原告ら(同表(二)記載の原告ら)については、被害を被つていることがあるとしてもそれは受忍すべき限度を超えていないものと解するのが相当である。

なお、同じ受忍限度を超える地域内においても、本件飛行場における航空機の離着陸の性質上、騒音の程度、内容は一様ではなく、したがつてその損害の程度も同一ではないものと解されるところ、これらを区別する基準としても、WECPNL値による騒音コンター図が最も適切かつ合理的であると認められる。そして、本件飛行場周辺においては、別冊第3図のとおり、WECPNL値八〇、八五、九〇の各コンターが作成されている(WECPNL値九五のコンターは、本件飛行場内となる。)。右のうち、WECPNL値八五のコンターは同九〇のコンターとともに昭和五四年九月に公表されていたものであるところ、その後改めて航空機騒音の測定等が行われ、昭和五六年一〇月にWECPNL値九〇と同八〇のコンターが公表された。ところで昭和五四年当時に公表されたWECPNL値九〇のコンターと、昭和五六年に公表された現在のWECPNL値九〇のコンター(別冊第3図黄破線は同コンターである。)とを比較してみると、後者の方が若干南北に拡大延長された程度で大きな変動は認められないから、右WECPNL値八五のコンターを同八〇、九〇の各コンターと同列のWECPNLコンターとして取扱うことに支障はないと考える(ただし、最も騒音が激甚と思われるWECPNL値九〇のコンターより更に本件飛行場に近接する地域に居住する原告らは一名もいない。)。

第七  被告の責任

一  過去の損害賠償請求

1原告らは、前記の被害に関して、主位的には国賠法二条一項により、予備的には民法七〇九条により、それぞれ損害賠償請求をなすので、以下、前記認定事実及び後記第八消滅時効にかかる認定事実を総合して、この点について検討する。

被告は、昭和二七年旧安保条約及び行政協定に基づき、公の営造物としての本件飛行場を米軍の使用する施設及び区域として同軍に提供し、昭和三五年以降現在に至るまでは、安保条約及び地位協定をその法的根拠として提供を続けているが、同飛行場は、昭和三五年頃までに滑走路部分等の改修がなされた結果、米軍のジェット戦闘機ないし攻撃機などが離着陸することが可能となつた。この間、本件飛行場周辺の人口は激増し、とりわけ大和市は大都市近郊のベッドタウンとして人口の増加には著しいものがあり、本件飛行場に近接した地域にも多数の住民が転入し居住することにより、本件飛行場はいわば住宅地域内の飛行場の様相を呈するに至つた。したがつて、本件飛行場周辺は、ジェット機を含む多数の航空機の離着陸により、周辺住民に騒音等による甚大な影響を与え受忍限度を超える被害が生ずることが避け難い状況に立ち至つたといえる。しかるに被告は、原告らを含む同盟を中心とする本件飛行場周辺住民が、爆音の防止、飛行の規制、被害の救済等を要求して様々な要請・陳情・抗議活動をなしたにもかかわらず、騒音等による被害発生に対して有効かつ適切な対策を講じたとはいい難い。しかも、被告は、昭和四六年以降、本件飛行場のうち滑走路部分を中心とする飛行場の諸施設を管理するとともに、航空交通管制を実施することによつて、飛行場としての機能を維持管理し、公の営造物としての本件飛行場(正確には本件厚木飛行場部分である。)を設置管理するに至つたにもかかわらず、周辺住民に及ぼす被害を改善するための抜本的対策を講じていない。そればかりでなく、被告は昭和四六年一二月以降、自らの組織内にある海上自衛隊の航空機を移駐させることにより騒音等を一層激化させ、また、昭和四八年一〇月以降、米海軍の空母ミッドウエーのジェット艦載機が同空母の横須賀出入港時に集中して飛来し、強烈な航空機騒音を発するという事態が生じているにもかかわらず、これに対する対策は不十分かつ遅れがちなものであり、例えば住宅防音工事は昭和五〇年に至りようやく一室に限定して開始されるなど、被害の完全な救済策は今なお実現する見通しが明らかでないといえる。

2ところで、国賠法二条一項の規定する公の営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が有すべき安全性を欠いている状態をいうところ、この安全性の欠如、すなわち、他人に危害を及ぼす危険性のある状態とは、単に当該営造物を構成する物的施設自体に存する物理的、外形的な欠陥ないし不備によつて危害を生ぜしめる危険性がある場合のみならず、その営造物が供用目的に沿つて利用されることとの関連において危害を生ぜしめる危険性がある場合をも含むものと解される。すなわち、当該営造物の利用の態様及び程度が一定の限度にとどまる限りはその施設に危害を生ぜしめる危険性がなくても、これを超える利用によつて利用者又は第三者に対して危害を生ぜしめる危険性がある状況にある場合には、そのような利用に供される限りにおいて右営造物の設置・管理には瑕疵があるものというべきである。したがつて、右営造物の設置・管理者において、そのような危険性があるにもかかわらず、これにつき特段の措置を講ずることなく、また、適切な制限を加えないままこれを利用に供し、その結果利用者又は第三者に対して現実に危害を生ぜしめたときは、それが設置・管理者の予測しえない事由によるものでない限り、設置・管理者は国賠法二条一項の規定に基づく責任を負うものといわなければならない(最高裁判所昭和五一年(オ)第三九五号、昭和五六年一二月一六日大法廷判決裁判所時報第八二四号参照)。

3してみると、公の営造物である本件飛行場に施設自体としては物理的、外形的な欠陥ないし不備がない場合であつても、飛行場の供用目的に沿つて米軍及び我が国の自衛隊がこれを利用することにより、多数のジェット機を含む航空機が離着陸するに際して騒音等を発生させ、営造物である本件飛行場の使用者以外の第三者に該当する原告ら周辺住民に被害を生ぜしめている状況は、飛行場の設置・管理の瑕疵に含まれることが明らかである。

そして、前記認定事実によれば、本件飛行場は、多数の住民の居住する地域に極めて近接して位置し、多数のジェット機を含む航空機が離着陸することにより周辺住民に騒音等による甚大な影響を与え、受忍限度を超える被害を発生せしめることは避け難い状況にあるにもかかわらず、本件飛行場の設置・管理者たる被告は、右被害の発生を防止するための十分な措置を講じないまま、本件飛行場をジェット機を含む多数の航空機の離着陸に継続的に使用させ、しかも、自ら本件飛行場に海上自衛隊を移駐させ、航空機騒音等を一層激化させている。したがつて、被告による本件飛行場の設置・管理は原告ら周辺住民に受忍限度を超えた騒音等の被害を与える態様でなされているものと評価され、したがつて、違法性を有し、公の営造物たる本件飛行場の設置・管理に瑕疵があるものと認めるのが相当である。

なお、我が国が本件飛行場の設置・管理をなす以前(昭和四六年六月以前)は、本件飛行場は米軍の占有又は管理する土地の工作物(その他の物件)であり、その設置又は管理の瑕疵によつて、米軍が我が国において他人に損害を与えたものと考えられる。

4以上のとおり、原告らの主張する過去の損害賠償請求(昭和三五年一月一日以降本件口頭弁論終結日である昭和五六年六月一七日までの損害に関する請求)については、受忍限度を超える被害を被つたと認めることのできる原告ら(WECPNL八〇のコンターの内側に居住するA分冊別表(一)記載の原告ら)に対し、被告は国賠法二条一項の規定に基づく損害賠償責任があると認められるが、被害が受忍限度を超えていると認められない原告ら(同コンターの外側に居住する同表(二)記載の原告ら)については、被告による(侵害)行為には違法性が存しないものと評価されるから、その根拠が国賠法二条一項又は民法七〇九条のいずれを根拠とするとしても、被告に損害賠償責任は成立しないものと解するのが相当である(なお、昭和四六年六月以前に発生した被害に関する被告の損害賠償責任は、日本国とアメリカ合衆国の間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う民事特別法(以下「民特法」という。)二条に基づくものと考えられる。)。

二  将来の損害賠償請求

1本訴提起後弁論終結日までに死亡した原告ら(B分冊別紙損害賠償請求額一覧表(二)記載の原告ら)及び受忍限度を超える地域外(WECPNL八〇のコンターの外側)へ転居した原告ら(原告番号4、11、12、33、36、40、56、60、76、85、91の各原告ら)並びに本訴提起当初より右受忍限度を超える地域内に居住していなかつた原告ら(A分冊別表(二)記載の原告ら)については、いずれも将来の損害賠償請求(本件口頭弁論終結日の翌日から侵害行為のやむ日までの損害に関する請求)における権利保護の要件を欠くことが明らかであるから、右請求にかかる訴えは却下することとする。

そこで、その余の原告らの将来の損害賠償請求(以下「本件将来請求」という。)について検討する。

2不法行為に基づく損害賠償請求に関する民事訴訟法二二六条の将来の給付の訴えについては、現在不法行為が行われており、同一態様の行為が将来も継続することが予測されても、それが現在と同様に不法行為を構成するか否か及び賠償すべき損害の範囲などが流動性をもつ今後の複雑な事実関係の展開とそれに対する法的評価にかかわるなど損害賠償請求権の成否及びその額をあらかじめ一義的に明確に認定することができず、請求権が具体的に成立したとされる時点においてはじめてこれを認定することができ、かつ、右権利の成立要件の具備については債権者がこれを立証すべきものであり、事情の変動を専ら債務者の立証すべき新たな権利成立阻却事由の発生ととらえてその負担を債務者に課するのは不当であると考えられる場合には、そのような将来の損害賠償請求権は、将来の給付の訴えを提起することのできる請求権としての適格性を有しないものというべきであり、したがつて、そのような請求に関する訴えは権利保護の要件を欠くものといわなければならない(前掲最高裁判所判決参照)。

3ところで、本件請求にかかる訴えについて具体的に検討するに、本件飛行場は、軍事ないし防衛を目的とする飛行場として、航空機の離着陸の状況が、我が国及びアメリカ合衆国の政治・外交・軍事上の動向のみならず、国際情勢に大きく左右されるものであり、航空機騒音等の状況に恒常性がなく将来を予測することが困難である。また、被告による周辺対策も、例えば住宅防音工事についてはWECPNL八〇のコンター内の地域(正確には新第一種区域内)全般に全室防音工事を完了することが終局的な目標とされ、これに向けて現在実績が積み重ねられており、その他の防音施設の工事等の対策についても近年改善が図られつつある。しかも、原告らの被つている被害についても、前記の複雑多様な諸要因を総合的に利益衡量した結果、被害者において受忍すべき限度を超える場合にのみ損害賠償請求が認容されるものであること前示のとおりである。更に、当裁判所により本件損害賠償請求の一部が認容されることにより、被告及び関係自治体において本件飛行場における航空機騒音等の状況を改善すべき政治的、行政的な責任が生じないではなく、一層強力に被害の軽減防止の施策が実施されてゆくであろうことが期待できないわけではないことなどを考慮すると、本件将来請求において、明確な具体的基準によつて賠償されるべき損害の変動状況をあらかじめ把握することは困難であり、損害賠償請求権が具体的に成立したとされる時点の事実関係に基づき、その成立の有無及び内容を判断すべきであり、かつ、その成立要件の具備については請求をなす者において立証の責任を負うべき性質のものであるといわざるをえない。

したがつて、本件将来請求(この損害の賠償に関する弁護土費用を含む。)は、権利保護の要件を欠くものというべきであるから、右請求にかかる訴えはこれを却下することとする。

第八  消滅時効

被告は、原告らに何らかの損害が生じているとしても、原告らが訴えを提起した昭和五一年九月八日から三年以前である昭和四八年九月八日以前についての損害賠償請求権(弁護士費用を含む。)は、時効により消滅しているとして、昭和五四年一一月二八日の本件口頭弁論期日において右消滅時効を援用した(以上は本件記録上明らかな事実である。)ので、以下この点について判断する。

一原告らが問題とするところの本件飛行場における侵害行為とは、具体的には本件飛行場における航空機の離着陸及び航空機エンジンの作動を意味することが明らかであるが、右の個別の離着陸ないし飛行等を反復繰り返すことによりその際生ずる騒音や振動等が侵害行為となるのであり、また、墜落や落下物の危険も、航空機の継続的な飛行によつて生ずる侵害行為といえる。しかも、これらの侵害行為が長期間継続して繰り返されることによつて被害が発生し、受忍限度を超える精神的苦痛を被るわけであり、その損害賠償責任が、航空機搭乗員による個別の運航ではなく公の営造物である飛行場の施設の設置・管理の瑕疵を理由として成立することを考え合わせると、本件飛行場の航空機の離着陸に起因する不法行為は、一種の継続的不法行為と解するのが相当である。

しかしながら、一般に継続的不法行為であるからといつて全く時効が進行しないわけではなく、「其損害ノ継続発生スル限リ日ニ新ナル不法行為ニ基ク損害トシテ民法七二四条ノ適用ニ関シテハ其各損害ヲ知リタル時ヨリ別個ニ消滅時効ハ進行スル」(大審院連合部昭和一五年一二月一四日判決、民集一九巻二三二五頁)ものと解されるから、継続的不法行為といえども、損害及び加害者を知りたる時よりその損害の賠償請求権についての消滅時効が進行するものというべきであり、原告らの主張するような鉱業法一一五条二項の規定を類推適用して進行中の損害についてはその進行のやんだ時から消滅時効を起算するという見解は、立法論としてはともかく、本件請求において当裁判所の採用するところではない。

二そこで、本件において損害賠償請求の前提としての加害者及び損害をいつ知つたかを検討することとするが、右損害とは受忍限度を超える騒音等の被害のことであるから、原告らが自ら被つている被害が受忍の限度を超えていると判断できる程度に損害の発生を認識したときを判定しなければならないことになるのは当然である。

そして、前記第四侵害行為及び第六違法性の項における認定事実並びに<証拠>を総合すると、以下の事実が認められる。

本件飛行場周辺の航空機騒音等は、米軍の大型ジェット機が頻繁に離着陸を開始した昭和三五年当時より既に受忍限度を超えた被害を生じうるほど相当激甚であつたところ、同年七月には原告らの所属する厚木基地爆音期成同盟が結成され、右同盟は我が国の政府及びアメリカ合衆国政府に対し、爆音の緩和と飛行の規制、被害の救済を要求して陳情、請願、抗議行動等を開始した。そして、右同盟が中心になつて、昭和三六年五月に神奈川県人権擁護委員会及び横浜地方法務局に対し本件飛行場周辺の騒音被害に関する人権侵犯事件を提訴し、また、同年以降ラジオ・テレビ受信料の免除、電話料の減免などを要求して不払運動等を実施するなど、本件飛行場をめぐり幅広い住民運動を繰り広げた。この結果、昭和三七年一一月には大和市等が中心となり「大和市基地対策協議会」が発足して、本件飛行場に係る諸問題を解決するため活動を開始し、昭和三八年九月には日米合同委員会において、前記飛行方法等に関する自主規制が合意されるに至つた。更に、昭和四三年から昭和四四年にかけては、右同盟は本件飛行場における航空機の飛行禁止をも含む厳しい飛行規制の実現を求めて要請行動等を繰り返し、昭和四四年八月にはジェット機等の航行を阻止することを目的として、飛行場滑走路北側に座り込むなどの実力行使も行つた。また、この間、昭和三九年九月には、本件飛行場から約一キロメートルの地点にあつた館野の鉄工所に米軍のジェット戦闘機が墜落して五人の人命が失われるなど、墜落、落下物事故の危険も現実のものとなつていた。

他方、昭和四〇年七月には、前記高橋悳が神奈川県の委託を受けて、本件飛行場周辺の乳幼児・児童・生徒を対象に調査研究を行い、これらの未成年者の発育成長等に、強烈な航空機騒音が顕著な影響を及ぼすものと公表しており、同盟及び大和市も、昭和三七年、昭和三八年、昭和四一年に各本件アンケート調査を実施し、被害の実態を把握するとともに、その集計結果を発表している。

したがつて、本件飛行場周辺住民のうち、現在のWECPNL八〇のコンターの内側地域に対応する滑走路北側及び南側の飛行経路下の地域並びに滑走路近接地域の住民の多くは、遅くとも昭和四四年中にはその被害が受忍限度を超えるものであるとの認識を有するに至つたと推測され、右認定を覆すに足る証拠はない。

三しかしながら、侵害行為をなす加害者をいつ認識したかについては、別途の考慮がなされなければならない。すなわち、前記認定事実によれば、昭和四六年六月以前は、本件飛行場において実際に航空機の運航をなす権限はすべて米軍ないしアメリカ合衆国政府に属し、その使用形態、運航方法に関する取決め及びその変更は日米合同委員会を通して行われ、我が国は安保条約及び地位協定に基づき本件飛行場を米軍に対して提供するにすぎないという関係にあつたことから(この時期においても前記民特法に基づいて損害賠償請求をなしえなかつたわけではなかろうが)、原告ら一般の周辺住民にとつては、加害者を法的に正しく認識することはかなり困難な状況にあつたものと考えられる。しかるに、昭和四六年六月の日米合同委員会において、本件厚木飛行場の我が国への返還が合意され、同年七月以降は我が国の海上自衛隊に本件飛行場の各種飛行場施設が引き渡され、本件厚木海軍飛行場は被告の設置・管理する施設となり、更に、同年一二月には数種の航空機を含む海上自衛隊が同盟等一部住民の反対にもかかわらず移駐を開始することにより、騒音を一層激化させたのであるから、原告ら本件飛行場周辺住民は、遅くとも昭和四六年中には、航空機騒音等に係る侵害行為を行う加害者が被告であると認識したものと認めるのが相当である。

四そうすると、原告らのすべてが損害及び加害者を認識するに至つたのは、遅くとも昭和四六年中と認められるから、同年を基準として、本件損害賠償請求権のうち同年以前に発生した損害部分についての賠償請求権は、一括して昭和四七年一月一日から消滅時効が進行し、同日以降発生した損害部分については、前示のとおり日々新な不法行為に基づく損害として、その賠償請求権の消滅時効が進行するものと解すべきである。したがつて、本件訴訟提起の日である昭和五一年九月八日より三年前の昭和四八年九月八日以前に発生した損害についての原告らの損害賠償請求権は、国賠法四条によりその適用をうける民法七二四条の規定に基づき、三年の期間の経過により時効消滅したものというべきであり(同年九月九日以降に発生する損害については、その賠償請求権は時効により消滅しない。)、被告の時効の抗弁は理由があるというべきである。

なお、原告らは、被告による消滅時効の援用は、権利の濫用、信義誠実の原則に違反し若しくは公序良俗に違反するから、時効の援用は許されない旨主張するけれども、これを認めるに足りる証拠はないから、原告らの主張はいずれも採用することができない。

第九  損害賠償額の算定

一  慰謝料

1原告らは、前記認定した様々な被害のうち財産的被害と考えられる部分は除き、どの原告らにも共通して認められる非財産的損害の一部を内金として賠償請求するところ、その本質は、右の様々な被害を一括してこれに伴う精神的苦痛を一定の限度で原告らに共通するものとしてとらえ、その賠償を慰謝料(及び弁護士費用)という形で請求するものと解するのが相当である。

そこで、原告らの慰謝料額を算定することとするが、一般に慰謝料額の算定にあたつては、被害者各自の個別的な被害の態様、内容及び程度や時の経過に伴う被害状況の変動等が重要な判断要素として斟酌されなければならないことはいうまでもない。しかしながら、原告らは本件飛行場に離着陸する航空機の騒音等によつて、昭和三五年一月一日以降等しく損害を受けてきたとして、一律に算定した金員(月額二万円)の支払を求め、その主張する被害の主要部分も原告らに共通するものであるところ、このような請求の性格に照らせば、裁判所としては、被害状況を概括的に把握して、原告ら各自に共通して生じている被害について、原告ら全員に共通する損害としてとらえ、これに、原告ら各自の居住地域及び当該地域における居住期間等を勘案する限度で個別性に配慮したうえで、これに相応する慰謝料の額を一律に定めれば足り、それ以上に原告ら各自の個別的な被害の状況等を認定判断し、これに対応する慰謝料額を個別に定めなければならないものではないと考える。

2そこでまず、居住地域について検討すると、本件飛行場からみてWECPNL八〇のコンターの外側に居住する原告らには受忍限度を超える被害がなく、したがつて、同原告らは慰謝料請求権を有しないものであるが、同コンターの内側に居住する原告らのうちでも、その損害の程度は同一ではなく、右程度を判別するためWECPNL八〇及び同八五のコンターが基準となることは前説示のとおりである(WECPNL九〇のコンターの内側には原告らは居住していない。)。

右原告らの各居住地は、別冊第3図の各原告らを原告番号で表示(青点)したとおりであると認められるが、同図上、WECPNL八五のコンター外(又はコンター線上)に位置する原告らのうち、原告番号2、8、10、11、13、15、19、20、21、22、23、68、87、88の各原告らは、極めて同コンターに近接しているか、あるいは行政上旧第一種区域若しくはみなし第二種区域内の居住者とされている者であり、昭和五四年九月当時のWECPNL九〇のコンターが昭和五六年一〇月の告示では南北に若干拡大延長されていることを考え合わせると、WECPNL八五のコンター内側の居住者と同等に扱うのが相当である(なお、原告番号2、8、10、88の各原告らについては、同図上の位置が若干不正確に表示されており、現地においては同コンターにより近接して居住していると認められる。)。また、同図上WECPNL八〇のコンターの外側に位置する原告らのうち、原告番号35、37、53の各原告らは、同じく同コンターに近接し、行政上新第一種区域内の居住者とされているものであるから、同コンターの内側の居住者と同等に扱い、慰謝料額を算定することとする。

そこで、前記認定した諸般の事情を総合考慮したうえで慰謝料額を算定すると、WECPNL八五のコンターより内側に居住する原告らについては、月額四〇〇〇円、WECPNL八〇のコンターより内側(同八五のコンター内側は除く。)に居住する原告らについては、月額三〇〇〇円とそれぞれ認めるのが相当である。

3次に居住期間については、右各地域に居住する期間(月単位)に応じて慰謝料額が算定されるべきものであるが、本訴が一種の継続的不法行為によるものと解され、侵害行為が長期間継続して繰り返され、被害も複雑であり、かつ、蓄積される性質のものも含まれることが否定できないことは前説示のとおりであるから、特に騒音が激甚となつたと認められる昭和三五年頃以降、長期間当該地域に居住していた原告らは、その後新たに本件飛行場周辺地域に転入してきた原告らに比較すると、右蓄積された被害に基づくより甚大な精神的苦痛を被つているものと認められ、右の事情を考慮すると、昭和四〇年以前に当該地域において居住を開始した原告らについては、前記各慰謝料額に月額二〇〇〇円を加算増額し、昭和四五年以前に当該地域において居住を開始した原告ら(昭和四〇年以前に居住を開始した原告らを除く。)については、月額一〇〇〇円を加算増額することが合理的であると考え、その限りにおいて個別性を斟酌することとする。

なお、右慰謝料額算出に対応する期間は、被告による消滅時効の援用の結果、昭和四八年九月九日から、弁論終結の日である昭和五六年六月一七日までであるが、原告らは、右期間中(ただし昭和五一年九月八日の本訴提起前)に転入してきた原告らについて当該月一日に入居した者を除き翌月分から損害賠償を請求している(当該月一日に入居した者についてはその月分から請求している。)ところ、本件の損害の本質は長期間継続した侵害行為により蓄積された被害に基づく精神的苦痛を含むものであり、これを便宜上月単位で慰謝料額を算定しているに過ぎないのであるから、一か月に満たない居住期間について、慰謝料額をそれに対応して厳密に日割りにより算出する必要はないものと解する。したがつて、慰謝料額算定にあたつては、一部(一日より八日まで)につき時効により請求権が消滅している昭和四八年九月分についても一か月分として計算し、一部(一八日より三〇日まで)が将来請求となる口頭弁論終結の日の属する昭和五六年六月分については一か月分の半額として計算するのが妥当であると認め、前記WECPNL八五、又は同八〇の地域より受忍限度を超えない地域へ転出した原告らについては、当該月の一〇日までに転出したときはその月分の慰謝料額を計算せず、一一日から二〇日までの間に転出したときは一か月分の慰謝料の半額を、二一日以降に転出したときは一か月分の慰謝料の全額を計算するのが妥当であると解する。

なお、原告らは、本件訴訟提起後、弁論終結日前に死亡した原告ら(B分冊別紙損害賠償請求額一覧表(二)記載の原告ら)については、当該原告らが死亡した日の属する月の前月分までの慰謝料を請求するので、その限度で慰謝料額を算定することとする。

ところで、昭和五四年一〇月一日以降同年一二月二〇日までの間は本件飛行場滑走路部分の改修工事のため、本件飛行場における航空機の離着陸がほとんどなされなかつた(右の事実については当事者間に明らかに争いがない。)ので、右期間中は、原告らは被害を被つていないか又は少なくとも受忍限度を超える被害を被つていないと認められるので、右期間に対応する原告らの慰謝料はこれを算定しないものとする。

4更に、慰謝料額の算定にあたつては、前述したとおり危険への接近の理論が適用されなければならず、また、住宅防音工事の有無が考慮されなければならない。

(一) まず、危険への接近の理論の適用については、本件飛行場に離着陸する航空機に起因する騒音等が一種の社会問題化したと認められる昭和四九年以降、本件飛行場周辺の被害が受忍限度を超えると認められる地域(WECPNL八〇の内側の地域)に転入してきた原告ら(原告番号2、14、19、23、38、40、63、65、72、90の各原告ら)については、前記第六違法性五4記載のとおり過失ないし不注意が認められるのであるから、特段の事情のない限り、慰謝料額の算定にあたつて考慮すべき事由というべく、したがつて、右原告らについては慰謝料額を月額一〇〇〇円減ずることとする。

しかし、<証拠>によれば、原告石川喜代志(原告番号19)は、昭和三九年に既に右該当地域の土地を住居地とする予定で購入しており、一〇年後の昭和四九年に至り同土地上に自宅を新築し、同年一一月に居住を開始したものと認められ、また、原告小林雍子(原告番号65)は、婚姻により昭和四九年一一月に配偶者が居住する右該当地域の住居地に転入したものと認められるから、右二名の原告については、昭和四九年以降航空機騒音等が社会問題化した後に本件飛行場周辺に居住を開始したことについてやむをえない特段の事情があつたと認められるから、慰謝料額の算定にあたつて減額は行わないこととする。原告鴨志田強(原告番号23)については、<証拠>によれば、昭和五〇年四月に大和市上草柳一五五六番地二三〇(WECPNL八〇の内側)に入居した後、昭和五〇年一〇月に海老名市に転出し、昭和五三年五月に再び大和市の前記住居へ転入したことが認められるが、これは以前と同一の住居に戻つたにすぎないものであるから、昭和五三年五月の転入以後の慰謝料の算定にあたり更に再度減額を行うことはしないこととする。

更に、原告小川正(原告番号14)は、被害が受忍限度を超えると認められる大和市下鶴間三四三六番地に昭和五一年三月に入居したとして損害賠償を請求しているところ、別冊第27表の記載(原告らの居住開始時期などの事実については当事者間に争いがない。)によれば、同原告は昭和三四年七月から既に被害が受忍限度を超えると認められる地域である同市下鶴間三四〇二番地に居住していたが、昭和三七年三月、一旦被害が右と同程度の地域である同市南林間一丁目一二番地に転居し、昭和五一年三月に至り再度、当初の居住地の近辺である前記下鶴間三四三六番地に戻つてきて居住を開始したにすぎず、被害が同程度の地域内を移転したものであつて、受忍限度内の静穏な地域から、ことさらに騒音等の激しい受忍限度を超える地域に転居したわけではなく、転居の際に比較的静穏な遠方の地域に転出しなかつたことをもつて直ちに不利な事情として斟酌することは許されないものというべきであるから、危険への接近の理論を適用すべき場合ではなく、したがつて、慰謝料の減額はしないこととする(なお、右原告と同じく、昭和四八年以前から被害が受忍限度を超えると認められる地域に居住しており、昭和四九年以降に被害が右と同程度の地域に移転して居住している原告ら(原告番号12、69、76)についても、危険への接近の理論を適用して慰謝料の減額をすべきでないことは、右と同様である。)。

(二) 次に、住宅防音工事については、右工事の施行により航空機騒音に起因する被害は相当軽減され、右工事に要する費用も決して少額ではないことから、住宅防音工事の有無及びその程度(一室防音か二室防音か)が、慰謝料額の算定にあたつて考慮すべき重要な事項であることは、前述のとおりである。したがつて、二室の防音工事の実施を受けている原告らについては、その慰謝料月額の四割を減じ、一室のみの防音工事の実施を受けている原告らについては、慰謝料月額の二割を減ずるのが相当と認める。なお、右住宅防音工事の完了が月の途中である場合は、前記3の転出の場合と同様に、月の一〇日までに完了した場合は当該月の慰謝料全額を対象として減額をなし、二〇日までに完了した場合は同じく半額を対象として減額をなし、二一日以降に完了した場合は翌月分から減額することとする。

5以上の説示に従つて、原告ら各自について慰謝料額を算定すると、(C別冊)別紙原告ら損害賠償額算定一覧表記載のとおりとなり、その合計額はA分冊別表(一)C欄記載のとおりであるところ、このうち、昭和五一年八月分までの慰謝料額(同表(一)A欄記載のとおり)については遅延損害金が請求されているので、各自の慰謝料のいずれについても履行期(遅くとも昭和五一年八月三一日)の後であることが明らかな昭和五一年九月一四日以降、右慰謝料額についての遅延損害金を付することとする。

二  弁護士費用

原告らが、A分冊原告ら訴訟代理人欄記載の弁護士(原告ら五二名の訴訟代理人弁護士を含む。)に本件訴訟の提起及び訴訟追行を委任したことは、当事者間に争いがないところ、本件訴訟の提起及び訴訟追行は専門的な知識経験を要することが明らかであり、右の委任に伴う相当程度の弁護士費用の出捐は、本件航空機騒音等と相当因果関係を有する損害と認められ、本件訴訟の難易度等を考慮すると、右弁護士費用は慰謝料額の一五%(ただし一〇〇円未満は四捨五入する。)にあたる金額が相当であると解する。

なお、本件差止等請求に関する弁護士費用(原告ら各自につき一〇万円)に関する損害賠償請求は、前記第二差止等請求に係る訴えの適法性三において説示したとおり、右差止等請求が却下されるべきものである以上、その理由がないことに帰するというべきであるから、これを棄却することとする。

第一〇  結論

よつて、原告らの本件差止等請求及び昭和五六年六月一八日以降生ずべき損害の賠償(将来)請求にかかる訴えは、いずれも不適法であるからこれを却下し、原告らの昭和四八年九月九日以降昭和五六年六月一七日までに生じた損害(これに関する弁護士費用を含む。)の賠償(過去)請求については、A分冊別表(一)記載の原告らに対して、同表C欄記載の各金員及び同表A欄記載の各金員に対する昭和五一年九月一四日以降支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、右原告らのその余の損害(これに関する弁護士費用を含む。)の賠償請求及び同表(二)記載の原告らの昭和五六年六月一七日までに生じた損害(これに関する弁護士費用を含む。)の賠償(過去)請求並びに原告らの本件差止等請求に関する弁護士費用の損害賠償請求は、いずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については、民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を適用し、仮執行の宣言はその必要がないものと認め、これを却下することとし、主文のとおり判決する。

(小川正澄 志田洋 清水節)

原告ら損害賠償額算定一覧表

一  慰謝料額等の算定基準

1居住地域区分

WECPNLによる地域区分

符号

一か月当り慰謝料額

同八五のコンターの内側地域

A

四〇〇〇円

同八〇のコンターの内側地域

B

三〇〇〇円

同八〇のコンターの外側地域

C

Cに区分される原告らについては慰謝料は認容しない。

2居住開始時期区分

居住開始時期による区分

符号

一か月当り慰謝料額への加算金

昭和四〇年以前の居住者

二〇〇〇円

昭和四五年以前の居住者

(上記を除く)

一〇〇〇円

昭和四六年以降の居住者

3危険への接近

昭和四九年以降の居住者で危険への接近の理論の適用をうける者を「有」と表示し、慰謝料月額一〇〇〇円を減額する。

4賠償期間

月単位で表示する。ただし、月の途中における居住開始の場合は翌月分から、死亡の場合は前月分まで、転出については、当該月一〇日までに転出の場合は当該月分は算定せず、一一日以降二〇日までに転出の場合は当該月分の半額、二一日以降に転出の場合は当該月分の全額とする。転居後の住居においても慰謝料が支払われる場合は上記と反対に扱う。なお、半額の場合は、当該「月(半)」と表示する。正確な転出期日が不明の場合は、その旨表示する。

なお、昭和四八年九月分は月額全額を認容し、昭和五四年一〇月分から同年一二月分までは、すべての原告について慰謝料を認容せず(右期間の控除は特に表示しない。)、昭和五六年六月分は月額半額を認容する。

5住宅防音工事の完成日、内容及び対応期間

住宅防音工事を実施した原告ら(合計一四名)については、右工事が完成した以降、慰謝料月額を一室防音の場合は二割、二室防音の場合は四割減額し、右減額に対応する期間も表示する。この場合、右工事の完成が一〇日までのときは当該月額全額につき減額し、一一日以降二〇日までのときは半額につき減額し、二一日以降は減額しない。

なお、一〇〇円未満の端数は四捨五入することとする。

6慰謝料額

上記に従つて算定した原告ら各自の慰謝料額は二の表の慰謝料額欄記載<省略>のとおりであり、遅延損害金を付する昭和五一年八月分までの慰謝料額を左欄に、昭和五一年九月分以降の慰謝料額を右欄に表示する。なお、原告ら各自についての具体的算定式は後記三記載のとおりである。

7弁護士費用

認容した各原告らの慰謝料合計額の一五%を算出し、一〇〇円未満の端数は四捨五入することとし、二の表の弁護士費用欄に表示する。

三  原告別慰謝料算定式<省略>

(用語解説)

一  ホン、デシベル(dB)

ホンとデシベル(dB)は、いずれも、指示騒音計(ただし、昭和五二年の日本工業規格の改正により「普通騒音計」と名称が変更された。)により測定した騒音レベルの単位である。指示騒音計にはA、B、Cの聴感補正回路があり(ただし、B特性は右の日本工業規格の改正の際に廃止された。)、使用した回路名を単位数値の後にかつこ内に付記するのが正確である(例えば、六〇dB(A)、七〇dB(B)等)けれども、一般に、騒音レベルは人間の聴感に近い傾向のあるA特性で測定されるので、dB(A)又はホン(A)が用いられ、(A)は省略されることが多い。B、Cの回路を使用した場合には、必ず(B)又は(C)と表示しなければならない。なお、本文中、使用した回路が判明しているものについてはその旨記載したが、不明のものについては、単にホン又はdBと表示した場合もある。

二  Phon

周波数一〇〇〇ヘルツの純音を標準とし、人間の耳にどの程度に聞こえるかという感覚に基づく生理的ないし心理的な尺度としての感覚補正をした音の大きさのレベルの単位である。騒音レベルの単位の「ホン」と区別するために、特に「フォン」と呼ぶ場合もある。

三  WECPNL (加重等価継続感覚騒音レベル)

昭和四六年にICAO(国際民間航空機構)によつて採用された航空機騒音の評価方法の一種であり、ある期間(通常一日)に観測されるすべての航空機について、一機ずつの騒音量を加えた総暴露騒音量の時間平均値(ECPNL、等価継続感覚騒音レベル)に、時間帯や季節による補正を施したものである。我が国において騒音規制法に基づく環境基準の単位として使用される場合は、一日を三分し、夕方(午後七時から午後一〇時まで)の機数を昼(午前七時から午後七時まで)の三倍、夜(午後一〇時から午前七時まで)の機数を昼の一〇倍することとなつている。また、防衛施設周辺の生活環境の整備等に関する法律施行規則(昭和四九年総理府令第四三号)は、自衛隊等の使用する飛行場に関してもWECPNLを適用することとしているが、本件飛行場のごとき防衛施設の場合は、民間空港に比較すると、機種・飛行回数・飛行経路等の要素が格段に複雑であるので、右に述べた環境基準での方法をそのまま適用することは不合理な結果を導くこととなる。そこで、次のような修正を加えて適切な運用を図つている。すなわち、(一)機種別・飛行態様別・飛行経路別に、ピークレベル・継続時間・飛行回数を分類する。(二)飛行回数として年間平均ではなく、一年間の航空交通管制実績から一日の飛行回数の累積度数九〇%の飛行回数を求め、これを一日当りの飛行回数とする。(三)着陸音補正、継続時間補正を行う。本文中の騒音コンターの単位として使用されているWECPNL値も右の方法により算出された値である。

四  NNI

航空機騒音の評価方法の一種であり、イギリスで、ロンドンヒースロー空港周辺における騒音測定結果と住民反応の調査結果に基づいて提案されたものであつて、住民反応を表現しようとする評価方法の代表的なものである。航空機騒音のうるささを評価するために社会調査と騒音の測定値との対応関係から導かれた指標であり、航空機騒音のピークレベルのエネルギー平均とともに、ある測定期間内に聞こえた航空機の機数を計算に取り入れた合成尺度である。なお、WECPNLとの相対関係については、NNIの四〇、五〇、六〇が、それぞれWECPNLの七三、八三、九三に相当するとの研究結果が発表されている。

五  騒音コンター

飛行場周辺における航空機の離着陸の際の騒音について、同じ程度の騒音レベルの点を結んだ線であり、いわゆる等音圧線(等音線ともいう。)である。(以上の説明は、主として、日本建築学会編「騒音の評価法―各種評価法の系譜と手法」によつた。)

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